その5 罠は踏み潰せ

<ここまでのあらすじ>

セネカの支援者であるエデルガルトが紹介したのは、メリアの少年ファグスとソレイユの冒険者リンダ。二人は小さな街コルボーにて不可解な冒険者遭難事件に巻き込まれ、エデルガルトに保護を求めてきたのだ。

一行はファグス、リンダおよび協力者の商人デュバル氏と共にコルボーを訪れた。

どうも、統治機関であるティダン神殿も怪しい様子。




<簡易キャラ紹介>


【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。


【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。


【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する放浪者ヴァグランツ


【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。


【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。今回は不在。


【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体だが、皆の努力の甲斐あって人族の神になりつつある。今回は不在。


【ゴーレム8号】(魔法生物/男?/0歳):ラゼルの使役するフラーヴィゴーレム。なんかゆるキャラっぽい。愛称は『はっちゃん』。


【カラシン】(人間/男/44歳):冒険者ギルド支部“静かなる巨兵亭”支部長。一行への扱いはぞんざい。



【エデルガルト・シュヴァルツシルト】(アルヴ/女/35歳):クーダスの富豪でセネカの支援者。セネカとはオトナの関係らしい。


【リーゼロッテ・シュヴァルツ】(ルーンフォーク/女/稼働10年):エデルガルトに仕えるメイドの一人。


【ファグス・ナヴァール】(メリア長命種/男/16歳):ナヴァール商会を営むミシエール、ルイザ夫妻に我が子同然に育てられた、冒険者に憧れる少年。


【オトゥ・スコップス】(ドワーフ/男/57歳):“白きカラス亭”の前支部長。店に入り浸るファグスを可愛がっていた。ユーリスによれば退職したというが……


【リンダ・ボイル】(ソレイユ/女/20歳):冒険者で、ファグスとは顔見知り。冒険者遭難事件を追っている。


【トム・ユーリス】(人間/男/28歳):“白きカラス亭”の現支部長。リンダに事件の不審点を追及されると、襲いかかってきた。




 ナヴァール商会の前に行くと、隣に住む中年女性と話すことができた。

 彼女によれば、旅芸人風の男もナヴァール商会の顛末について訊ねてきたという。

 広場に戻ってみると、果たしてその男はいた。


 深くフードを被った、灰褐色の肌の若い男。シャドウのようだった。

 ナイフを投げる曲芸を終えて男が一息ついていると、セネカが男の足元にある箱に銀貨を放り、声を掛けた。


「見事なもんだ。旅人さん、その腕どこで鍛えたんだい?」


「実戦だよ」


「ほう、それはなかなか」


 旅人は、一行の顔を素早く一瞥した。


「そちらさんも、なかなかできそうだ」


「商人の護衛さ。相変わらず物騒な世の中だからな……なんでも旅人さん、ナヴァール商会を訪ねたらしいじゃないか?」


「耳が早いね。俺はカイト」


「セネカだ。よろしく」


「キューオンだよ、リカント語以外だと変に聞こえるだろうからキュオで通してるけど」


