その2 アイの魔法

<ここまでのあらすじ>


三人の冒険者と一人の放浪者が出会った小さな女の子は、二の剣の女神アイリーンの分体だった。

彼女が成長すれば、彼女を生み出した神器『神々の扉』を使えるようになるという。

一行は彼女の成長を手助けし、導くことに。





<簡易キャラ紹介>


【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。


【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。


【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する放浪者ヴァグランツ


【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。


【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。


【アイ】(神族/女/0歳):遺跡『神々の扉』に生み出された小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体。





「んじゃ、次はどうすっかなー」


「布教するにも人の顔ぐらいは見て回ったほうが良いんじゃないか」


 ラゼルがアイの頭を軽くなでていると、セネカが言った。


「そういえば遺跡ギルドが…とかいう話もあったわね」


「ああ、遺跡ギルドが布教活動について詳しいってカラシンさんが」


「そういやそうだったな」


「人に説こうって言うんだ。広場や神殿街を見てからギルドに行っても遅くは無いと思うが……先にギルドへ行くか?」


「遺跡ギルドでいいかな」


「分かった。行こう」





 クーダスの中心部からは大きく外れた南西に位置する“彼岸花”地区。一応城壁によって護られてはいるものの、この地区の大半は守りの剣の範囲外になっている。

 一説には、蛮族の攻撃をここに集中させて対応しやすくしているのだとも言われているが……そういうことをあまり気にしない荒くれ者が集まっており、結果として治安は良くない。

 この地区で有名な施設はふたつ。遺跡ギルドと冒険者ギルド“静かなる巨兵亭”である。


「先日は世話になったな」


「おう、まいどー」


「あのおとぎ話実話だったみたいね」


「なんのことや?まあ知らんけど、なんかエラい目に遭うたらしいなァ?」


 ギルドの男は、白々しくアルマに答えた。


「大方察しているだろうが、新しいシノギについて相談に来た次第だ」


「ほほう?」


 男は、セネカからアイに視線を移すと、ニヤリと笑った。


「この子ならどこ行っても高い値がつきそうや、へっへっへ」


「あんまり露悪的に接すると将来怖いわよ」


「……冗談は程々にな」

 

「冗談やがな」


 ギロリと睨みつけるアルマとセネカに対し、男はヒラヒラと片手を振った。


「せや、そっちの姉ちゃんも、その格好で出歩くのはやめといたほうがええで。目の毒やがな」


 アルマの衣装は、上半身はさほど露出してないー身体の線はきっちり出ているがー下半身はきわどいハイレグになっている。


「ほら、やっぱりそう見られてるぜ」


「何が悪いってのよ」


 以前よりラゼルは口煩く注意しているのだが、アルマは止める気などなかった。歓楽街での集金-シーンは夜の神という側面を持つので-の際に絡んでくるチンピラを【フォース】でぶっ飛ばすのも日常茶飯事である。




