その4 アイと神々の扉

<ここまでのあらすじ>


『堤防修復工事の警備兼手伝い』に駆り出された三人の冒険者と一人の放浪者は、不思議な遺跡と小さな女の子を発見する。

神学者ビハールによれば、この女の子は二の剣の神アイリーンなのだというが……

ゴリラ尽くしのギミックを突破し、一行は遺跡の奥へ。




<簡易キャラ紹介>


【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。


【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。


【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する放浪者ヴァグランツ


【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。


【ビハール】(タビット/男/18歳):西の大陸から漂流してきた神学者。


【アイ】(神族/女/?歳):遺跡と共にやって来た小さな女の子。実は二の剣の女神アイリーンの分体らしく……?





 

「……なにあれ!」


「ん、どうした?」


 アイが指を指した先。一見すると裸の女のように見える何者かがすたすたと歩いてくる。人間のようにも見えるが、その背は2mは軽く越えているようだ。

 

「歩く石像……?石にしては柔らかそうだけど」


 アルマはラゼルとは別の感想を抱いたらしく、「うわキモッ」と小声で呟いた。


 全裸の女っぽい何かは、一行の姿を認めるとにこやかにしゃべり出す。


「はーい、皆さん試験をパスしましたね?おめでとうございます」


「……ああ、そいつはどうも」


 セネカは礼を言いつつも身構えた。


「ここは神器『神々の扉』、この先は偉大なるライフォス様をはじめとする神々の都へ通じる道となって……ててててて」


「?」


「どうしたのよ一体」


 途端に女はひとりでに崩れ、いくつかのパーツになってしまった。




「って壊れたっ!?」


『ギャー!バラバラ死体!?』


 ぴくぴくと動く女は壊れた機械のようにしゃべり続ける。


「……ダメージを負いました……敵対行動と見做して排除します、排除排除排除」


「オイ待てーっ!?」


『いやいや勝手に自壊しただけじゃん!』


「ちょっとポンコツすぎない!?」


「……ふるいから?」


「言いがかりも甚だしいが……待ってはくれなさそうだ、構えろ」


 セネカはちらりと後ろとアルマとラゼルを見た。


「アレがなんなのか。心当たりは無いか?」


「んー、もしかすると」


「アストレイドって奴じゃない?」


 アストレイドとは神々の戦で使用された神性生物である。その一部は神々の戦の後も生き残っていたが、人族蛮族構わず襲いかかる暴走状態になっていた。魔法文明が勃興するまで人族最大の脅威であった彼らは、既に絶滅したと言われているが……


 壊れかけのアストレイド、すなわちアストレイディオは胴体と右腕、左腕、さらに下半身が独立で動いており、腕と下半身は一行に襲いかからんと動き出していた。


「んー、胴体は動かないか。腕も足もなきゃ当然か」


「胴体、下手に近づくとたぶん【フォース・イクスプロージョン】やってくるわよ。腕はたぶん【ゴッド・フィスト】使える」


『えーと、つまりこっちから向こうに飛び込むとヤバい?』


「まずは下半身を迎え撃つ感じかなぁ」


 オレたちには飛び道具あんまりないからなあ。とラゼルがぼやいた。アルマは【フォース】、ラゼルは【スパーク】があるが、この距離からは届かない。キュオの森羅魔法もあるが、どちらかというと魔力撃の威力源ソースだ。


