その2 アイとの遭遇
<ここまでのあらすじ>
たまたま居合わせたがために『堤防修復工事の警備兼手伝い』に駆り出された三人の冒険者と一人の放浪者。
彼らは、まるでどこからか放り投げられたかのような不思議な遺跡を発見する。
すると、小さな女の子がアラクルーデルの群れに襲撃されているのを発見、彼女を救うためアラクルーデルを撃破した。
<簡易キャラ紹介>
【アルマ】(人間/女/16歳):シーン神官。見た目に似合わずズケズケとした物言いをする。
【キュオ】(リカント/女/18歳):ドルイドの魔法戦士。余計な事をしゃべっては耳に煮干しを突っ込まれそうになる。
【セネカ】(グラスランナー/男/26歳):軽戦士。何よりも自由を愛する
【ラゼル】(ナイトメア/男/18歳):陽気でお気楽な操霊術士。妹分のアルマには弱い。
「さてお嬢ちゃん、だいじょうぶ、か……?」
襲われていた女の子に声を掛けようとしたラゼルは固まった。女の子の服はあまりにもダブダブで、非常に危うい有様だった。
孤児院時代、年下の子の着替えを手伝ったことはあるが、今の自分の年齢では見てはマズいだろう。
「……ちょっとぉー?色々見えてるんだけどォ?」
アルマが割り込むようにしてラゼルを睨みつける。その頭越しに、女の子が頷いているように見えた。
「荷物の中に布の一枚か二枚、あるだろう」
最初に投げたナイフを拾い上げながら、セネカが言った。
『明らかに大人向けの服を無理やり着てるねこれ……それにしても、大人向けとしても布面積狭くね?』
キュオは女の子の服を観察したあと、再び口を開いた。
『ところで肝心な事聞いてないな……お嬢ちゃん、お名前は?』
「……あい……?」
『アイちゃんだって』
「……ん?」
ラゼルはそのやり取りに違和感を覚えた。
「アルマ、魔動機文明語しゃべれたよな?」
「喋れるわよ」
「魔動機文明語で聞いてみてくれ。オレは汎用蛮族語と魔法文明語でも聞いてみる」
『あ、ラゼル気付いた?そう、私リカント語で話しかけたんだよ。……この子、さっきから皆の言葉全てに正しく反応してる。この年でいったい幾つの言語を知ってるの?』
「……マジで?」
「記憶を無くしたか? ラゼル、この手の事には詳しくないか?」
セネカに問いかけられ、ラゼルは改めて少女の顔を見つめた。
少なくとも自分達の知ってる言語全てをこの子は理解しているらしい。ただこの子自身の語彙力が低いので、会話が少々難儀だが。
そして……この子の話すとき、口の形と発音が合ってない気がした。
「そっちのほうはひとまず任せるが、少なくとも俺は野営の準備を始めた方がいいと思うんだがいいか?」
『セネカの案に賛成。というか、ここで私らだけでやるこたないよ。他の冒険者や作業員も野営してるだろうし』
「とりあえず、何か着せよう」
「布ならこれでどうだ」
「パイセン、さんきゅ」
ラゼルはひとまず、セネカに渡された布を女の子に羽織らせた。
「でもねー、この娘、あんまり人目につかせるとよくない気がするのよね。なんとなくだけど」
『じゃーいっその事、この娘を連れてこっそりギルドに戻る?』
「馬車に乗らなきゃ一日歩いて帰る羽目になるわよ」
アルマの指摘に『そうだった』……という顔をするキュオ。
「ラゼル、50m一帯の地形把握と安全確認をゴーレムにやらせておいてくれ」
「らじゃ」
ラゼルの指示を受け、ゴーレム8号はとことこと歩き始める。
「あー、あと、例の遺跡……」
「どうした?ラゼル」
「いや、どんなものか把握しておこうと思ってさ」
小川を渡ったラゼルは、遺跡の入り口を見つめた。とても古い遺跡だろうということはわかるが……
「よくわからない文字やレリーフが刻まれているな」
隣に立ったセネカが言った。
「しかし、その割には摩耗していない」
「んー」
ラゼルの見る限り、文字は魔動機文明語でも魔法文明語でもなさそうだ。
「こりゃ、ひょっとして神紀文明語?」
「おーい、少々独断行動が過ぎるんでないかな?」
ラゼルとセネカが振り向くと、ウサギのような人族、タビットが立っていた。
「お?」
「おや、ゴーレムか。そちらの一行にはコンジャラーがいるんだね」
タビットに声を掛けられたゴーレム8号は器用に親指を立てて見せた。どうやら、今のところ蛮族が再び襲撃に来る様子はないようだ。
「現場責任者から定時報告が遅れてるってことで心配されたんで見に来たよ」
「あー、そりゃサーセン」
タビットは神学者のビハールと名乗った。
