その2 蛮族の港町にて

<ここまでのあらすじ>

アルマたちは“慈母神”アイリーンの分体である少女、アイと共に“神々の扉”でレーゼルドーン大陸へ旅立った。

ところが、向かった先の“神々の都”はマミーであふれており、やむなく【エスケープ】で最寄りのアイリーン神殿へ避難する。

このアイリーン神殿はセリカ地方幸国のラミアの村、つまり蛮族領域にあった。

一行は目的地であるアイリーンの総本山エイギア地方にどうやって向かうか、頭を悩ませるのだった。




【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。


【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。


【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する放浪者ヴァグランツ


【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。


【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。


【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体だが、皆の努力の甲斐あって人族の神になりつつある。


【ゴーレム8号】(魔法生物/男?/0歳):ラゼルの使役するフラーヴィゴーレム。なんかゆるキャラっぽい。愛称は『はっちゃん』。


【カラシン】(人間/男/44歳):冒険者ギルド支部“静かなる巨兵亭”支部長。一行への扱いはぞんざい。


【ソア】(ラミア/女/?歳):セリカ地方幸国イムギ村の住人。一行を浮民と誤認して襲い、返り討ちに遭う。





「先生、このまま蛮族領域に長居するとヤバいってこと?」


 ラゼルの問いに、ビハールはうなずいた。


「そうだ。アイリーン信者はどこにいるかわからない。今の勢いで力を得たら、アイちゃんの神格が蛮族寄りになる可能性が高い」


「んー」


 ラゼルはしばし考え込んだ。


「あ、そうだ。ここから東の海を越えた先に竜国って人族の国があるらしいから、そっから船で行けない?」


「それは僕も考えたんだが……」


 ビハールは語尾を濁した。


「まだ、エイギア地方と竜国の国交は復活していないんだ。つまり、その間のレーゼルドーン大陸沿岸は蛮族領ということになる」


「どっちみち、蛮族領を越えざるをえないか……」


 セネカが腕組みをした。


「確実、とは言い切れませんが……エイギアに行く手段なら、もう一つあります」


「え、ホント?」


 キュオが身を乗り出すと、イムギ村村長のジアは肯じた。


「ええ。かつて、獣国が我が国を支配していたころ、東の海にある孤島に置いていたテレポーターから、バルバロスたちがエイギアの北方に移住したそうです」


「ふうん……とりあえず、行ってみるしかないか」


「そこがダメなら、竜国経由しかないな」ぼそりと、セネカ。


「どっちみち、船が必要になるなあ」


「ここから馬車で二日ほど行ったところに、サンハンという港町があります。そこで漁船かなにかを調すればいいでしょう」





 ジア村長が手配してくれた馬車に乗って一行は出発した。道案内兼同行者としてソアもついてきている。

 ラゼルは「帰って来れる保証はないぜ」と釘を刺したが、ソアは「べべべ別にアイリーン様本体に会いたいとかそんなことはないんだからねっ」とあまりにも分かりやすい反応をしてきたので、「なら、いいけどさ」と返すほかなかった。

 なお、奴隷に偽装するため、と首輪を渡された一同は渋い顔をした。(キュオは速攻で獣変貌してライカンスロープのふりをすることにした。ラゼルも異貌してダークナイトで通すことに)。