「まずは支援魔法を使い後衛は3m後退。下半身が突っ込んできたら撃破し、さらに前衛が前に出て両腕を潰す……というところか」


 最終的に胴体は挑発攻撃で俺が釣る、とセネカは言った。移動できない胴体を射程外から投擲で釣れば、胴体は攻撃できなくなるだろう。


「みんながんばれー」


 アイが【フィールド・プロテクション】をかける。


「そっか、神様だもんな」


 神としての力は著しく弱体化しているものの、【フィールド・プロテクション】を使える程度の魔力はあるらしい。


「じゃ、私は【ブレス】ね」


「器用度上昇で頼む」


「オレは例によって【ファイア・ウェポン】だ」


 後衛二人が支援魔法を使うと、キュオは自信満々に言い放った。


『私は射程20mの魔法も撃てるのさ!森羅魔法【フリージングブレス】!!』


 ディノスの精霊体がアストレイディオの下半身に冷気を浴びせかける。


『さらに【リプロデューサー】!!これで盾になる準備はできた、こいやぁ!』 


「俺は混戦になるまで待機だ」


 セネカがナイフを構えなおすと、敵の両腕はずりずり這ってくる。


「軽くホラーだなァ」


 とは言え。現実世界において幽霊やお化けは『実在の有無すらわからないのが反って恐ろしい』存在であるが、ラクシアにおいてのアンデッドは実在は認知されているので『この山には大きな熊が出る』『あの海域には海賊が出没している』的な、現実的脅威である。


