その3 女神の捕物帖

<ここまでのあらすじ>


三人の冒険者と一人の放浪者が出会った小さな女の子は、二の剣の女神アイリーンの分体だった。

彼女が成長すれば、彼女を生み出した神器『神々の扉』を使えるようになるという。

一行は彼女の成長を手助けし、導くことに。





<簡易キャラ紹介>


【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。


【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。


【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する放浪者ヴァグランツ


【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。


【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。


【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体。



【カラシン】(人間/男/44歳):冒険者ギルド支部“静かなる巨兵亭”支部長。一行への扱いはぞんざい。





 衛兵詰所での布教許可の願出には思ったよりも時間がかかり、“静かなる巨兵亭”に帰り着いたのは遅くなってからだった。


「うう、おなかすいたあ。なんであんなに時間かかるわけー?」


 腹を押さえるキュオ。


「手続きは大事だぜ」 


「うー、まだラストオーダーには間に合うはず……!」


 キュオがドアを開けると、店内は客でごった返していた。テーブルと厨房の間を女給が忙しそうに行き来しており、酔っ払いどもは陽気に騒いでいる。


「おう、遅かったな」カラシンが厨房から顔を出した。


「よかったラストオーダーに間に合ったみたい、カラシンさん、揚げじゃがにエールに串焼きを適当に!」


「店主、俺も手伝おう。好きなの食わせてやってくれ」厨房に回って、セネカが言った。


「パイセン、料理できるんだ?」


「それなりにな」


「お、アイちゃんは孤児院に帰したのか?」


「流石に夜はな」


 カラシンにセネカが答えた。


「肝心の神様が居ないと布教もできないでしょ?」


 そう言いつつ、アルマはチラリと周囲を見た。


「噂話を流すくらいならできそうだな」


 カラシンは店の中を見回した。


「ここに出入りする連中は吟遊詩人だと探し屋だの斥候だの、情報で生きてる奴が多いからな」


「新しい神様、神様を一から育てるなんて滅多にできることじゃないしね。……って、美少女がこういうこと言ってればそりゃーそこらのが耳を澄ますでしょ」


「自分で言うかぁ?いてっ」


 したたかにすねを蹴られて、ラゼルは顔をしかめた。





 翌朝、一行はカラシンに叩き起こされた。


「なんなのー、割としんどくて眠いんだけど」頭を抑えながら、キュオ。


「知るかそんなもん。いいかよく聞け。お前らに、お偉いさんの返事が速攻で来たぞ」


「え、夕べ出した奴がもう?」


「意外と早かったな」


「向こうさんはかなり本気と見える」


「まあ、内容が内容だしね」


「でだ、シュヴード王国の名でウチに依頼が来た」


「依頼だと?」


 カラシンは巻物のように巻かれた紙を、ぱらり、と広げて見せた。公文書に使われるような上質の紙だ。


「依頼内容は『神々の扉を開け』だ。要はレーゼルドーン大陸へ行く方法を確立しろ、だな」


「事実上、布教のお墨付きだな」


「その為にアイなる神の力が必要なら、布教活動を認める、とのことだ」


「基本的に?なんか微妙な表現ー」キュオは頬杖をついた。


「そこはまあ、色々あるからなこの国も。特に既得権益持ってる連中は衛兵でも手が出せん場合もあるし」


 既得権益、と聞いてラゼルは顔をしかめた。ライフォス神殿やティダン神殿のような有力な神殿はクーダスの街の中でも一等地にあり、その一帯は“神殿街”と呼ばれている。

 一の剣、少なくとも人族サイドの神であればそこまで他神殿の当たりもきつくはないだろうが、何しろアイは……


「まあ少なくともシュヴード王国内では露骨に邪教認定される事は無くなったって事だ、良かったなお前ら」


「それで? 活動費やらはお国が出してくれるのか?」


