その4 女神の奇跡
<ここまでのあらすじ>
三人の冒険者と一人の放浪者が出会った小さな女の子は、二の剣の女神アイリーンの分体だった。
彼女が成長すれば、彼女を生み出した神器『神々の扉』を使えるようになるという。
一行は彼女の成長を手助けし、導くことに。
昼飯を食べに行った広場でキュオがスリに遭う。一行は逃げたスリを追い詰め、仲間共々ぶちのめした。
<簡易キャラ紹介>
【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。
【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。
【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する
【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。
【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。
【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体。
【カラシン】(人間/男/44歳):冒険者ギルド支部“静かなる巨兵亭”支部長。一行への扱いはぞんざい。
スリが盗んでいた馬をライダーギルドに返却し、一行は再び広場へやって来た。
一行の姿を認めると、広場の人々はどよめく。
「わー、みんなこっち見てひそひそやってるね」キュオが周囲を見渡して、言った。
「そりゃー、派手にやったし?」
さっきの騒動は街を横断する大捕物であった。しかし、悪人を退治しただけなのだから何を憚る必要があるのか、と言わんばかりのアルマ。
「よぉ、あんたたち、さっきは大変だったな」
声をかけてきたのは、キュオがスリに遭った際、すぐ近くにいた行商人だった。
「ええ、おかげさまでなんとかカタはつきました」
ラゼルは愛想笑いをした。
「すりさん……どうなるの?」
首をかしげたアイに、行商人は答えた。
「まぁ……大した罪にゃならんだろ。農場とか鉱山でしばらく労役とか、そうでなきゃ……」
「ははーん、晒し者かな?よりによってあそこで」
「?」
訳知り顔のキュオは、首をかしげているアイに説明を始めた。
王都クーダスは守りの剣1本によって守られている。先に述べたとおり、"彼岸花"地区はその大半が守りの剣の範囲外になっており、蛮族の攻撃を集中させるための囮とも噂されていた。
その守りの剣の効果範囲ギリギリ外のところに、軽犯罪者を数日間晒し者の刑にするのだという。よりによって、さきほどスリやならず者と戦った場所の近くだ。
「夜なんか、マジで怖いとかなんとかって話よ?」
「つってもさー、壁の中だろ?」
守りの剣の範囲外とはいえ、"彼岸花"地区も街を囲む城壁で守られている。だいたい、ゴブリンやボルグはおろか、オーガですら守りの剣の範囲へ侵入できるのだから、大差はない。
「まあ微罪処分だしー。だいたいワル仲間が差し入れぐらいはしてくれるから、この刑罰で死ぬ人はまずいないよ」
「一般人には十分な脅しにはなる。それが怖いなら、最初からしないことだ」素っ気なく、セネカ。
「ま、そうだよな。それくらい何ともないって奴は何度も晒し者の刑を繰り返して、いずれ打ち首さ」行商人は肩をすくめる。
「……」
表情を曇らせるアイに、行商人が声をかけた。
「そっちのお嬢ちゃん、神様なんだって?……さっきの奴らが気になるかい?」
「かわいそう」
「はは、優しいな。衛兵屯所に行けば、どうなったか教えてもらえるかもね」
「……」
何か言いたげに一同を見回すアイ。
「んじゃ、行ってみるかー」
「そうだな。やり方次第でアイの布教に利用できるかもしれん」
「おや、布教活動は順調かい?」
衛兵屯所を訪れると、先ほどのスリ騒ぎでも駆けつけてきた衛兵が手を振った。
「お陰様でな」
「ぼちぼちってとこです」
「さっきのスリどもだが、晒し者にでもなったか?」
セネカが訊ねると、衛兵は首をかしげた。
「ああ、その通りなんだが……スリの奴が妙に怯えて命乞いをしてるそうだ。晒し者の刑で死ぬなんて、まずないのに」
晒されている間、囚人へ衛兵から水や食べ物を与えるわけではない。しかし、誰かが差し入れするのは問題ではなかった。唯一、鎖を切って逃がすことだけは禁じられていたが。
「ま、たまーに酷く恨まれてる奴が殺されたりするが、それは自業自得だ。そういうのも含めての刑罰なんだ」