「ひい」


「夢に出てきて漏らすなよ」


「漏らさないわよ!」


 思わず悲鳴を漏らしたアイにセネカが言うと、なぜかアルマが噛みついた。


 残りの下半身は猛然と駆け寄り、キュオにお返しとばかりに魔力蹴撃キックを放つ。


『ぐはあ、結構いたい……』


 かなりをもらってしまったらしく、キュオはよろめく。




『セネカ、挑発よろしく!シンボリックロア、【ビッグディフェンダー】!』


「もらおう」


「んで【キャッツアイ】【マッスルベアー】入れて魔力撃!!」


 キュオは下半身に渾身の一撃を叩き込んだ……のは幻だった一ゾロ


「こ、ここで!?」


「なにやってんのよ!【パラライズミスト】入れて【キュア・ハート】!!」


「俺も動こう」


 セネカはダガーで下半身に斬りつけたが、下半身は軽やかに跳躍して回避する。


「すばしっこいな……」


「【インテンス・コントロール】!!」


 ラゼルに強化されたゴーレム8号は下半身を両腕で猛打。


『うー、私の攻撃が当たってたらこれで倒れてたのに』


 両腕はずりずりと接近してくる。下半身はセネカを蹴ろうとするも、回避された。




『次から両腕が【ゴッド・フィスト】撃ってくる……集中攻撃されたら私でももたないよ』


「【パラライズミスト】と【フォース】!」


 アルマが光弾を放つと、下半身は当たり所が良かったのか破壊された。


「……カード一枚無駄になっちゃったわね」


「よし、いまなら【スパーク】やれるぜ!」


 両腕にラゼルが稲妻を放つ。あまり効いた様子は無かったが、続いて8号が右腕を確実に殴りつけた。


『とどめ!ってあれー!?』


 キュオは魔力撃を再び外して一ゾロしまった。


「流石に左腕を素通しさせるわけにはいかないからな」


 セネカは左腕をダガーで斬った。


 アストレイディオの両腕は満を持して【ゴッド・フィスト】を放つ。右腕は8号を狙ったが8号の精神抵抗力が勝り、さらに支援魔法がダメージを軽減する。


 一方、左腕はセネカを撃つも、セネカはニヒルな笑みを浮かべただけだった。……グラスランナーの種族特性によって消滅させられたのだ。




「アルマ、さっきみたくフォースで右腕を狙えるか?」


「やってみるわ」


 アルマが3m前進して【フォース】を放つと、右腕は破壊された。


「おー」


「やるじゃないか」


「ふふん、こんなものよ」


 アルマが得意満面に豊かな胸を張った。


「帰ったら菓子でも作ってやろう。8号、やれるか?」


 8号が左腕を殴りつける。さらにキュオが三度目の正直で左腕を叩き潰した。


『いままでのなんかこういろいろを込めて!』


「よーし」


『……で、あんな転がってるだけの胴体ほっといていいんじゃね?最後の部屋の入り口はあっちだし』


「脅威を放置することは感心しないが」


「射程外から石でも投げつけ続けるかな……と思ったけど、こいつ胴体の防護が硬いなぁ」


「ま、流石に俺の攻撃は通らないだろうさ」


「そんじゃ、パイセンに挑発してもらいながら魔法で削るか」


「魔力足りる?」


 アルマに指摘されてラゼルは頬をかく。確かに、皆だいぶ消耗してきている。


『魔香草使う?』


「のじゅくする?」


 アイがぶっ飛んだ事を言い出し、キュオは思わず吹き出す。


「一触即発どころか戦闘中の敵を横に野宿なんて聞いたこともないな」


「まあ……あいつは移動できない、使えるのは【フォース・イクスプロージョン】だけ……なら眠って魔力を回復して再戦すっか」





 かくして、睡眠休憩を挟むという前代未聞の戦闘は終わった。


「敵を目の前にしてゴーレムを作り直すってのも前代未聞だなァ」


「よし、戦利品も回収したし最後の部屋に進もう」


「最後の部屋だったらいいわね。これ以上なんかあったら嫌よ」


『ほーい』


 一行が次の部屋に足を踏み入れた途端……いきなり上下すら曖昧な空間に放り出された。




「なんだこりゃ」

 

『こりゃまた今まで以上にわけわからんね』


 周囲には無数の魔法陣が浮いており、妖しい光を放っている。


「なにこれぇ」


「ここは、人が来ても良いところなのか……?」


「お、なんかあるぞ」


 部屋の中心?には大きな宝珠オーブが浮かんでいる。


 キュオが近づいてのぞき込むと、宝珠から髭を生やした……トランクス一丁だけを履いた男の映像が浮かび上がった。彼の後ろには巨大な剣が見える。


「お、ついに誰か向こう側から来たか!」


『なんかゆってるけど私には分からん』


「魔法文明語だな……オレには分かるぜ」


「なによあんた」


「俺の名はアーサー・テンハーロ。今は魔剣の魂となった、魔法文明時代の戦士だ!」


「ほう」


「ういっす。オレはラゼル・トルード。アイリーンって神様の分体?の子を連れてここまで来たんだけど」


「おう、アストレイドから話があったと思うが、そっちの分体はいるか?」


「アイちゃん、こっちに」


「アストレイド、勝手にぶっ壊れて襲ってきたんだけど?」


 アルマがクレームを入れると、テンハーロは肩をすくめた。


「……ああ、やっぱりそっちも色々バグってたか。じゃこっちから改めて説明しとくか」


 テンハーロいわく、この神殿は太陽神ティダンが作り上げた神器、『神々の扉』である。

 かつて始祖神ライフォスが一の剣ルミエルに触れて神となり、仲間たちにルミエルを貸与して次々と古代神たちが誕生した。こうして始まった神紀文明であるが、いきなり全世界に神の力が満ちたわけではなかった。

 遠隔地の人々は神の存在すら知らず、当時の神々は顕現していたので世界中を駆けずり回るわけにもいかなかった。


「んでティダン様が作った布教用の神器がこれだ。飛んで行った先で分体を作り出し、分体は人を遺跡に呼ぶ。そしてその人族の知恵を試し、猿よりはまあマシじゃね?と思えた奴を選んで神々の都へ招待し、それぞれの地の指導者として鍛えるという寸法だ」


「それでああいう仕掛けか……でもこの子、二の剣の神らしいんだけど、それはいいの?」


「ああそれが……つい最近、当時いなかった神がコレを見つけて、間違って作動させちまったのさ」


『……つまり向こうのアイリーンのせいか』


「まあそうなるな……で、こっちの大陸にいる冒険者パーティ……と言ってももう全員が国家の要職についてる英雄クラスの連中なんだが、が尻ぬぐいに俺をここに置いてったんだ」