「漁船の“調達”か」ラゼルはひとりごちた。


「つまりは、漁船の強奪ってことかな」


 キュオが言うと、ソアはうなずいた。


「そうなるわねー」


「盗るのは簡単だが、アイを支援するものとしてその発想を是とするのか?」


 セネカが言うと、ソアは不思議そうな顔をする。


「なんか問題でも?」


「一応、蛮族だって取引はするだろ……?できれば対価を払って乗せてもらうか売ってもらうか……」


 言いかけて、ラゼルは一つ問題に気付いた。


「だいたい、買ったり奪ったりしたところで俺たちだけで島にたどり着けるのか?」


「無事に航海できる確証が欲しいわ」


 アルマが腕組みをすると、ビハールは答えた。


「僕が多少はパテット君から航海術を習ってはいるけど…ややバクチっぽくなるかな。確実に向かうには何らかの支援が必要だろうね」


「羅針盤とか、海図とかかなぁ」


「ま、そもそもウチの国は鎖国中なんでね……外に出ようとするだけで既に密出国なワケ!」


 ソアが両手をひらひらさせると、ラゼルは嫌な予感がしてきた。


「んじゃあ、その手の品物も……」


「お店では売ってはもらえないっしょ。奪うか盗むかしないと」


「……」


 あっけらかんと言うソアに、ラゼルは頭を抱えた。なるほど、蛮族だ。こういう思考をしているアイリーン信徒の影響をアイちゃんが受けたらマズイ。


「ほら、サンハンの街が見えてきたわよ。ひとまず港を見に行きましょ」





「わ、何あの船。変な形してる」


「帆がないようだが……」


 港に並ぶ船にキュオとセネカが目を見張ると、ソアは少し自慢げに言った。


「この国じゃわりと珍しくないわよ。簡易魔航船とやらで、船が勝手に航行してくれるの」



―自動航行してくれる船は小説『蛮王の烙印』に出てきますね―



「船が勝手に動いてくれるなら素人だってどうにかなるっしょ?」


「……いや、自動で動くなら港に戻って来ちまうんじゃないか?」ラゼルはジト目でソアを見た。


「自動航行するから密出国の恐れもないってことね」


 アルマが腕組みをした。


「自動航行の設定変更をしないといけないね」


 ビハールが言うと、ラゼルはアルマに視線を移した。


「うち、マギテックがいないんだよなぁ……アルマ、なんとかなんね?」


「私、アルケミストだからね」


 魔動機術も賦術も同じ魔動機文明の技術ではあるが、さすがに畑違いすぎる。


「ま、ひとまずどんな船か見ておいてもいいんじゃない?」


「そうするか」


 キュオの言葉にうなずくと、セネカはさっそくお誂え向きな船を見つけた。





「うわ、思ったより雑な仕掛けー」


 キュオの言った通り、おそらく中核となっている魔動機―魔動コアの周囲には、いかにも素人仕事風に取り付けられた装置が付いていた。


「まあ蛮族が魔動機に詳しいい事なんてまずないからねえ……寧ろよく自動航行機能なんて扱えたもんだ」


「失礼なウサギね。あんた達だって魔動機文明のアイテムを全解明できてるわけじゃないんでしょ、こんなもんよ実際」


 ソアはかわいらしく頬を膨らませた。


「ふむ、時間をかければマギテックがなくてもなんとかなりそうだよ。ああ、でもちょっと傷んでるみたいだなこれ……」


「部品の交換は可能か?」


「あればだけどね……」


 例によって、船の持ち主とか限られた蛮族しか手に入れられないようになっているだろう、とビハールは言う。


「他の船をあたるか?」


「んー、私たちで動かせるサイズの船はそう多くない感じかな……あ、それよりも!」


 キュオが指さした先には、こちらに向かってくる蛮族の群れ。どうやら、リーダーはケパラウラのようだ。


「いやー、今日は大物がかかったぜー。ん?なんだお前ら」


 ボルグたちが担いでいるのは、一匹のイルカ。どうやら、沿岸で網か何かで捕まえたらしい。


―どう見ても『お前を消す方法』の彼?です―


「俺たちは大物を捕まえて機嫌がいいんだ。ほら、とっとと俺の船から離れろ」


「キュー!」


「たすけてっていってる」


 近頃の若い人は知らないかもしれないこのイルカは、海獣語で助けを求めているようだ。


「この状況下で助けてほしいのならメリット示しなさい」


「そんなこといってるうちにさばかれるー」


 冷淡なアルマの反応に、アイは涙目ですがりついた。


(んー、このままじゃアイちゃんの心が曇っちまうな)