「被害者は俺たちだ。俺たちが寛大な措置を求めたら、恩赦は与えられるか?」
セネカの問いに、衛兵は難しい顔をした。
「うーん……そもそも大した罪じゃないからこれ以上軽くしたら無罪放免しかなくなるし、流石にそれは世間が許さんだろうなあ」
「じゃ、差し入れに行く?」
アルマの声に、暗い顔をしていたアイの顔がぱぁっと明るくなる。
「"妙に怯えている"ってのもちょっと気になるしなぁ」
「あ、そうそう。この子だけど、信仰してみない?」
「我々はイーヴ信徒だがね……まぁ、小さな女神様にもたまには祈っておくさ」
「さんきゅ!」
日が落ちた後、アイを連れた一行は冒険者ギルドに戻った。
「おお、お前達今日も遅かったな。客が来てるぞ」
カラシンが顎をしゃくった先には、遺跡ギルドの男。
「おう、待ってたで。祠ができたとこや」
「ほんとに~?」
アルマが疑ってそうな口ぶりで言うと、男は肩をすくめた。
「嘘言うてどないすんねん。ほれ、アレや」
男が指さす先には、天井近くの壁に取り付けられたかわいらしい神殿。
「えー……こんなんでいいの?」キュオは目を丸くした。
「携帯神殿みたいなものか」
セネカが呟いた。携帯神殿とは、神官用の装備だ。特殊神聖魔法を1日1回だけMP0で使えるという特典もあるが、小神や大神の神官にとっては、自身の神の影響範囲外に出ることによる消費MPの増加を防ぐという効果の方が重要だろう。
「携帯神殿って、敵の攻撃でぶっ壊れそうで怖いんだよな-」
ラゼルが苦笑いをした。エピックトレジャリーの解説には『丁寧に取り扱うべき、地面に放るなど不敬』とあるが、そもそも神殿を背負った状態で敵と殴り合う事自体が不敬では?
「神官が増えんとデカい神殿建てても寂しいだけやしなあ。その点ここは少なくとも夜はえろう賑やかや、神様も寂しないやろ?」
「たのしい!」
「あ、もう宴会に混ざってるし!」
キュオが慌ててアイの元に向かう。
「今日は新しい神殿の落成式や!みんなで祝ってくれや!」
「おー!神様にかんぱーい!」
すでにすっかり出来上がっている客たちが、酒を片手に歓声を上げる。
「いい気分になっているところだ。布教の誘いにも乗りやすいだろう」
「酔いが覚めた後に忘れてねえといいけど……」
一行は客に酒をおごったりしながらアイへの信仰を促すのだった。
「らぜる、おはよう」
「おはよう、アイちゃん」
翌朝。もうアイをシーン神殿に送るのも遅かろう……ということで、昨晩はアルマの部屋に彼女を泊めたのだった。
「だいぶ信者が増えたし、そろそろ第二の特殊神聖魔法が使えるかもね」
「んじゃ、魔術師ギルド行くか」
キュオの言葉にラゼルが応じると、アルマは顔をしかめた。
「また変な魔法じゃないといいけどー」
「まあ、アイリーン神の特徴が出るからなぁ……ちょっと、期待してることもあるけど」
「何を期待してるの?」
訝しげなアルマに、ラゼルは手を振った。
「まぁ魔術師ギルドに行ってのお楽しみさ!」
「うーむ……」
第二の特殊神聖魔法についてアイに質問してみたのだが。耳元で囁かれた内容に、ラゼルは頭を抱えたくなった。
ーGM、絵的にアウト。ー
天の声も呆れ気味である。
「やっぱりアレな魔法?」
ー公式設定でもジョーク的に類似のネタはあるんですが……こっちはオブラート抜きドストレート直球なのでさすがにアウトや!!ー
「(ごにょごにょ)……だってさ」
「……は?」
「うん、そりゃアウト!」
アルマとキュオも遠い目をする。
「……なるほどな」
セネカは努めて冷静な表情で、ビハールの方を向いた。
「本家アイリーンとは違うか?」
「うーん、方向性は似てるかもしれないけど、違う魔法だね」
ビハールが本家の特殊神聖魔法について説明すると、一同はげんなりした。いずれにせよ、人前で使えば犯罪扱いされかねない魔法である。
「本家とアイちゃんの違いが出てきたのかな?」
女魔術師にビハールはうなずいた。
「人族の信者を得て神格が分裂しつつあるんだろうね。この先の特殊神聖魔法はもっとかけ離れたものになるよ、きっと」
「改めて性に関する神なのは分かったが、導き手としてはかなり苦労する質だな」
セネカはため息をついた。
「まあ、努めてポジティブに言えば、本家とは違う神になりつつあるってことで」ラゼルが頬をかく。
「ひひひ……こりゃ今後の成長が楽しみだね。信仰するように仲間にも言っとくよ」
不気味な笑い声を上げる女魔術師だった。
「あ」
「おや」
一行と、向かいから歩いてきた神官の足が同時に止まった。
ここは神殿街。ライフォス神殿を始めとする主な(一の剣の神系統の)神殿が立ち並ぶ場所だ。アイにとってはアウェー中のアウェーである。
