その4 敵地を歩く
<ここまでのあらすじ>
セネカの支援者であるエデルガルトが紹介したのは、メリアの少年ファグスとソレイユの冒険者リンダ。二人は小さな街コルボーにて不可解な冒険者遭難事件に巻き込まれ、エデルガルトに保護を求めてきたのだ。
一行はファグス、リンダおよび協力者の商人デュバル氏と共にコルボーに向かった。
<簡易キャラ紹介>
【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。
【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。
【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する
【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。
【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。今回は不在。
【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体だが、皆の努力の甲斐あって人族の神になりつつある。今回は不在。
【ゴーレム8号】(魔法生物/男?/0歳):ラゼルの使役するフラーヴィゴーレム。なんかゆるキャラっぽい。愛称は『はっちゃん』。
【カラシン】(人間/男/44歳):冒険者ギルド支部“静かなる巨兵亭”支部長。一行への扱いはぞんざい。
【エデルガルト・シュヴァルツシルト】(アルヴ/女/35歳):クーダスの富豪でセネカの支援者。セネカとはオトナの関係らしい。
【リーゼロッテ・シュヴァルツ】(ルーンフォーク/女/稼働10年):エデルガルトに仕えるメイドの一人。
【ファグス・ナヴァール】(メリア長命種/男/16歳):ナヴァール商会を営むミシエール、ルイザ夫妻に我が子同然に育てられた、冒険者に憧れる少年。
【オトゥ・スコップス】(ドワーフ/男/57歳):“白きカラス亭”の前支部長。店に入り浸るファグスを可愛がっていた。ユーリスによれば退職したというが……
【リンダ・ボイル】(ソレイユ/女/20歳):冒険者で、ファグスとは顔見知り。冒険者遭難事件を追っている。
【トム・ユーリス】(人間/男/28歳):“白きカラス亭”の現支部長。リンダに事件の不審点を追及されると、襲いかかってきた。
蛮族の夜襲を撃退した翌日のお昼前。デュバル氏が一行に声をかけた。
「見えてきましたね。あれがコルボーです」
それは巨大な岩山だった。岩山の上に、街並みがあるのが見える。
ー元ネタはスリランカの世界遺産、シーギリヤです。シーギリヤでは岩の上にあるのは王宮遺跡だけですがー
「変わった街だなぁ」
ラゼルは目を丸くした。
「本当に街全体が岩山の上に載ってるんだねー」とキュオ。
「無駄に防備は高そうだしそりゃー悪が跋扈しそう」とアルマ。
「……さて、抜かりはないな」
セネカが既に変装済のファグスとリンダを見た。
「うんっ」
「おうよ」
岩山の麓を見ると、何やら関所らしい建物がある。数名の兵士たちが見えた。
「真新しいな」
「あんなの、今までなかった……」不安そうな顔をするファグス。
「突貫で建てたくさいなぁ。どうする、パイセン?」
「なに、堂々としていればいい」
「よー。冒険者さんかい?」
関所の手前で馬車を止めると、隊長らしき兵士がフレンドリーに声をかけてきた。
「そうよ」
「まーね。今日は、隊商の護衛」
アルマとキュオに続いて、デュバル氏が馬車から手を振った。
「薬を商いに参りました。クーダスのデュバルと申します」
「いらっしゃい。んじゃ、みんな外に並んでくれるか?」
「降りるぞ。自然にな」
ファグスに耳打ちをすると、セネカは馬車を降りた。
「えーと……ウィークリングとかラミアとかはいないよな?」
馬車の前に並んだ一行を見回すと、隊長が言った。
「いないよー」
「冒険者には確かにそういうのが混じることはあるけど……王都でもないのに聞くぅ?」
「んじゃちょいと失礼して……【バニッシュ】!」
蛮族が掛けられれば凶暴化したり逆に逃げ出したりする神聖魔法だ。掛けられた相手のレベルが高すぎると抵抗されて効かないが。