「報酬は一人4000G。そのうち1000Gを前金として出しておくとの事だ」


 カラシンはテーブルの上に、ずっしりとした銀貨袋を置いた。


「前金とはまた豪勢だねえ」舌なめずりをするキュオ。


「前金は依頼達成できたかどうかに関わらず既にお前らのもんだ」


「達成期限は切られてるの?」と、ラゼル。


「今のところは無い。だが、あまり遅いと取り消されるだろうな」


「ぬーん」


 ラゼルは腕組みをした。果たして、“神々の扉”を本格稼働させるには何人の信者を集めればいいのだろうか。


「ともあれ、動かねば始まるまい」


 セネカが席を立って、言った。


「へーい」





「で、なんでマギテック協会?」キュオが首をかしげた。


 シーン神殿でアイちゃんと合流した一行が向かった先が、マギテック協会であった。


「いやさ、信仰からは一番遠そうではあるけど、なんかあるかも」適当な操霊術師ラゼル


「行き当たりばったりね」アルマは肩をすくめた。


「おう、お客かい?」


 応対に出た男を見て、キュオは目を丸くする。


「なんつーか……マギテック協会というか、普通に鍛冶屋兼武器屋だよね」


「実際そうだよ。よっぽどでかい街ならともかく、普通は色んな商売を兼業するもんだ。で?なんか用かね」


 魔動機師、というより鍛冶師の親方というほうが適切そうな男が言った。


「えーっと、今日は別の大陸から来た神様の紹介に来たんだぜ」


「まっさらな神様って珍しいでしょ?」


 ラゼルとアルマの言葉に、親方は少々戸惑った様子だった。


「そ、そうか……」


「うん、まあいきなり話してもこうなるか」頬をぽりぽりかいて、キュオ。


 その時、奥からもう一人の男が顔を出した。この店の弟子のようだ。


「親方ー、あっしのレンチ知りません?」


「あー?知らんわいそんなもん、自分の道具くらい自分で面倒見ろ」


「えー、まいったなあ……今日の作業で絶対使うんだけど」


 すると、アイが身を乗り出す。


「さがしもの?」


「ん?アイは探し物得意か?」


「きのうアイのわっぺんおとした……みんなさがしてくれて、みつかった。だからてつだう」


「そうか。受けた恩はどこかで誰かに返すってものだ」神妙な顔で、セネカ。


「されて嬉しいことは他人にも施す。うんうん素晴らしい心構えね」アルマも満足げに頷く。


 さっそくアイは店内を探し始めた。女神だと知らなければ、ちびっ子が健気に捜し物をしているようにしか見えないだろう。


「んで、オレたちはどうしようかな」


「ここは、アイちゃんに華を持たせたいとこだけどー」


 やがて、あちらこちら探し回っているアイの表情に疲労と焦りが見え始めてきた。


「……嬢ちゃん、無理すんな。頑張ってくれただけで十分だ」


「なんかしんどくなってきたっぽい。そろそろこっそり助けた方がいいかな」


 キュオが小声で言うと、一同の背後に気配が生まれる。


「建物の外の壺だ。少々厄介だが」


「おつかれ、セネカ」


 セネカに応えると、アルマはアイに声をかけた。


「アイちゃん。これだけ探して見つからないってことは、きっと店の中じゃなくて外にあるのよ」


「ん」


 アイが店の外に出ると、『キケン!注意』と書かれた、いかにもヤバそうな匂いを放つ壺が見つかる。


「……これ!」


「おう、あったかい?……ちょ、おま、オイィ!なんちゅーとこに落としてんだ!」


 親方は弟子を怒鳴りつけた。キュオが壺を満たす薬液を見て肩をすくめる。


「うわー、これメッキとか金属加工とかに使う薬品だよ。うんぶっちゃけ猛毒」


「アンタ、ちょっと何変なところに放り込んでるのよ!」


 アルマが弟子の襟首掴んで前後に揺さぶった。


「うわぁ……お、親方、【エアタイトアーマー】かなんかで」


「俺だってできんわボケ!」


「アイ、そのまま手を入れると危ない。例の神聖魔法が使えるだろう」


 アイはセネカの助言にこくりと頷くと、一切の躊躇なく薬液に素手を突っ込んだ。


「ぎゃああああ!?ちょ、お嬢ちゃん!?」


「毒を通さない特殊神聖魔法よ。ちょっとアイちゃん、工具が毒まみれ毒まみれ」


 拾い上げた工具をドヤ顔で渡そうとするアイに、アルマが声をかけた。


「アイちゃん、普通の人が素手で触れたら手が焼けちゃうよー」


「これが神様ってところだ。布はこれを使うといい。念入りにな」