「もしいつか誰かここに来たら、説明しといてッてな。……意外と早く来たな、俺はてっきり数百年程留守番するのかと思ってたぜ」


 テンハーロは感慨深げに言った。


「んで、この遺跡って後始末とかなんかする必要ある?」


「この神器は神にしか扱えん。お前たちもそこの分体……まさかこんなちっこくなってるとは俺も思わなかったが、そいつがいないと入る事も出来なかったろ?」


「そーいや確かに」


「だからここが悪用される事はまずない、他に神が顕現でもしてりゃ別だがそんな事めったにないしな!」


「変な小神が顕現してないといいけど」


「んで、その、この子だけど」


「ああ、その子なんだが……変な信仰で変な神にならないよう、気を付けておいてくれんか?」


「あー……やっぱそうなるか。小神の神格は信者の信仰の影響を受けやすいからなァ」


 ラゼルが頬をかく。


「じゃあ何か報酬頂戴よ、そういうものでしょ人にモノを頼むなら」


「報酬……になるかわからんが」


 テンハーロはアルマに向かって言った。


「本来ならお前達は神々の都……正確にはそれがあった遺跡へ移動できるはずなんだが、どうも分体の力が足りないらしい。ここを正しく使いたいなら信者を増やすんだな」


『……え、ちょっとまって?つまりここが普通に動作すると……レーゼルドーンに行ける?』


 これすっごい発見じゃね?とキュオははしゃいだ。


「そりゃいいけど……戻ることはできるの?」


「神の力があれば送り帰すこともできるぞ。こっちのアイリーンは今ここにいないから現状は一方通行だが……そっちの分体が自由に行き来できる程の力を持てばな。お前達の寿命が尽きる前にその分体がいっぱしの神になる可能性はあんまりないが、がんばれよ!」


「まあ、面倒見るぐらいはするさ。神々の都って今どうなってんの?」


 ラゼルが質問すると、テンハーロは肩をすくめた。


「見事に更地だな。蛮族に徹底的に破壊されたと俺達の時代にも伝わってたぜ」


「近くに大都市でもあればいいんだけどなあ」


「周りはどうも蛮族領らしいんだが……なんせ俺の現代知識は乏しくてな、すまん」


「わかったぜ」


「ま、こんなとこだ。そっちの分体の面倒を見る気なら、時々来てくれ。俺も暇だしな」


「りょーかい」


 すると、宝珠が映し出していたテンハーロがふっと消える。


『あ、お話はおしまいか。……ええと、帰り道わかる?』


「こっちー」


 アイに導かれる形で、遺跡、もとい神器の外に出る。





「それにしても責任重大だな」


「まあ、なるたけ他の神殿の怒りを買わないようなソフトな信仰にしないとなー」


『まるまる二日遺跡に潜ってたことになるね……まだ馬車やってるかな?』


「工事は続いてるんじゃない?……あ、ビハール先生」


「やあ、良いタイミングだったようだね。ここも定期巡回してたんだよ」


 タビットの神学者が手を振っていた。


「なんだ、結局来たのか」


「どうだったかな?」


「色々あったけど……まあ」


『まさか一日がかりで戦闘するとは思わなかった』


「かくかくしかじか……って感じで。神がいないと使えない神器だそうです」


「……え、すると、つまり、なにか?」


 ラゼルの説明に、ビハールは興奮を隠せない様子だった。


「レーゼルドーン大陸に渡れる可能性が出て来たって事じゃないのか!」


『いつになるかわからんけどねー』


「いやこれはできる限り早く、神器を扱えるようになってほしいなあ……僕の為にも」


『あ、早速神様を悪用するひとはっけーん』


 キュオはニヤニヤ笑って言った。


「僕としてはわりと切実な願いなんだよ?」


「ともあれ、ひとまず依頼は達成だ。帰ろうぜ」


「ああ」


「お風呂入りたいわ」


 小神の面倒を見るという重大な使命を負わされつつも、一行は帰途についた。




(第2話につづく)

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