「おう、よろしゅ」


「外から来た人間なら感じるか? この街の独特な空気ってやつをさ」


 セネカに問われると、カイトは肩をすくめた。


「ああ。妙な感じがするな。空気だけじゃなく、水も」


「やっぱ水源汚染なのね」


 アルマが忌まわしげに言う。


「あの池なら、街の水全部だよね。私らは水袋持ってるからまだ飲んでない。調べる価値はありそう」


 キュオが自身の水袋を片手に呟くと、カイトは興味深げに訊いてきた。


「ふむ。俺のカンが正しければ、あんたたちと俺の目的は同じじゃないかな?」


「そうかもしれないな。一通り街は回ったのか?」


「“白いカラス亭”ってあるだろ。あそこメッチャ感じ悪かったわ。何か見られてる感じがな」


 カイトが唇を歪めると、セネカが応じる。


「何時ここに来た?寝床はどうしてる?」


「ほんの2,3日前さ。路地裏を拝借してね」


「野宿……この街の方が外より物騒じゃない?」


「ここの地形は特殊だ。俺一人なら俺でもそうしている」


「腕輪してる人間見た?」


「ありゃ、流行ってんのかね?神官のうちの何人かと、支部長な」


 カイトの言葉に、一行は顔を見合わせる。


「やっぱり腕輪って神官ばっかり持ってるんだ。むしろ、支部長の特別待遇が気になる」


「そりゃ、グルなんだろ」


「だろーねえ。いっそ真っ正面からシメたい」


「相手の戦力が不明なのにうかつな行動するんじゃないの」


 アルマがキュオの耳に煮干しを突っ込む。


「“白いカラス亭”だが、支部長以外に誰かいた?」


「冒険者一チームだな。戦士が3人に弓使いと魔法使いが1人ずつ。だね」


「全員か」


 セネカが苦々しい顔をする。


っぽいね」


「こちらから敵対行動を働くのはリスクがでかい。が、……どの道、ギルドには行かないとな」





 カイトが100%味方と決まったわけではないが、ひとまず信用できるとして同行してもらうことにした。


 “白いカラス亭”のドアを開けると、カウンターにはパピヨン種っぽい風貌のコボルド。テーブルには冒険者一行。


「俺が見た連中だ」カイトがラゼルに耳打ちした。


「え、えっと、いらっしゃいませ……」


 おずおずと言うコボルド。


「あんたが店主か?」


「い、いえっ。店番のパピです。支部長は2階にいらっしゃいますよっ」


「そうか。この街に来たばかりでね。困り事や依頼の公募でもと思って立ち寄ったんだが、折角だ。軽食と水でももらおうか」


「は、はいっ、ただいまお持ちしますね」


 カウンター奥に消えるパピを見送りつつ、アルマたちはテーブル席についた。


(あんま接客慣れしてない感じだねー)


(入ったばかりの新人だと言われたら、そこまでだがな)


(ともあれ、水には気をつけましょ)


(俺は水を調べる。全員、出されたものはすぐに手を付けるなよ)


 セネカの小声に、一堂は頷いた。


 視線を感じる。例の冒険者一行が、さりげなくこちらを見ている。


「お、おまたせしました」


「ありがと」


 コップを受け取ったラゼルは、違和感を覚える。パピ、そして冒険者たちが、自分たちが水を飲むのかどうか見ているのだ。


(ねえ、どうにかごまかせない?後ろの連中)


 アルマがラゼルの耳元に唇を寄せた。


(どうにかって?)


(え?『何ジロジロ見てんのよ、私が可愛いからってそういうのは良くないわ』とか)


(お、おう)