もちろん、アルマたち一行には何の効果もなかった。
「潔癖なのね」
「いやあ、ちょっと蛮族騒ぎでぴりぴりしててねえ。ここにもライフォス神殿はあるんだけど、誰か来るたびに神殿長様に降りて頂くのもアレだし」
隊長は、少々申し訳なさそうにアルマに応えた。
ライフォスの神聖魔法【サーチ・バルバロス】ならばどんな高位蛮族も逃れることはできない。。
ただ、『周囲の誰かが蛮族だ』までしかわからないので、蛮族を特定するには広い場所で一対一で会わなければならないが。
「蛮族騒ぎ?オーガかなにか?」
「そうそう、この街の商人が一家ごと乗っ取られてたって話さ……気の毒に」
「まさか……ナヴァールさんでは?」デュバル氏が口を挟む。
「ああ。だんな、御存知で?」
「ええ……何度かお世話になりました」
デュバルは沈痛な表情をした。この人も割と演技派だなぁ、とラゼルは思う。商人としては心にもないことも言わなければならない場面もあるのだろうか。
「まあ……とにかく、私たちの嫌疑は晴れたわよね?上でオーガって疑われたりしない?」
「ああ、もちろん。俺が証言するよ」
アルマの問いに、隊長は笑顔で応じる。どうやら、今回の陰謀は全く知らないようだ。
「ま、これで全員…ファグスやリンダ含めて、【バニッシュ】検査を受けたという証言とれたわね」アルマは隊長に聞こえないように言った。
「つまり一家がオーガに乗っ取られたという主張は崩せるわけなんだけども、まぁ、まだ出すべきじゃないわね」
「そうだな」
セネカはうなずくと、関所の背後にある"魔法王のリフト"を見た。徒歩であればその橫にある階段を上っていってもいいが、今回は馬車がある。
それは平べったい岩のように見えた。一カ所だけ盛り上がっていて、そこに制御板がはめ込まれている。スロープを使って馬車を乗り上げさせると、ファグスは制御板のところまで歩いて行った。
「みんな乗った?リフトを動かすよ」
「ああ、頼む」
ファグスは目を閉じて制御板に両手をかざした。マナが注ぎ込まれ、リフトが目を覚ます。ふわり、と岩盤が宙に舞った。
「うわぁ、なにこれぇ?」
「上へまいりまーす」
目を丸くするアルマに対し、楽しげなキュオであった。
「さーて、どっから当たってみるか」
「普通なら、冒険者ギルド、つまり“白いカラス亭”なんだろうけど……」
敵地ど真ん中で暢気なラゼル。キュオは腕組みをした。
「ライフォス神殿からでいいんじゃないか」
セネカはリフトを降りたところからも見える、こじんまりとした神殿を見た。
ヘリオス法王国はティダン神殿の統治する神権国家である。もちろん、ライフォスやグレンダール、ハルーラ、あるいはキルヒアといった人族陣営の神々はティダンの仲間であるため、ティダン神殿としても蔑ろにはしていない。
だが、ライフォス神官としては心中複雑だろう。丘の上にででん、と乗った立派なティダン神殿と、小さな家ぐらいのサイズしかないライフォス神殿を比べれば。
神殿に入ると、一人の神官が立っていた。規模からしても、彼が神殿長なのだろう。
「こんにちは、旅の方」
「どうも、こんにちは。関所で【バニッシュ】の検査を受けた際、街の事情をちらりと伺いまして」
セネカが丁重に腰を折った。
「ご挨拶を兼ねて、街の歴史や近況をお尋ねしようと先に参った次第です」
「なるほど」
神殿長は街の歴史について語った。
魔法文明期、この地方に勢力を張っていた魔法王が岩山の上に離宮を築いたのがコルボーの始まりなのだそうだ。
コルボーの中央にある池に魔法王が施した仕掛けが今も作動しているらしく、ひとりでに水が湧き続けている。そのおかげで、この街では水に不自由しないのだとか。
「それは便利なもので。今でも魔法王の子孫が統治を?」
「いいえ。魔動機文明期にも人が住んでいたようですが、大破局にて荒廃したようで……その後、ヘリオス法王国が街道の休息点としてここに街を築いたのです」
「今は誰がトップを?」
「ティダン神殿のカロル・ククルック司祭です。2ヶ月ちょっと前に転任してこられた方でしてね」
「2ヶ月前……」
アルマは眉をひそめた。
(冒険者ギルドと同じタイミングだな)セネカは顎に片手を当てた。
「定例の交代?」
「まあ……ここは前線に近い土地ですから。引退か帰天されるまでずっと、と言うことはないと思いますよ」
