その5 女神の宣伝戦
<ここまでのあらすじ>
三人の冒険者と一人の放浪者は女神の分体"アイ"の成長を手助けし、導くことになった。
スリを捕まえた翌日。明らかになったアイの第二の特殊神聖魔法は少々……いや、かなり?問題があったが、蛮族の神である本体とは違うモノだった。
そしてライフォス神殿の司祭の前でアイが【セイクリッド・シールド】を使うことに成功する。皆の努力の甲斐あり、彼女は人族の神になったのだ。
<簡易キャラ紹介>
【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。
【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。
【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する
【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。
【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。
【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体だが、皆の努力の甲斐あって人族の神になりつつある。
【カラシン】(人間/男/44歳):冒険者ギルド支部“静かなる巨兵亭”支部長。一行への扱いはぞんざい。
「誰かぁー!!たすけてくれぇぇぇ!!」
鎖に繋がれた悲痛な男の叫びがこだまする。晒し者の刑だ。
昨日、この男は広場でキュオからスリを行い、即座にセネカに見抜かれて逃げ出した。
馬に乗って逃げ回った挙げ句、ならず者仲間の助けを借りてセネカたちを返り討ちにしようとした結果がこれである。
「助けてくれよォ!マジでころされるうぅぅ!!!」
その声を枯らさんばかりの必死な叫びに、無関係な第三者であれば哀れみを感じるだろうか……と思いきや。
「ハ、何をおーげさな……」
「わざわざあんな奴殺しに来る奴いねーだろ」
荒くれ者の多いこの地区においては、通行人の視線は冷たかった。
いや、ここでなくても世間様は『わるいやつ』にはとことん冷たいものだ。もしもこの男がイケメンだったり哀しい過去とかやむを得ない事情を背負っているならばまた話は違っただろうが……
「何をあんなに焦ってんだか……」
ラゼルは首をひねった。
「殺される、か。アイ、聞いてやったらどうだ」
アイはセネカの言葉にうなずくと、元スリの前にとことこ歩いて行った。
「どしたの?」
幼女の問いに、元スリはすがりつかんばかりに叫んだ。
「あ、お嬢ちゃんはあの時の……頼む、ママに伝えてくれ。こんなところに居たら俺は殺される!何とかして釈放してもらえるよう衛兵に頼んでくれ!」
「まま……いない」
「あ、ああ……まあこの界隈じゃ珍しくないよなあ」
がっくりとうなだれる元スリ。アイは直接的には『神々の扉』に生み出された分体なので、そもそも母親はいないのだが。
まあ、アイの元になった慈母神アイリーンは生前は魔動機文明期の人間であり、彼女の母親は故人であるはずだから、確かにママは(死に別れて)いないことにはなる。
「あんまり反省している様子ないわね」
アルマが眉をひそめる横で、キュオが元スリにたずねた。
「もうめんどいし私が聞こう。誰に殺されるって?」
「わかんねぇ。が、去年の今頃にいきなり町の外で言われたんだ。一年後に命を貰うと」
「いや、ますますわかんないんだけど……」
「一年後に命をもらう……あー、もしかしてデュラハンか?」
デュラハンはアンデッドの一種で、死の宣告を行うことで有名な魔物だ。一年後に死ぬことを宣告し、当日に標的を殺しに来る。
「つーか、デュラハンって守りの剣の範囲内に逃げ込めば防げるのかな?」
アンデッドは穢れの塊なので、普通のアンデッドは守りの剣の効果範囲には入れず、入ってしまった場合はろくに動けないはずである。この男は、守りの剣の効果範囲内に逃げ込んでやり過ごそうというのだろう。
「アーハン、そういうことされた癖に全然意に介せず悪さしてたわけね」
「つーかお前、スリなんかやってる場合かよ」
「しかたねーじゃん、一般人にゃそう簡単に大金なんか稼げねえよ」
アルマとラゼルの非難に、元スリは反駁した。
「あー、わたしら気軽に魔晶石とか使ってるけどこれ一般人からしたら結構お高いもんね」
「冒険者ギルドや神殿に相談してみるべきだったな」
お気楽軽薄な風でいて、ラゼルの根が生真面目なのはシーン神殿育ちゆえであろうか。
