第2話 クーダスの小さな女神様(GM:パテットPL)

その1 新たな女神の第一歩

<ここまでのあらすじ>


三人の冒険者と一人の放浪者が出会った小さな女の子は、二の剣の女神アイリーンの分体だった。

彼女が成長すれば、彼女を生み出した神器『神々の扉』を使えるようになるというが……?





<簡易キャラ紹介>


【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。


【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。


【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する放浪者ヴァグランツ


【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。


【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。


【アイ】(神族/女/?歳):遺跡『神々の扉』と共にやって来た小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体らしく……?






「昨日はだいぶ呑んでたみたいだが、二日酔いは大丈夫か?」


 謎の遺跡、もとい神器『神々の扉』から帰還した一行は、カラシン支部長の計らいでちょっと豪華な夕食を奢ってもらった。

 その翌朝、挨拶代わりにカラシンは一行に先の質問をしたのだった。なお現実世界の皆さんは現実世界の法令に以下省略。


「酒は飲んでも呑まれるな、ってね?」


「だいじょーぶよぉ」


 ラゼルは肩をすくめ、アルマは鼻を鳴らした。


「あんな程度で酔うかい。私を潰したかったら樽で持ってきな」キュオは豪語した。


「俺の場合、酒は好んで飲まないからな」涼しい顔で、セネカ。


約一名キュオが物凄い勢いで飲んでて俺の懐を寒からしめたんだが……まあいい。で、お前らこれからどうするんだ?」


「これから……って、今日の予定?」


 軽くすっとぼけたラゼルを、カラシンは冷ややかな目で見た。


「あのちっこい神様見習いの事だよ、もちろん」


「ウチの孤児院に預けたんだよな」


 アルマとラゼルは-経緯は多少違うが-共にシーン神殿の孤児院に養われて育っている。


「ああ、流石にお前らの宴会に混ぜたら教育に悪いから先にシーン神殿に帰らせた。で、純真な子供がいないうちに話しておこう」


 カラシンの態度から深刻なものを感じ取り、さすがのラゼルも姿勢を正す。


「ビハールの話によると、あの子はイグニス……二の剣の神だってな?」


「えー、あいついらんことを」


 口を尖らせるキュオを、支部長は睨みつけた。


「話すに決まっとるわボケ、あいつも殆ど冒険に出ないとは言えウチのギルドの一員だぞ?……で、お前たちは当然知ってると思うが、二の剣の神ってのはそれだけで信者含めて討伐対象になる程の『悪』だ」


 二の剣の神……すなわち蛮族の奉じる神々である。神々の大戦を引き起こした上に蛮族という人族の天敵を生み出し、『強者こそ正義』と説くダルクレム。『欲しいものは力ずくで奪え』と主張するエイリャーク。永遠の命、美しいものを求め、そのために他の命を奪うことに躊躇しないツァイデス。そして完全なる自由を標榜し、『成したいように成せ』と説くラーリス。いずれも人族の倫理観で許される存在ではない。


「一応、向こうじゃル=ロウドっていう人族の神の系列らしいぜ」


 ラゼルの言葉に、カラシンはかぶりを振った。


「俺も、ビハールから聞いたさ。だがこの辺じゃ、ほぼ知られてない神だろう?たぶん証人になるのはビハールだけだ。あいつが庇うためにでたらめ言ってると思われたらそれで終わりさ」


「えー、でもカラシンさんもここに出入りする冒険者達も普通に接してたよ?」と、キュオ。


「ああ、そりゃこの国だからだ。なんせこの国は能力さえあれば出自なんかまるで気にしないからな」


 ※以後、本編で語られるシュヴード王国および王都クーダスの設定は当卓オリジナルであり、公式設定とは大きく異なります。


 辺境中の辺境であるシュヴード王国は蛮族やアンデッドとの戦いの最前線でもある。そのような国家において、単純な世襲によって次代の指導者を決定できるはずもない。

 シュヴード国王の後継者の指名は血縁に拘らず、養子や娘婿という形式を取りつつも代々優秀な者を迎え入れてきた。その優秀な者とは人族であるとは限らず、時には蛮族や幻獣を国王に推戴したことすらあったという。