「なあ、そのイルカ、いくらなら売る?」


 ラゼルが問うと、ケパラウラはニヤニヤ笑いながら答える。


「そうだなぁ……2000Gでどうだ?」


「そうか。これでいいだろ?」


 ラゼルが無造作に銀貨袋を渡す。


―ウチの卓では、人身売買ネタはコインで殴るのがお約束です―


「……お、おう」


「え、払うふりしてなんかするんじゃないの?」


「隙を見て連中の財布をスってもいいが」


 キュオとセネカが小声で言うと、ラゼルは周囲に視線を向けた。


「いまんとこは、『ゆずってくれ!たのむ!』モードだぜ。周囲の状況的に行けそうなら『殺してでもうばいとる』モードになってもいいけど」


やめたほうがいいわね。バルバロスの多い時間よ」


 ソアが口をはさむ。ラゼルは肩をすくめ、はっちゃんこと8号にイルカを支えさせる。アイはほっとした顔でイルカに抱き着いた。


「きゅー」


「もっとボッてもよかったな……まあいい、今日はいい稼ぎになった。おうお前ら、飲みに行くぞー」


 カネを手に入れて上機嫌になったケパラウラは、部下たちと街に飲みに向かうようだ。





「つーかアイちゃん、そいつどうするつもりだ?」


「なにも?」


「思いっきりノープランかよ!」キュオが突っ込む。


「連れまわるわけにもいかないしな」


「きゅー?」


「このおれいはかならずとかゆってる」


「リュウグウにでも連れてってくれるのか?」


 古い昔話の絵本の話を思い出したラゼルは、ふと、ひらめくものがあった。


「東の方にある島に案内してくれないか?」


 アイちゃんの通訳越しで少々手間取ったが、縄張りの問題で途中までなら道案内できるという。

 早く沖に出て仲間の群れに合流したいので、三日だけ近海で待つとイルカは言った。


「んじゃ……問題は部品か。さっきの船長、持ってないかな。つーか、予備部品ぐらい船に積んどけよな」


 しかし、さっき船を探したときには船の中にはなかった。となれば……


「あいつらをさがして尾行るか。飲みに行くって言ってたっけ」





「さてどうやって探そうか、ここ少なくともクーダスよりは広いよ?」


 キュオが言うと、ビハールは考え込んだ。


「店を一軒一軒廻ってる時間はないかもだねえ」


「派手に飲んでるケパラウラ、でいいんじゃね?」


「そうだね。急に羽振りのよくなったケパラウラ、と聞けば目立つだろう」


 果たして、ビハールの言うとおりになった。


「いやぁ、ラクして手に入れたカネで飲む酒はうまい!」


「あいつらバカっすよね、俺なら半額でも出さねえ!」


 陽気に飲み騒ぐ蛮族たちの視線が届かない席に、アルマたち一行は身を潜めた。

 ひとしきり馬鹿笑いしたケパラウラは、船員たちに向かって言った。


「まああれだ、今日は運が良かったが毎日こうはいくめえ。てめえら、明日も稼ぐぞ!」


「へーい」


「明日もあんな楽だったらいいんだけどよー」


「ところで船頭、もうずいぶん長い事船の修理してない気がしますが……大丈夫なので?」


「バカヤロウ、貴重な予備部品をそう簡単にホイホイ交換できるか!いざとなったら帆をかけてでもやるんだよ、俺達の出世の為だ我慢しろ」


「それで遭難しちゃ意味が……」


 反論しかけた部下に、ケパラウラは妙に優しい声で言った。


「俺達には金が要るんだ。いいね?」


「あっはい」


「……なんか思ったより頭の残念そうな人たちの気がしてきた」


 ケパラウラ一味の会話に、キュオはげんなりした。


「本当に部品ちゃんと持ってんだろうか……まあ、確かめるしかないか」


 一味が宴会を終えると、斥候スカウトの心得のあるセネカとソアが一味を尾行し、アルマたちは少し距離を置いて追従することにした。





 ケパラウラはボルグひとりを見張りに残し、とある建物の中に入っていった。


「ボルグ一匹か。私の魔法でぶっ飛ばす?」


「いや、ここはひとまず【ナップ】だ」


「りょーかい」


 見張りを居眠りさせると、セネカとソアは建物の中へ進んでいく。アルマたちは入り口のところで待機した。

 進んでいくと地下に続く階段があり、ケパラウラ一味はその先の広い地下室にいるようだ。

 

