【序章】幻術師の王国騒乱③
「君がゲノムだね」
ギルドを出ると、鎧を着た男に道を塞がれた。
落ち着いた佇まいに整った顔立ち、ゲノムより少しばかり高い身長に長い手足。女性ならば思わず立ち止まってしまうであろう容姿だ。だが彼が気になったのはそこでは無く、彼の衣装。
磨き抜かれた白銀の美しい鎧に、腰には精巧な細工が施してある銀色の剣。風邪で靡くマントにはグランリノの国章。それはグランリノ王国の騎士団を現す証明であった。
この国には治安を守る組織が二種類存在する。城内を守る兵士と、全てを守る騎士だ。当然、騎士の方が民衆の人気は高いが、何故か身分は兵士の方が高かったりする。
それはこの国の兵士の全てが貴族出身だからである。騎士となれば戦争に参加しなければならず、死んでしまう可能性が高い。なので貴族は息子を兵士へ従事させ、他の貴族とコネクションを持たせつつ、後に跡を継がせているのだ。
対して騎士は平民出身が多い。一部の例外や、志願した貴族以外は平民の出。騎士という名前を与えられているが、兵士の方が身分は高いので、街の治安や地下牢の監視など、面倒な案件は全て騎士にまわされているが、志願する者が絶えない人気の職業である。
「······騎士様がなんでこちらに?」
冷や汗を流しつつゲノムが問う。
「いや、ゲノムって男を探していてね。ここにいるってギルドの職員から通達があったんだ」
「あ、では、人違いです」
間髪入れず答えるが、騎士は朗らかに笑って左手を剣の上に置いた。逆の手には魔力を宿す光が灯る。
「ははは。信じたい所だが、生憎、君程目撃証言と一致している人物はいないんだ。捕えなくてはならない。王命でね」
「僕、急いでいるんで···」
その場を離れようとゲノムが脇を通る瞬間、ゲノムの姿が二重にブレた。が、それを見逃さず騎士の右手は瞬時に彼を捉える。
「ーー危ない危ない。それが幻想魔術か。でも無駄だったね」
騎士の右手から光が迸る。
「っ!?」
すると何処からともなく現れた光の鎖が、ゲノムに巻き付いた。
「な、何これ!?」
「結界魔術さ。私のこの魔術はそれなりに知られていると思っていた。自惚れだった様だがね」
「あぁ、君が······」
ゲノムの脳裏に一人の男が過ぎる。
平民の出でありながら、努力によって磨き抜かれた剣術と、類稀な魔術の才能で副団長まで登り詰めた人物。
グランリノ王国騎士団副団長、リッツ。
「昨日戦線から帰ってきてね。申し遅れた、私はリッツ。一応、グランリノ騎士団の副団長をしている。······悪いね」
瞬間、重い衝撃がゲノムの腹部を襲った。
☆
「るーるる、るるる、るーるーるー、るーー······」
銀の獣は巨大な猪を焼いていた。
内蔵を取った巨大な猪の手足を棒に縛り、下から焚き火で焼くと言ったワイルドなものだ。高さは岩で調節している。
猪を結んでいる棒は車輪の軸。森の中で壊れた馬車の部品を見つけ、持ってきた様だ。その証拠に辺りに使われなかった残骸が散らばっている。
両側に付いている車輪を彼女は楽しそうに回していた。手の動きと一緒にしっぽも揺られている
因みに車輪を回しても肉が回る訳では無い。
「そろそろですか? まだですか?」
焼かれた猪に尋ねるも、返事がない。
「まだですか? いいですか?」
当然、返事がない。
「よし。じゃあ、いただきーー」
「ーーおい、狼煙が見える。救護対象かもしれん」
「はっ!?」
肉に噛み付こうとする寸前、近くから人の声が聞こえてきた。
普段なら匂いと音で気づけるが、目の前の食事に夢中になって気づかなかったようだ。
足音は五人。全て男。
すぐ様その場を離れる少女。
その後直ぐに五人の冒険者がやって来た。
「ここだ。って、なんじゃこりゃ!!」
「猪の魔獣か。だがこのデカさは······」
「焼いて食おうとしていたのか」
「うわ、毛皮がボロボロ。これじゃ売れないや」
「っていうかこの馬車の部品、救護対象のじゃねえか!」
彼らは口々にそう言い、辺りを警戒しながら散らばった馬車の部品から何かを探す。
だが見つからなかったのか肩を落とすと、その場を離れた。
肩に焼かれた猪を担ぎながら。
「······?」
彼らは遠くから「おにくぅ」と悲痛な声を聞いた気がした。
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