「つまり、シュヴードはまだいいとしても……他の国、特にヘリオス法王国がヤバい、か」ラゼルが指摘した。


 シュヴード王国から見て北東に位置するヘリオス法王国はティダン神殿が統治する神権国家である。西のファンヴェイレン不滅帝国との間にはティダン神の奇跡によって生み出された神器“輝く壁”が立ちはだかっており、アンデッド軍団のヘリオスの地への侵攻はこれによって阻まれていた。

 ティダン神殿はライフォス神殿ほど杓子定規な厳格さはないものの、やはり穢れや蛮族には厳しい。


「そういうことだ。シュヴード王国から一歩出たら、あの子はどんな目に遭うかわからんぞ。布教するにしても、当面はこの街から出るべきじゃない」


「むー、大都市で大々的に布教したら一気に信者増えるとこだったんだけど、むずかしいかー」


 肩をすくめるキュオに、セネカが言った。


「キュオ。あの神族を匿っている時点で、すでにかなりのリスクだ。布教活動は慎重にやらないと、反社会的活動になりかねない」


「まずは信頼と実績を固めないっと……てことだなァ」


「私らももっとアイちゃんについて知っとかないとね……で、色々知ってそうなビハールさんはどこに?」


「ビハールは魔術師ギルドを常の宿にしてるぞ。それはともかく」


「なに?」


 アルマが首をかしげると、支部長は言った。


「布教活動にも色々と物入りだ。お前ら全部自腹でやる気か?」


「つーっと……なんかアテでも?」


 ラゼルが身を乗り出すと、カラシンは説教をするように言った。


「あのな。ただギルドに依頼の紙が張り出されるのを待ってるんじゃ二流だぞ。自分から仕事の意義を説いて、依頼を出させるって手もあるんだ」


「仕事の意義……か」


 ラゼルの脳裏にあの奇怪な遺跡、もとい神器“神々の扉”が浮かぶ。


「シュヴード王国政府がアイちゃんを保護してくれるかも?ってこと?」


 キュオの言葉にカラシンはうなずく。


「小神を擁しているとなればヘリオス法王国やギギナール王国への牽制になる可能性すらある。それに、例の神器もな……ま、こういう雲の上の事はお前らには関係ないか」


「理解はできるが、危険を承知であの神族を助けるということでいいんだな? 俺はそこを確認しておきたい」


「オレはいいぜ」


「私もさんせーい」


 セネカの問いに即答する二名。なんとも軽い二人を呆れたような顔で見ていたアルマも、渋々言った。


「まあ……このままあの子を放り出すのも寝覚めが悪いしね」




  

 王都クーダスはプリエヴィザド山脈から南東に広がる平野部の北辺に近い緩やかな丘陵地に建っている。中央には丘を整地して作られた五角形の王城があり、王城に寄り添うように“慈愛”地区が存在する。

 それらを包むように“薔薇”地区と“淑女”地区があり、それらをほぼ丸い城壁が守っている。さらに南西に突き出すように“彼岸花”地区が存在し、ここはほとんどが守りの剣の庇護を受けていなかった。

 一行はまず神学者ビハールのいる魔術師ギルドを訪ねた。魔術師ギルドは“薔薇”地区の中でも地下水は豊富ながら水害も多い“紅薔薇”地域に存在する。

 