 セネカが慎重に布でレンチを包む。アルマは呆然としている親方と弟子の方を向いた。


「さ、これで借りが一つできちゃったわね?」


「お嬢ちゃん……実は高位の魔動機師とか?」


「マギスフィア持ってないし動作してない時点で察しなさい」


「だ、だよなあ……本当に神聖魔法か。で、この小さな奇跡を俺達に見せて何をさせるつもりなんだ?」


「信仰してもよいのよ?そうでなくても宣伝ぐらいはしてもらえれば。きちんと王政府から認可もらってるしね」


「ほほう、布教活動に我がマギテック協会を巻き込もうってわけかい……いいだろう、面白い物を見せてくれたしな。出入りの業者や常連客に噂を流しておこう」


「よーし、よかったなアイちゃん……あ」


 アイの頭をなでながら、ラゼルはあることに気がついた。

 特殊神聖魔法によりアイ本人へは毒にはならないが、手にべっとり付いている液自体が無毒になっているわけではない。


「親方さん、中和剤かなんかない?」





「馬泥棒、なあ」


 次に訪れたライダーギルドでは、ちょっとした問題が持ち上がっていた。馬を盗まれた……というか、貸した馬が戻ってきていないのだ。

 農作業、という名目で借りた相手が申込書に書いた名前は偽名で、その農地も余所の土地という始末。


「近所で借りパクしてもそのうちバレる。しれっと乗り捨ててる可能性が高いよ。街中を調べたら案外そこらにいたりしてね」訳知り顔のキュオ。


「んじゃあ、レンタル代踏み倒したってことか?」ラゼルは腕組みをした。


「少なくとも、契約以上の時間分のレンタル代はねー」


「んー、その程度の金のために馬泥棒って罪を?」


「世の中、狡賢い悪党も多いが、愚かな小悪党も多い……というところかな」セネカが言った。


 もしも誰もが賢明であれば、衛兵も暇で仕方ないだろう。


「んじゃ、探してみるかー」


「アイの特性を活かしながらの方が好ましいが……」


「何かあったかしら」


「割と無遠慮に何でも首突っ込むとか?」


「きゅおがいじめるー」


 アルマが、今度は警告抜きで耳に煮干しを突っ込んだ。






 ライダーギルドを出ると、太陽はちょうど頭上にあった。


「いったん飯にするか?」


「どうせ布教に行くんだし、広場の屋台に行こうぜ」


「そうしましょ」


 クーダスの街の広場には屋台が並び、人々でごった返している。


「ごはんー」


「ぎゃー、ちょっと待って!!」


 脇目も振らずに屋台に突撃する幼女……もとい女神をキュオが慌てて追う。


「そういや、アイちゃんは屋台を見るのは初めてなんだなぁ」


 ラゼルは感慨深げに呟く。孤児院で屋台の話は聞いていたのだろう。滅多に贅沢もできない孤児たちにとって、たまに訪れる広場の屋台はごちそうだった。


「あー、すいません。支払いは私が」


 支払うキュオの横で、満足げに山賊焼きとドネルケバブを頬張るアイであった。


「後で立て替え分を払ってやらんとな」


「よく食べるわね。さすがは育ち盛り」


「オレは何食おうかなー」


 セネカ、アルマ、ラゼルが後を追ってきた。


「やれやれ……あれ?」


 キュオが困惑した顔で自身のポケットを探る。


「どうしたのよ」


「あれ、えーと……財布がね?」


「ん?スられたとか?」


 その時、キュオの背後にいた男がすっと動く。


「奴だ」


 セネカがぽつりと言うと、男は脇目も振らずに走り出す。


「ふん、素人め」


 セネカは舌打ちをした。流石にこの人混みでナイフを投げるわけにはいかない。


「そこの奴止まりなさい!スリよ!」


 まぁスリが止まれと言われて止まるはずもなく。スリらしき男は、広場の隅に繋がれていた馬に乗り込むと、駆け出した。 


「アイに気をやっておいてくれ。俺が追いかける」


「了解!」


 セネカもまた、猛然と走り出す。一党の中で馬に追いつける速度で走れるのは彼しかいない。




「ど、どけえっ!」


 人々が逃げ惑う中、スリは街中を強引に駆け抜けていく。路上に置いてある荷物も構わず蹴り飛ばさせていた。

 セネカは見失うことなく執拗に追い続ける。人が少なければ背中にナイフをお見舞いしてやれるのだが。


「くそっ!あの野郎まだ追って来やがる!!」


 追う者と追われる者はいつしか、遺跡ギルドの近くまでやって来ていた。 

 