なお、この神殿長自身は5年前に引退した前司祭から神殿長職を引き継いだ、という。
「ふぅーん……そういえばここの街、最近物騒なことあったらしいじゃない?」
アルマは話題を変えた。
「ええ。ナヴァール商会の御一家がオーガに成り代わられていたと……」
「でも、そんな数のオーガが入り込んでたら露呈する前に何かしてそうなものよね。暴れたりしたの?」
「冒険者たちが正体を暴いて倒した、と伺っています。お恥ずかしい事に、ティダン神殿より事後報告を頂いただけでして」
(ライフォス神殿は存在や報告に関しても従の存在か……)
(ティダン神殿と冒険者ギルドがクロ、ライフォス神殿は蚊帳の外と見るべきかしら)
(それっぽいね)
セネカとアルマ、キュオは小声で囁き合った。
「そうでしたか。ありがとうございました。商売と安寧をライフォス神にお祈りさせて頂いても?」
「もちろんですとも」
ライフォス神殿から外に出る。神殿長には申し訳ないが、入る前よりも頼りなく見えた。
「蚊帳の外……かぁ」ラゼルは肩をすくめた。
「でも、まあ、いざというときのセーフエリアに使えたらいいんだけどね」
「たぶん、使えそうな気がする。クーダスのシーン神殿と同じ匂いがするからねえ」
「ほお、そりゃ、褒め言葉だよな?」キュオの放言に、ラゼルはこめかみをピクピクさせた。
「ソウデスヨー」
「耳に煮干し突っ込むわよ」
「ともあれ、まずは街を見て歩こう」
ラゼルとアルマをなだめると、セネカは歩き出した。
コルボーは小さな街であるため、広場とその周りを囲む商店が市場を形成している。
酒屋を探してみようと言いだしたのはキュオであった。ティダン神殿や冒険者ギルド支部にも卸しているだろうから……という。断じて彼女が呑みたいから、ではない、と本人は供述した。
果たして、手がかりはそこにあった。酒屋の店主と話している男が例の銀の腕輪をしていたのだ。
買った酒を荷車に載せた男を尾行してみると、男はまず水道局の前で止まり、局員に数本酒を渡していた。
再び荷車を引いていく男は、丘の上の神殿の前まで登ってくると、裏手に向かう。
「む」
尾行を続けたセネカが見たのは、隠し扉を開いて酒を運び込む男の姿。隠し扉はそのままぴったりと閉じてしまった。
「パイセン、どうだった?」
「見つけはしたが、これが必要だ」セネカは左手首を振るジェスチャーをした。
「あー、腕輪ね。つまり関係者の手首をちょん切ればいいと」
「耳に煮干しを……あら?」
アルマは、ふと視界に入った物を見て不快げに眉をひそめた。池の真ん中に大きな神像が立っている。
「何あれ……ツァイデス?」
「んなわけねー」無理をしてボケたキュオを軽く小突くと、ラゼルは言った。
「ティダンだろうな。新品ピッカピカって感じだ」
「あの像、ついこないだ建てられたんだ」と、ファグス。
「この池がこの集落の水源なのよね……変なクスリとか入れられてなきゃいいけど」
「まあその前に、あの像自体に何か仕掛けが無いか調べたいとこだけど」
キュオは肩をすくめた。
「ソーサラーがいればファミリア使えたんだけど……」
「ビハール先生は研究に熱中してたからなァ」
帰りに水道局を訪れて神像の話を聞いてみると、局員は妙な事を言った。
「うん。正直、池の真ん中に設置しなくてもいいのにとは思ったけどね。神官さんが交代で見張りをしてるんだ」
「……なんで見張りが必要なの?」
「ティダン様に良からぬ事をする輩が現れないように……らしいよ」
「あんな場所で、そんなことやるやつはそもそも見張りがいても関係ないわよ。なーんかおかしいわねここのティダン神殿」
アルマの発言に、局員は慌てる。
「しっ……ウチは、ティダン様の国なんでね。あんまり批判するような事は言わない方がいいよ」
「私の主神はシーン様よ。シーン様ならティダン神が間違ってたら多分色々怖いわよ」
「そ、そっか」
アルマの剣幕にたじろく局員。
「まあ、その辺で勘弁してやったらどうだ」
「だいたい、ティダン神の品位を貶めてる感じよあんな像」
まだ言い足りないアルマを、なだめながらラゼルとセネカで引っ張り出した。
(つづく)
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