「やぁ、いらっしゃい……ビハールの連れだって?」


「ひっ」


 開いた扉からぬっ、と現れた魔術師の女性に、アルマは思わず小さな悲鳴を上げてしまった。素顔はわりと整っているのに、虚ろな目の下に隈ができていてなんとも不気味だ。


「ど、どーも」


 ラゼルは努めてにこやかに振る舞った。


「あら……あなた、確か操霊術師の?」


「ですです、ラゼル・トルードです。ビハール先生とは仲良いんですか?」


「うん。ビハールの話はほんと面白いよ……あたしらにとっちゃ新大陸発見って感じ」


「それは僕も一緒なんだけどね」


 ビハールが面白そうに言う。


 そりゃ、別の大陸から来たんなら当然よね、とアルマは呟いた。


「さて、件のかわいらしい女神様候補についてだっけ?」


「うん、えーと何聞くんだったっけ?」


「キュオ、あんたね……」


 こめかみを引きつらせるアルマを、セネカが抑えた。


「あの子の本体が、どういう神か、ということだな」


「僕もそう何度もアイリーンに会ってるわけじゃないんだが、少し話した感じでは……」


 ビハールいわく、アイリーンは人族社会に適応してはいるが、本質的には変わらず蛮族の神だった、という。

 アルマが「“秩序”より“解放”なわけね」と言うと、神学者はかぶりを振った。話はもう少し深刻なのだという。


「『神が特定の国を助けるなんてナンセンス』『どっちかの国が滅んでももう片方でまた人は増える』なんて、人族の神は言い放ったりしないと思うんだ」


 良くも悪くもものすごく自由な神で、そのままの神格はランドールの人々には受け容れられないだろう、とビハールは言った。


「う、うーん」


 ラゼルが唸ると、ビハールはぱたぱたと手を振った。


「まあ待ちなさい。話はまだ続くんだ」


 本来のアイリーンは、ミノタウロスに囚われた一人の少女がその社会に奇跡的に適応し、逆に蛮族達から崇められるようになった事で神格を得た存在だった。ビハールが聞いた話によれば、当時は魔動機文明華やかし頃でミノタウロスは絶滅の危機に瀕しており、現在のミノタウロスとは違い人族の女性をかなり大事に扱っていたという。故に、彼女は基本的には蛮族的なメンタリティを持っている。ではアイちゃんはどうか?

 “神々の扉”に生み出され、外に出た途端に蛮族に襲撃された。そこを人族に救われ、以後は行動を共にしている。


「人族の社会の常識を叩き込めば、そっちのル=ロウドみたいに人族に受け入れられるようになるっていうの?」


「あれか、神の性格は信者の信仰に左右されるって奴?」


 アルマとラゼルの言葉に、ビハールはうなずいた。


「そうだね。結論を言うとアイちゃんは、本体とは全く違う、人族の神として成長する可能性を持っている」


「本体の影響は受けないのか?」


「全くないとは言えない。遠く離れた大陸でも神の力は使えるからね。だが、逆に言えば蛮族の神でも人族の信仰の影響は免れないのさ」


 セネカに向かってビハールが答えた。


「君たちの導きによって彼女の性質は変わっていくだろう」


「わかった。それでだ、ビハール。アンタが専門であることを見込んで本題に入りたい」


 このままむやみに社会にアイの存在を晒すのは危険だ、とセネカは言った。

 アイの安全、ひいては運命共同体である自分たちの安全を確保するためにはシュヴード王国政府の庇護を得るべきであり、そのためには有識者たるビハールの知識と見解を記したものが欲しい、と。


「いわゆる専門家のお墨付きってやつだな」ラゼルがうなずく。


「わかった、王室にも賢者のひとりはいるだろう。僕が今までにまとめた神学論文から役立ちそうなものを纏めておこう」


「助かる」


 ビハールに礼を言うと、セネカは仲間たちに向き直った。


「一先ずアイの様子でも見にシーン神殿へ行くか?」


「うーい」


「わー、私も神様の魔力とか見てみたいな。話を聞いただけで実際にその子は見てないし」


 女魔術師が言うと、アルマが応えた。


「神様と言っても、まだ本当の子供と大して変わらないわよ」


「それならますます興味深いな。そんな弱っちい神様なんて誰も見たことないでしょう?」


「もうちょっと言い方ってもんがない?」


「んじゃまー、時間があったらアイちゃん連れてこよっか」


「是非連れてきてほしいなー」


「ん、まあ近いうちにまた厄介になる」


 ビハールと女魔術師に別れを告げ、一行はシーン神殿へ向かった。





 シーン神殿は、街の南西部の“淑女”地区に存在する。この地区は土地の質が良くないため地代は低く、比較的貧しい住民が多い。そのような地区にあるシーン神殿もやはり、あまり裕福とは言いがたかった。