「少なくとも真面目にしてれば同情心とかで助けてくれる人が出てくる可能性はあるのに、自分からそれを潰してたら世話ないわね」
「冒険者ギルドも流石にタダ働きはしないだろうしなぁ……」
キュオが言うと、ラゼルは反論した。
「いや、でもさ、(依頼人が)貧しい村だったら、ギルドが冒険者への報酬を肩代わりしてくれるって聞いたぜ」
「まあ、クーダスは貧しい村じゃないしー?」肩をすくめるキュオ。
「そういう意味じゃねえよ。報酬を工面できない貧乏人には、冒険者ギルドの救済措置があるって話だ」
つーかこいつ故意に話をすり替えやがったな?とキュオの耳に煮干しを突っ込んでやろうかと思ったラゼルだったが、まぁそもそもキュオは今回は何の非もない被害者なのだ。加害者に優しくしてやる筋合いなどどこにもないだろう、と思い直す。
それに、デュラハン退治ともなると、必要な依頼料はゴブリン退治の5倍6倍に膨れ上がる。貧しい村、もしくは何の罪もない一般人を救済するためならともかく、チンピラ一人助けるために冒険者ギルドが大金を出すだろうか。
ラゼルはちらり、とアイの方を見た。彼女は心配そうに元スリを見ている。
「あー、そいつさ、首ナシ馬の牽く馬車に乗ってたんだよな?魔動バイクじゃなくて」
「あ、ああ……バイクじゃなかった」
「んー、普通のデュラハンなら……何とかなるか?」
(魔動バイクに乗ってたなら、そりゃお気の毒、で回れ右だけどなー)
もし魔動バイクに乗っているなら、そいつは上位種のデュラハンロードで、現時点のラゼルたちには無謀だろう。
「いや、それについてはちょっと事情があるんやな」
「あ、遺跡ギルドの」
元スリは遺跡ギルドの男を目にすると何か言いたそうだったが、彼の一瞥によって黙った。
「訳ありか?」
「知っての通りコイツは刑罰としてこんな目に負うとる。それを手助けするのは割とリスクしょい込む事になることくらいわかるやろ」
「それはそうだろうな」
セネカが頷くと、遺跡ギルドの男は続けた。
「世間で普通に生きとる一般人に、前科者を助ける度量のある奴なんてなかなかおらんもんや。ま、全てこいつの自業自得やけどなー」
「だが、助けるのは、だろ?」
セネカは皮肉っぽく笑った。
「そいつの手前で何か空気をぶった切っても、手助けにはならないだろうさ」
アイがこくこく、と首を縦に振った。
「そっか。街の中に入ってきたアンデッドをたまたま見つけたら、そりゃぶった切っても何の問題もねーな」
ラゼルが応じると、遺跡ギルドの男はニヤリと笑う。
「ほお、あんたらがアンタらがタダ働きしてくれるっちゅうわけかい。そりゃおもろいなあ!ああもちろん、そいつは鎖に繋がれるのが刑罰や。アンデッドに殺されるのは刑罰に含まれとらん」
「とりあえずアンタ、アイに懺悔して祈っておけ」
セネカに声をかけられ、元スリは首をかしげる。
「え?」
「あんた運がいいぜ。実はこのアイちゃんは神様なんだ。悔い改めて帰依するなら、デュラハンのやつ、退治してやるよ」
ラゼルが言うと、元スリはぶんぶんと首を縦に振った。
「そ、そりゃもう助けてくれるのなら何だって信じる!」
「人は皆、危機に陥ればそう言うさ」冷ややかに、セネカ。
「喉元過ぎた後に手のひら返すかどうかだなー」
ライフォスは三度まで過ちを許したというが、人の身ではそこまで寛大にはなれない。とはいえ、それはまた後日どうなるか、だ。
「で、元スリさん。その日はいつ?」キュオがたずねた。
「……明日だ。明日の深夜、日付が変わる頃にやってくる」
「真夜中か……私は獣変貌すれば暗視持てるけど、準備いるかもね」
「私は1時間暗視を付与できるわ」
アルマは月神シーンの神官だ。よって特殊神聖魔法【ナイト・ウォーカー】によって暗視を付与できる。
「……ということだ、聞いてたかな御集りの紳士淑女の皆さん!」
キュオが高らかに宣言すると、野次馬たちはどよめいた。
「紳士?おっさんしかおらんな!」
「なんか面白そうだな、その時は見物に来るぞー」
「そのちっこいのに祈っとけばいいんだな!お代もなしに面白い見世物が見れるなら幾らでもやってやらあ!」
「見物人が来る、となると照明がいるかなあ」と、ラゼル。
「やれやれ、とんだ祭りだな。篝火でも焚いておくか?」肩をすくめるセネカ。
「いっそ照明も野次馬達に持っててもらえば?」
「おまつり?」
「いやアイちゃんは主催者兼主演。忙しいよー」
キュオに笑いかけられると、アイはこくりとうなずいた。
「がんばる」
“静かなる巨兵亭”に戻ると、ラゼルは気になっていた疑問をカラシンにぶつけてみた。
「ああ。確かに、守りの剣の範囲内にいれば、デュラハンも手出しはできないぜ」※これはあくまでもこのGMの裁定です。