「おい、何ジロジロ見てんだ?」やや棒読み気味に、ラゼル。


(ラゼルも女心に乗ってやれるだけの気概があればいいが……)セネカはため息をついた。


「……ああ、いや、すまんね」


「私がカワイイから見てるんでしょ」


「生憎、この美人さん方は俺たちにとっての花なんでね。悪いがそう視線をやられるとな」


 セネカが不快げに言うと。


「おぉう、失礼。俺たちは部屋に戻るか」


 リーダーらしい戦士はパピをちらと見ると、一行と共に階段を上がっていった。


「あれは、ここの店に登録している冒険者たちか?」


「いいえ、この辺にある遺跡を探索しにきたそうですよ」


「このあたりの遺跡探索もなかなか危険な仕事らしいな?」


「不滅帝国に近いですからね」


 パピは、受け答えしつつもちらちらと階段の方を見上げている。


「なーにを気にしてるの?」アルマが頬杖を突く。


「な、なんでもありませんよっ……それより、のど、乾いてないんですか?」


「ああ。葬儀みたいな空気に、品定めされた視線を送られた後じゃ、生唾ぐらいしか飲めないだろ」


「そ、そうですか……」


「アンタじゃ話にならん。支部長を呼んでくれ」


「ひゃ、ひゃいっ」


 パピはあたふたと階段を上がっていった。


「いっそ後を追って二階に行っちゃう?」


「どの道、半分喧嘩は売ったようなものだ。どちらでもいい」


「とりあえず脱出口のほうはチラチラ見ておくわ」


「どうせ罠なら、踏み潰してみるのも一つの手かァ」ラゼルは肩をすくめた。





「私が支部長ですが……いかがなさいました?」


 ファグスとリンダが密かにうなずく。トム・ユーリスだ。彼はカウンターに入ると、一行と向き合った。


「南から来たんだが、挨拶を兼ねて色々聞きたいことがあってな」


「伺いましょう」


「エルヴィンという名を聞いたが、どういう人物か教えてほしい。大層素晴らしいお方と小耳に挟んだが」


 セネカがこの質問をした理由は、ユーリスが通行人を操る際に唱えた言葉にエルヴィンの名が出てきたからだ。


「ギギナール王国の王……ですか?なぜ、そのようなことを」


「すべてを知っているからだ。これでも情報が命でね」


 冷ややかな目で、セネカはユーリスを睨む。


「うだうだと腹の探り合いをするのは、あまり性分では無くてな」


「なるほど」


 ユーリスは、でセネカを見返す。


「……!」


 一方、入り口のドアの方に視線を向けたアルマは、ドアが微かに開いたことに気がついた。


「それで?」


「故に、照らし合わせたい。アンタらが何を目指し、どこへいこうというのかをな」


「……大破局前の理想社会へ戻る。それだけです」


「蛮族と間違われた過去のある私らの種族にとっちゃ、アルメナスだってあんまり良い時代とも言い切れないんだよなあ」


 キュオが独り呟く。しかし、支部長は、一切反応しない。


「それで、その幸せの時代には、誰が参加できるんだ? 俺にもその権利はあるのか?それとも……」


 セネカはちら、と背後に視線を向ける。


「それとも、シーン様に愛される後ろの美人さんだけか?」


「ええ、残念ながら」


「それは残念だ。それで、その左手の腕輪はお導きになる代行者の証といったところか。合ってるか?」


「ご明察です」


「人間至上主義者なんてティダン様も許すはずがないわね。血族のソレイユを差し置いて、なんて」


 噛みつかんばかりの憤りを見せるアルマを、セネカが押しとどめる。


「ご高説は最後まで聞いてやるさ。それで、最後に一つ聞きたい」


「はい」


「前支部長と商会長は結局どうした?」


「すぐに会えると思いますよ」


「あの世でか?」


 その言葉を合図に、ドアが荒々しく開く。さっきの冒険者一味だ。


「裏口から回り込まれた……?」


 不安そうに言うファグスに、セネカが応じる。


「はなからやる気だったわけだ。逆なら俺もそうする」


「やっぱり悪人ねアンタは。それもとびっきりの」


「ゴブリンから見れば、あなた方も悪人でしょうね」


「善人か悪人かは、勝ったやつが決める。やることは分かってるな? 勝つぞ」





 ユーリスは背後に冒険者を回り込ませてセネカたちに二正面作戦を強いた。そこまではよかった。

 問題は、ユーリス側にユーリスしかいなかったのが一つ。カウンターが、前支部長のドワーフに合わせて低めだったのが一つ。

 もう一つの問題は、ユーリスの態度にいい加減イラついていたアルマたちが、『』と思ったことだ。



ーうん、カウンターにゴーレムとか魔神とか潜ませとくべきでしたね!ー



「【インテンス・コントロール】!」


 ラゼルに強化されたゴーレム8号が、カウンターから身を乗り出して両腕でユーリスをしたたかに殴りつけた。


「ぐうっ!?」


「【フォース】!」


 アルマが光弾を放つと、すかさずキュオが得物を支部長に叩きつける。


「がっ……」


 無慈悲な集中攻撃にたまらずユーリスが卒倒すると、敵冒険者たちは動揺した。

 

「ひいっ」


「ま、まだ終わりじゃねえ!やっちまえ!」リーダーらしい重戦士がわめく。


「俺があの戦士を止める。リンダは魔法使いを頼む」


「あいよっ」


 リンダはうなずくと、魔法使いの前に駆け寄り、投げ飛ばして容赦なく踏みつけた。


「ぎゃあああっ!」


 息も絶え絶えになった魔法使いは、何とか一矢報いようとする。


「ね、眠れ……【ナップ】!」


「へっ、あたしはソレイユなんだよ!」


 リンダは鼻で笑った。日中のソレイユは精神効果への抵抗力が強い。



ーまあ、ここをしのぎ切れれば8号とキュオが反転できるわけでー



「ま、まいった!」

 

 リーダーの重戦士を叩き潰され(ついでに魔法使いも倒され)、残りの3人はあっけなく降参した。


「し、知ってる事は話す!」


「武器を捨てろ。ゆっくりな」


「んじゃ、とりあえず縛ろう」キュオはロープを取り出した。



(つづく)


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