 

 

「おはようございます、シスターグレイス」


 アルマが声をかけた女性神官は、にっこりと微笑む。


「あら、アルマ、ラゼル、おかえりなさい」


「ただいま、シスター。アイちゃんいる?」


「アイちゃんね。呼んできましょう」


 グレイスが孤児院の中に入っていくと、すぐにアイを連れてきた。


「おでかけ?」


 期待に満ちた表情を向けられ、ラゼルは頬をかいた。


「そういうわけでもないけど……まあどっか行こうか。あ、その前に、魔力は大丈夫?」


「みんながちょっとずつくれる」


「事情は伺っていますから……シーン様にお祈りするついでにアイちゃんにも祈ってあげましょうね、と」グレイスが微笑む。


「汝に幸多からんことを、か」


 セネカが呟いた。

 さすがに神官が複数の神々の加護を同時に得る事はできないが、人々がライフォスに日々の平穏を祈り、ティダンに豊作を祈り、キルヒアに学業成就を祈るのは珍しいことではない。


「あー……確か、その街の住民の一定数を信徒にできれば、そこはその神の信仰の拠点となるんだっけ」


「え、ちょっとまって。じゃ今の状態でもそのうち……」


「あと、ほこらがあればなぁ」


「祠かあ……立地とお金が問題だよね」


「そこは遺跡ギルドを始めとする世間様に噛ませる方がいいだろう」


「……おや、どうしましたアイちゃん?」


 シスターグレイスの方を向いたアイは答えた。


「……つよくなったきがする?」


「お?」


「んんー?」


 アイの様子をしばらく観察し、ラゼルとアルマは顔を見合わせた。


「少し強くなった……かも?」


「分かるものなのか……?」


 半分感心、半分呆れた様子のセネカ。


「そういえば、俺たちの導きが彼女の性質を変えるだろう、とビハールは言っていた。布教やアイの神格に関する方向性を、今、決めるべきだ」


「そーだなー」


 本家アイリーンは格闘士グラップラー神官プリーストの適性があったとビハールは言っていた。戦闘能力的な意味での成長では、どちらかを優先していくといいだろう。


「提案ついでに俺の勝手な願望だが……アイには、人の幸せを願える神になって欲しい」


「ああ、ビハールさんから聞く限り、本体ってあんまり人族に興味無いみたいに聞こえるもんね」


「へぇー、殊勝なこと言うじゃないの」


「俺は親も愛も知らんが、そんな奴でも人生の隙間を埋めてくれるような神なら多少耳を貸してやらんこともないってな」


「神としての方向性はセネカのでいいと思うわ」


「つまり私らの技能の不足を埋めるような成長がいいと。じゃやっぱりグラップラーが主でプリーストが従じゃね、私ら火力足りんし」


 あっけらかんと言ったキュオに、冷たい視線が突き刺さる。


「キュオ……アンタな……」


「耳に煮干し突っ込むわよ」


「んー」


 ラゼルはかがみ込んでアイに問うた。


「アイちゃんはどんな神様になりたい?」


「……みんなとなかよく?」


「……まあ生まれて直後の記憶がアラクルーデルの襲撃だからねえ」


「純粋だな」


「こじいんでおともだちもできた、せんせいもやさしい。……なくしたくない」


「うんうん」


「シーン神殿に預けたのは大正解だったようだねえ」


「その思いを守るには力が必要だ。仲良くしたい思いを聞いてくれない奴は、容赦なく殴るべきか?」


「きかないだけなら、べつに」


「それは大きな、全ての者と仲良くするために必要な事か? 力だけでなく、律し、時には止まり、時に進み考える力も必要ってことだ」


「視野、視座、視点を持てってな……難しいかもしれないが、ゆっくり覚えていけばいい」


「私が説法するとシーン様の教えになるから、ちょっと言いにくいわね、フラットに育ってもらうには」


「そうだな」



(つづく)

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