「じゃあ、あいつ(元スリ)の目論見は正しかったわけか」
ラゼルが言うと、カラシンは首を横に振った。
「このご時世、生まれてから死ぬまで一つの街で暮らすのも珍しくはない。だが、全く街の外に出ずに生涯を終えるのも難しかろうよ」
農地は城壁の外にあるのが普通であるし、職人や商人でも、守りの剣の範囲内のみに行動が限定されるのは大変だろう。アウトロー、特にこの街のアウトローも同じだ。多くのアウトローたちの住む地区は守りの剣の範囲から外れている。
「どんな風に現れるかも問題だな。予定時刻直前に奴の目の前に現れても困る」
「それは大丈夫だ。デュラハンを退治して依頼人を守ったって記録はたくさんある」
セネカの問いに、カラシンが答えた。
「そういや、死の宣告って、予定時刻に既に死んでたらどうすんのかな」
「んじゃ、試しにいったん殺しちゃう?」
「耳に煮干し突っ込むわよ」
「たぶん蘇生しないと思うぜ……だいたい、それならデュラハンに殺させておいて生き返らせた方が無駄がない」
基本的に、冒険者以外の人族は蘇生魔法をかけられても蘇生しない。死んでしまった魂は多少の未練など吹っ飛んでしまうので、よほどの使命感や執着がなければ蘇生に応じないのだそうだ。
ならばお偉いさんや金持ちなら……とも思ってしまうが、ナイトメアへの扱いを見てもわかるように人族の穢れへの忌避感情は強く、穢れ持ちになったというだけで社会的に致命的なダメージを負いかねない。
「んで、パイセン、キュオ、8号はいつも通り突っ込むとして……アイちゃんとアルマは今回は前に近づくわけか?」
「うん、前衛がしっかり囲めば、その外から【ホーリー・ライト】を食らわせるのは可能だよ」
「【セイクリッド・ウェポン】とかはどうする?」
「ああ、それはもらわないとな」
「うん、最初は支援ちょうだい」
「支援魔法かけまくって殴る。いつもと同じね」
「いつもと違うのは、【ホーリー・ライト】くらいか」
「そだね。あとは……できればアイちゃんが目立ってほしいとこだけど」
と、キュオはアイに視線を移した。今の彼女は、孤児院のスモックを着ている。とても戦闘行きの格好とは思えない。
「アイちゃん、着飾った方がいいかな?」
今回の対デュラハン戦の目的は、アイの宣伝にある。そういう意味では、元スリはダシに使われたようなものだが、彼の命を守るのが宣伝成功の大前提なので大目に見て欲しい。
「キュオ、アンタに任せる。大方用意してるんだろう」
セネカが水を向けると、キュオはニヤリと笑う。
「あ、やっぱりそう思った?まあ仕掛け人はカラシンさんだけどね」
「まずマギテック協会、ていうか鍛冶屋のおやっさんがアイちゃん向けに篭手作ってくれたよ。まあ、【ホーリー・ライト】使うなら実際に殴ることには使わないだろうけど」
キュオが取り出したのは、格闘武器のアイアンボックスだ。ボクシンググローブを金属の板で補強したような物体である。
「それから、ライダーギルドからは、なんか変なリボン貰った」
「ン?」
アイがリボンに目をキラキラさせる横で、アルマとラゼルの孤児院コンビは訝しげにリボンを検分した。
「んー……これ、"素敵に変身リボン"ね」
「魔動機文明期のおもちゃだな。首に付けて変身するための掛け声を上げると、任意の服に着替えられる……ような幻覚が発生する、か」
「ていうか、戦闘的には全く無意味?」
「まーな。害もないけど」
「んじゃ、いっそ売り飛ばしたほうが良くね?」
身も蓋もないキュオの言葉に愕然となるアイ。まあ、売れば本物のドレスをオーダーメイドで作れるぐらいの額にはなるが。
むろんアルマは容赦なく耳に煮干しを突っ込んだ。
「やめい、こないだから猫が寄ってくるー」
「あー、で、アイちゃんはどんな格好に変身するつもりかな?」
「……あしたの、おたのしみ?」
「いや、あんまり変な格好じゃまずいと思ってさ。露出度の大きい服とかはだめだぞ」
「アルマの真似はやめようねー、とは言っとく」
「何よ、私の格好が変とでも言うつもりなの?」
不満げなアルマを見て嘆息するラゼル。いつものことだ。
他に特に準備することもなく、当日予定時刻の直前となった。
野次馬たちが持ってきた松明やランタンで多少明るくはなっているが、本来ならばほぼ真っ暗のはずである。
アルマが暗視ない組に【ナイト・ウォーカー】を掛けると、まもなく標的はやって来た。相手にとっては元スリが標的なのだろうが、我々がいる以上、狩られるのは奴なのだ。
(つづく)
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