「それはそれとして、まあアンタらのシマで新しい事をしようってわけで……礼儀も通しておきたいが、何せ他国も腰を抜かしかねない隠し玉だ」


 セネカは男の目を真っ正面から見据えて、言った。


「ぜひとも投資をしてほしい。こういう旬ものに一番乗りは、リターンが一番大きいからな」


「普通、そういうのはこっちがショバ代取るもんやけどなあ」


「それだけの価値はあると思うぜ」


「まあええわ。今の信者はどれくらいおるんや?」


「んー、シーン神殿の人たちがついでに祈ってくれてるくらいだから、まだ20人もいるかどうか?」


 ヘラヘラ笑っていた男は、口をあんぐりと開けた。


「ちょ、待てやコラ!それだけなんか?しかもシーンと兼業て……あそこの信者ってガキと貧乏人しかおらんで?」


「まあ、なにせ、つい先日見つかって保護したばかりですし?」


「アイちゃんの新生女神伝説は今ここから始まるんだ!」


 今度はアルマとラゼルが白々しく言う番だった。


「かーっ、お前らそんなんでワシとこにナシつけにきたんか?しょーがないやっちゃのー」


「アンタの聡明さを見込んでだ。悪いな」皮肉っぽい顔で、セネカ。


「しゃーない、ワシが信者の集め方って奴をれくちゃあしたるわ。授業料は100Gな」


「やっぱり金取るのー?」


「そりゃそうだろうさ」


 不満顔のキュオを、ラゼルが宥める。


「いいとも、払おう」


 ギルドの男曰く、単に辻説法しているだけで信者など集められるわけもない。時にはサクラを雇ったり、利益誘導もする必要があるのだと。

 まァ極端な話、神聖魔法とは神から人々への利益誘導以外の何物でもない。それだけのために人々が神に祈るわけでもないが……





「おう、アイちゃんも連れて来たのか。どうだった?」


 ひとまず“静かなる巨兵亭”に戻ってきた一行。


「とりあえず方向性は見えたけど微妙にチマチマ信徒を増やす必要があるわね」


 多少は男手も欲しいし、とアルマは付け加えた。現状、シーン神殿、というか孤児院の関係者は女子供ばかりである。


「貴重な男手!」


「はいはい」


 自分自身を指してドヤ顔したラゼルを、アルマは冷ややかに流した。


「そういや、ここって冒険者は何人ぐらいいたっけ?」


「登録している地元の奴は30人弱というところだが……よそから冒険に来た奴らもここに泊まるしな。それにここの酒場は冒険者専用ってわけじゃないから、意外と一般人も来るぞ」


「まあ冒険者って結構ドライな奴多いから多少の利益誘導で信仰?は得られるかもしれないけど」


「いや、アルマ、それはちょっと違うぞ?」


 冒険者を損得で動かすのは難しい、とカラシンは言った。損得で言えば、冒険者よりも安全に稼げる仕事はいくらでもある。冒険者は楽しいから冒険するのだ。


「……あ、そういや」


「どうした?ラゼル」


「アイちゃん、特殊神聖魔法使えるようになったんじゃないかな」


 神聖魔法は大きく三つの種類に分類することができる。【アウェイクン】や【キュア・ウーンズ】のようにすべての神の神官が共通して使える魔法。次に、【バニッシュ】と【フィアー】、【セイクリッド・ウェポン】と【ヴァイス・ウェポン】のように人族陣営の神と蛮族陣営の神で使える魔法が違う魔法(※“狂神”ラーリスの神官は両方使えると言われている)。最後が特殊神聖魔法で、信仰する神ごとに異なる魔法を使うことができる。基本的に、その神の性質を反映したユニークな魔法だ。