「……うむ、今日もちゃんとあるな」


 箱の中を漁って大事なものを確認したケパラウラは、安堵した声を漏らした。


「ため込んだもんすね」


「財力も力のうちだよキミいっ」


「賄賂用、っすけどね」


「知るか、結果が全てだ。網元になれば、危ない漁何ぞしなくても左団扇で暮らせるんだ」


 ケパラウラたちが喋っていると。


「おい!誰だてめえら!!」


 上の方から声が聞こえてきた。





「ちょっ、【ナップ】の時間切れ?早すぎない!?」


 アルマが毒づき、ラゼルは額に手をやった。


「……ソアにはここにいてもらうべきだったかぁ」


 しかしその場合、セネカには汎用蛮族語がわからないという問題がある。【ナップ】をかけて声を上げる間もなく、が一番良かっただろうか。

 ともあれ、やってしまったものはしかたがない。アルマたちは迅速に見張りを処理し、セネカたちに合流した。


「ケパラウラとボルグの重装兵か」


「ええい、だがまだこっちには奥の手があるぞ!」


 ケパラウラが吠えると、真っ赤な魔神が姿を現す。ザルハードだ。

 ラゼルが8号を重装兵たちに突っ込ませると、間髪入れずにアルマが【フォース】の雨を撃ち込む。

 8号に殴られた重装兵が【フォース】でとどめを刺されて倒れ伏し、前線に穴が開く。そこにすかさずセネカが飛び込み、後衛のケパラウラに切りかかった。

 キュオが重装兵を殴り倒すと、アイたちの支援攻撃が飛び、重装兵をもうひとり倒す。


 ケパラウラの【ファイアブラスト】を抵抗で無効化したセネカだったが、ザルハードの攻撃はよけきれず傷を負った。一方キュオは重装兵の攻撃をひらりとかわす。


 収束【スパーク】で最後の重装兵を片付けると、ラゼルは次の標的を一瞬迷った。


「(たしか召喚者が倒れると魔神は暴走するんだよな……)8号、ザルハードをやれ!」


 8号とキュオがザルハードを相次いで殴り、ビハールが支援攻撃でとどめを刺す。もはやケパラウラに勝機はなかった。





「結局こうなっちまったか……」


 ラゼルは複雑な表情で、床に転がる蛮族たちの骸をみつめた。強盗殺人、もとい強盗である。


「いーじゃない。最初からそのつもりだったんだし」


 容赦のないソア。セネカはぽん、とラゼルの背中をたたいた。


「済んだことだ。もらえるものはもらっていこう」


「どのみち、こいつらは後で痛い目を見るか今痛い目を見るかの違いでしかなかったと思うわ」


 アルマはぴしゃりと言った。無慈悲な実力社会である蛮族社会でカネで無理にのし上がったとしても、いずれ下位の強者に殺されていただろう。


「ふむ、問題の魔動機の部品はここに隠してあったようだね。これで大丈夫だ」


 ホクホク顔で、ビハールが言った。


「ラゼル。奴らと分かり合えるとでも思ったか?」セネカが、ラゼルの顔を覗き込む。


「……それは」


 陽気に酒を飲み騒ぐケパラウラたちの声が脳裏に響く。あいつらと人族と何が違うのか、そんなことを考えてしまったのだ。


「いつかはそうなるのかもしれん。だが、そうなるには長い時間と、とてつもない力が要るだろう。今の俺達にはそういうふうにできる力も時間もない。それだけのことだ」




(つづく)

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