「これはこれは」
「こんにちは」
かの神官とは面識があった。ライフォス神殿の司祭である。
「どうも皆さん、噂はかねがね伺っておりますよ」
「ええ、せっかくですので挨拶回りをと」
ラゼルがにこやかに言うと、司祭も微笑み返す。
「それは結構なこと……と本来なら申し上げるべきなのですが」
「……」
司祭は穏やかな表情を崩さずに言った。
「神殿町での布教はお止めいただきたい」
まぁーそうくるよなァ、とラゼルは心の中で呟いた。
「その子は穏やかであるとはいえ、二の剣の神だそうですね。我々は歴史に学んで知っています。イグニスの眷属とわかり合うことは決してないと」
「それは、異大陸や他地方の宗教学にも精通して言ってるのか?」
「西の大陸ではイグニス系のル=ロウドって神が人族に広く普及してると聞いたわよ」
セネカとアルマが反論する。司祭は、アルマに目を向けると眉をひそめた。
「それはそうと、貴女も神官ならばその服装は……」
で、アルマの問題の服はどんなの?と言えば、アウトロープロファイルブックをお持ちの方はP24のアルヴ女性のイラストをご覧頂きたい。さほど過激な衣装でもないが、ラゼルとしてはやはり止めさせたいらしい。
「シーン神殿公認ですので」
司祭の代わりにラゼルが盛大にため息をつく。
「……まぁそれはいいでしょう。西の大陸の情報は不確定です。わからない以上は今のやり方を変えるわけにはいきませんね」
大破局以来断絶していたテラスティア、レーゼルドーン両大陸との通行は再開したとはいえ、ランドール地方まではあまり情報が伝わっていない。ビハールこそがその証人なのだが、カラシンも言っていたとおり彼一人が何か言ってもなかなか証拠にはならないのだ。
「王国政府が布教を認めたのは存じております。であれば我々も積極的に排除はしませんが……しかし、それと認めるかどうかはまた別の話です」
「ま、アンタの主張は分かった。話が聞けて良かった」
問答無用で襲いかかってこないだけ、破格の扱いではあるのだ。これでも、ライフォス神殿としては最大限の譲歩である。
「……つまり、アイちゃんが二の剣の神じゃなくなればいいんだよね」
素人の突飛な発想としか言えないキュオの言葉に、司祭は苦笑した。
「はっはっは、何をおっしゃるかと思えば……神性の変更など、殆ど奇跡でもないと起きませんよ」
「奇跡、か。ま、奇跡は人が願い起こすものだ。俺たちはアイを信じればいい」
「そーかなぁ?ビハールさんが言ってたんだよ。アイちゃんは本家アイリーンとは全く違う、人族の神として成長する可能性を秘めている……って」
「……ねえ、司祭様。この娘が【バニッシュ】使ったらどうする?」
アルマの言葉に、司祭は失笑すらしなかった。
「使うも何も、先日【フィアー】を使ったのでしょう?適当なことをおっしゃらないでください」
うわやっぱりバレてたか、とキュオは小声で言った。
「ま、試してみて損はないと思うぜ。【フィアー】になっちまったらまずいから、【セイクリッド・シールド】でどうかな」
言ってしまってから、ラゼルは(ちょっとマズったか?)と思った。遠巻きに少なからぬ人々が見ている。ライフォスの司祭と怪しげな新人女神の取り巻きが口論になっていれば、それは気になるだろう。
「……やってみる」
アイは両手をすっと前に広げ……念じた。
ー
「うわあ」
「……わんもあ」
「ま、まあこればっかりはライフォス様もお許しになるでしょう。私どもも他人事ではないし……」
アイが再び念じると、淡い光がラゼルを包み込む。ライフォスの司祭は目を見開いた。
「お、おお……これは紛れもなく【セイクリッド・シールド】!」
「……と、いうわけですけど?」
どうだ、と言わんばかりのアルマに、司祭は苦笑した。
「もう何も言いますまい……いや、今までの非礼をお詫びしなくてはなりませんね」
ライフォスの司祭は、遠巻きに見ている人々にも聞こえるように言った。
「きっとライフォス様はこの小さな女神様にも祝福を下さるに違いありません。恐れず進んでいただきたい」
「わー、手のひら返しってレベルじゃないなぁ」
キュオが小声で毒づいた。
「逆ギレして暴れ出したり口封じに走るよりは百万倍いいさ」
ラゼルはビハールからの"啓示"を噛み締めた。彼の予想通りに、アイは人族の神になったのだ。
……第二の特殊神聖魔法については目をつぶって頂きたい。
(つづく)
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