「アイの魔法か」


 セネカの言葉に、ラゼルは膝を打った。


「そうだ!また魔術師ギルドに行ってみる?」


「アイを見せて欲しい、とは言われてたな」


「あ、そうする?特殊神聖魔法についてとか色々聞けそうだしね」





「やあ、またきたね。そしてアイちゃんおひさしぶり」


「うさぎさんー」


「……アイちゃん、タビット族にそれは人によってはシャレにならんからね?」


 苦笑いするビハールを見て、アイは首をかしげた。


「人間に向かってサルっていうようなもんだからなぁ……アイちゃん、タビットをウサギと呼ぶのは止めようか」


「わかった」


「方針と動静を伝えておこう」


「……ふむ、布教活動か」


「あ、そうそう、特殊神聖魔法使えるようになったみたいよ」


 アルマの言葉を聞き、神学者は興味深そうな視線をアイに注いだ。


「ほほう、それはそれは。せっかくだからギルドの皆にも見せてほしいな」




「いらっしゃーい、そしてようこそ小さな神様」


「……」


 本人としては精いっぱいにこやかに対応した女魔術師の顔を見て、アイは不安そうな顔をした。


「あー、僕は人間の表情がよくわからんのだが、もう少し子供受けの良い顔をしたほうがいいのはわかる」


「アイちゃん、このお姉さんは悪いひとじゃないから」


「そーいうのだから魔術師ギルドは胡散臭く見られるのよ。少しは社会性を持ちなさい」


「胡散臭いと言う点については全くその通りなのでぐうの音も出ないわね」


「……うんアイちゃん、早速だけど魔法を見せてくれないかな?」


 もはや処置なし、という表情のビハール。


「あ、ちょっと待って」


 ラゼルは腰をかがめ、アイに気になっていたことを問うた。


「アイちゃん、特殊神聖魔法なんだけど、どういう名前?」


「んっとね……」




ーおいGM!アウト!それアウト!!ー




「……!?」


「らぜる?」


「あ……いや、なんでもない」


 心配そうに顔をのぞき込むアイに、ラゼルは手をひらひらと振った。何者かの声が頭の中で響いた気がするが、


「どうしたんだい?」


「先生。……って魔法らしいんですけど」


 ラゼルから特殊神聖魔法の名称を聞くと、ビハールは自らの顎に手をやった。


「ふーむ。本家アイリーンと名称は同じようだね」


「効能は?」


「対象を特殊な魔力障壁で護る。その効果は、病気属性や毒属性の無効化だ」


「ふうん」


 それだけ聞くと、アイリーンの性質を反映してないように思えるが……


「それから……効果時間中対象は


「……お、おう」


 そういや女性の解放がどうのとか、一部では淫乱と言われてる、って話だったな……とラゼルは微妙な表情をした。


「つまり、主目的は避妊か」


「本家アイリーンの特性を考えると妥当な魔法だと思うよ」


 や毒を無効化するというのも、それに付随した効果なのだろう。


「それじゃ、効果もそのままか、試してみないとね……」


「ちょっ、試すって!?」


「私が研究用に飼育しているショウジョウバエで」


「……あ、そう」


「ナニ想像したの?」


「うるさい!」


 ニヤニヤする女魔術師に、アルマは声を荒げた。


「まあ、子作りについては実験に時間がかかるけれど……毒の方は簡単だよ」


 二つの瓶に入ったハエに、それぞれ特殊神聖魔法をかけさせる。それぞれの瓶に毒物を入れてしばらく待つと、効果は明らかだった。


「んー、まあ世間一般には毒・病気属性無効を前面に押し出していけばいいだろ」


 歓楽街では、メインの効能のほうがもてはやされそうだけどな、とラゼルは呟いた。


「あ~、じゃあさぁ、この神さまの行く先を見たいならさ……信仰してみない?」


「うん、そうそう。この子がもっと成長すれば別の特殊神聖魔法も見られるよー」


 アルマの言葉を、キュオが煽った。


「んー、どうしようかなあ」


「別にお布施しろって言ってるわけじゃないのよ。祈るだけならタダじゃない」


「魔術師はめんどくさがりが多いからねえ」


「そういえば、ビハール。頼んでいたモノの進捗はどうだ?」


「ああ、王様へのお手紙かい?それはできてるよ」


「んじゃ、もらうわ」


 アルマがビハールから書状を受け取る。


「あ、それと……」


「なにかな?ラゼル」


「俺がアイちゃんの神官になることってできる?」


「えー、改宗すんの?」


「あたしと違って、ラゼルはシーン様の神官ってわけじゃないから、できるんじゃない?」


「んー、神聖魔法ってぶっちゃけ神の声を聞く事で得られるんでしょ?」


 キュオの言葉に、ラゼルは目の前の少女を指さした。


だぜ」


「目の前にいる場合はどうなんだ?」


 セネカの問いに、ビハールは少し考えてから、答えた。


「神官は他の人を神官にするときは、神聖魔法【レベレイション】を使うよね。つまり」


「んー……今のアイちゃんじゃ無理ってこと?」


 残念そうなラゼルに向かい、ビハールは答えた。


「神聖魔法とは、神の力を神官に分け与える行為だからね……」


 神の力を分け与えるには、神本体が十分に力を持っていなければ、ということだろう。





 魔術師ギルドの外に出ると、日は大きく西に傾いていた。


「あー、もうこんな時間か」


「アイちゃんをシーン神殿に送らないと」


「えー」


「あ、なんかだんだん悪い子になってきた?面白いよね夜更かし」


「耳に煮干し突っ込むわよ」


「なぜ!?」


 アイちゃんが自身の特殊神聖魔法について無邪気に話し、シスターグレイスが顔を引きつらせるという一幕もあったが……


 一行は帰りに衛兵詰所に寄って布教許可の願出を出すと、“静かなる巨兵亭”に帰って行った。



(つづく)

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