「む」


 セネカは眉間にしわを寄せた。スリが逃げ込んだ先にはならず者が4人。


「おうおう、ひとりで追いかけてくるたあ勇敢なのかバカなのかどっちだ?」


 ならず者の一人がニヤリと笑う。


「後ろを見ろ」


 セネカが振り向かずに後ろを右手の親指で指すと、キュオたちが息せき切って追いついてきた。


「ふー、間に合ったぜ」


「ま、あれだけ騒ぎ起こしてりゃー、どっちに行ったかなんてすぐわかるよねー」


「この法を破る無法者!月神シーンに代わってお仕置きよ!」


「あ、それかっこいい……」


「アイちゃんもなんか決めぜりふ考えてみるかい?」


「えっとね、ほんたいは……ふぁ」



-オイィ!GMゥ!FワードはやめろGMッ!!-



「うー、なんかまた幻聴が……」こめかみに手を当てるラゼル。


「先に範囲魔法を叩き込んでくれ。馬は盗品らしいから、傷つけないようにな」


「んじゃ、馬に当たらないようにならず者どもに【スパーク】!」


「ぎゃああああ!?」


 ラゼルの電撃【スパーク】で痺れているならず者の間にゴーレム8号が飛び込み、そのうちの一人を容赦なく殴る。


「い、いてぇっ!」


「私も範囲魔法いくねー。【ポイズンスプレッド】!」


 ゴーレム8号は魔法生物のため毒は一切効かない。殴りつけられていた一人が倒れた。


「それじゃ、4倍【フォース】で月神に代わってお仕置きよ!!」


 アルマの放った光弾が炸裂し、残る3人のならず者たちも倒れる。


「いってぇ……え?あ……」


 瞬く間に仲間を倒されたスリは、逃げる間もなかった。




「ま、こんなもんか」


 ラゼルが馬を抑える。セネカは目を回しているスリを馬から引きずり下ろした。


「おー、面白い喧嘩だったなー」「冒険者とそこらのチンピラじゃ結果は見えてたけどなー」


 いつの間にか集まっていた野次馬たちが無責任な感想を漏らす。


「野次馬が多いなあ……アイちゃんが戦ってたら注目されたかもねー」


「無茶言うなよ、キュオ」ラゼルが顔をしかめる。


「そりゃま、アイちゃんも少しずつ強くなってはいるけどさ。まだまだ危ういぜ」


 スリの目を覚まさせると、セネカは襟首をつかんだ。


「さて……アンタらも裏で食ってるなら知ってるだろ。やられる方がアホなんだ」


 スリはこくこくと頷く。


「キュオ、スられたのはこれか?」


「あ、やっぱりこいつが持ってたのか。ありがとー」財布を取り戻し、ホッとした顔のキュオ。


「俺は8年はここで過ごしてた身だ。出し抜こうなんて見くびられたものだな」


 セネカは背後のアルマに声をかけた。


「アルマ、こいつに【バニッシュ】をかましてやれ」


「【バニッシュ】は人族に効かないわよ。効くのは【フィアー】」アルマが指摘した。


「ああ、【フィアー】だったか」


「ふぃあー……」


「ちょ、待て待てアイちゃん!」


 ラゼルが慌ててアイを制止するも、遅かった。


「うへああああ」目を白黒させて、なんか変な声を上げるスリ。


「【フィアー】はまずいぜ……パイセン」ラゼルは頬をかいた。


 【フィアー】は【バニッシュ】と対になる魔法で、二の剣イグニスの神々に仕える神官たち……つまり蛮族陣営が使う魔法だ。


「うん、やばいね。まあ野次馬には意味が分かんなかったろうけど」ちらちらと周りを伺いつつ、キュオ。


「すまん、今のは迂闊だったな……アイ、【サニティ】をかけてやれ」


 アイの【サニティ】によりスリは正気に戻った。


「【フィアー】ができるってことはまだまだ蛮族寄りなんだなァ」ラゼルは嘆息した。


「んで、ライダーギルドから馬をパクったのはあんたか?」


「い、いやぁ俺ははぐれ馬を拾っただけで……」


 ラゼルの質問に、スリは挙動不審に視線をさまよわせた。


「わかりやすい奴だな。まあ、連れてけば分かる話だ」


「セネカ-、あとは官憲に任そうよ」


 走ってくる衛兵を見て、キュオが言った。


 一行がライダーギルドに馬を連れ帰ると、博労たちにとても感謝された。

 この街のライダーギルドの構成員たちは、みな馬をこよなく愛する者たちで、馬しか取り扱っていない。(いずれペガサスも欲しい、と言っていたので馬系なら良いようだが)それゆえに、布教活動にも二つ返事で応じてくれた。

 アイは、着実に信徒を増やし始めた。



(つづく)

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