「なるほど、でっかいアタリを引いたんだね。そりゃ遅れるのも無理は無いね。是非僕にも見せてほしいもんだ、よっこらせ」
ビハールもラゼルたちのところまで登ってくる。
「タビットってことは神紀文明語読めるんじゃない?」
アルマの言葉をビハールは肯定する。
「ああ読めるね、そしてご明察、これは神紀文明語だ。いや凄いのを見つけたねー……ところでそこの子は?」
「言葉は理解できるが伝達はおぼついていない、種族不明の少女だ。記憶が飛んでる節もある。そこの祠と関係があるかもしれないが、蛮族の斥候に襲われかけている所を救助した」
「つまり謎の迷子と。……ふーむ、ここいらは蛮族領が近い、逃亡奴隷とも考えられなくもないが……」
ビハールは遺跡に刻まれた字を指さした。
「これ、わかるかな?」
「……$(%3&’」※文字化けではなく、奇妙な発音をしたという表現です。
女の子の奇妙な発音に、一同は騒然となった。
「ちょっと、今のもしかして神紀の発音?」
「おそらく……おそらくだが、この子は神紀文明語が読める、発音できる!」
「一般に神紀文明語の発音は、理解されていないのが通説じゃなかったか?」セネカは眉をひそめた。
「そう、僕も文字を適当な現代語に置き換えて便宜的に読んでいるだけだ。神紀文明語は読み方が伝わっていない、そのはずだ」
興奮気味にビハールは言った。
「それを読めるとなると、この子の種族も見当がつくね……ちょっと信じがたいが、この子は……神族だ」
「それこそ生き神様かその眷属でもない限り、喋るのは無理と学会とやらでご高説してたのは学者様の方だろう」
「まあ、浮世離れしてるのは確かだなー」
あの服も込みで。とラゼルは呟いた。
「ま……驚きにせよ、推察にせよ、情報を咀嚼するのに腰を落ち着かせた方がいい」
『そうだね、流石に時間も遅い。暗くなってから野営の準備はしんどいよ?興味は尽きないが続きは明日にしよう』
日も西に大きく傾き、辺りは暗くなりかけている。
「そーすっか」
「そうね。あ、現場監督には伝えといて」
アルマがビハールに手を振ると、セネカが口を挟んだ。
「ああ、弔いだけはやっといてくれ。工事が終わったとしても、後で化けて出てこられるのは厄介だ」
『ここは蛮族領の近く、狼煙を上げるわけにはいかんからねえ』保存食をモソモソ食べながら、キュオ。
きちんと弔われなかった死体はアンデッドになる可能性が高い。元々穢れの強い蛮族であればなおさら。
意外にも、蛮族が同胞の死体を弔う……少なくとも、放置しないのはそれが理由である。自然発生のアンデッドであれば、自分たちにも牙を剥きかねないからだ。
「はいはい。ラゼル、手伝って」
「あいよ」
ラゼルとゴーレム8号で穴を掘り、アラクルーデルの死体を埋めると、アルマが祝詞を唱える。
「月の導きにて遥かな輪廻の旅路を征かん(もにょもにょ)……はいおしまい!」
「随分と手早かったな、アルマ」
「祈りの言葉なんて正直自己満足のレベルでしかないわよ。本質だけ抜き出せば時短できるの」
「まあそうだね、神にとっても祈りの内容はあまり気にしないようだ……力をほんの少し捧げてくれればなんでも良いとかそんな」
「神官様と神学者様が言うのだから尤もだな。俺も祝詞はシンプルがいいと思ってる」
「……ところでその小さな神様らしきのが何かおかしいようだけど」
『んん?』
保存食をモリモリ食べていた少女ーアイは、がばっと隣のキュオにしがみついた。
『ちょ、なに?なんか急に私にくっついて、おおぉ!?』
キュオは目を白黒させている。
「……はあはあ」
『こっちもはあはあだよ!何今の、エナジードレイン?』
「魔力でも吸われたか?」
『マナをごっそり吸われた感じ!』(※ゲーム的に言うとMP10吸われた)
「ふうむ、どうやら神族が現世に顕現するには定期的に他の種族から力を得る必要があるようだ。神への信仰心の代用と言うべきか」
「なーる。そういや、神様に祈ることで信者は少しずつマナを捧げてるって話だな。つーか、この子って神族ってことは小神かなにか?」
ラゼルの疑問に、神学者はうなずいた。
「ああ、この際だから言っておくか。この子が何なのか、少々思い当たることがあるのでね」
ビハールは一同を前に、話し始めた。
「最初に僕の事から語るか。僕はこの国の出身ではない。いや、この地方どころか、この大陸の出身ですら無いんだ」
「あ~、なんか小耳に挟んだことがあるような。海の向こう…西の大陸だっけ?」
アルマが右手の人差し指を自らの口に当てた。
「別の大陸?」
ラゼルが首をかしげる。
「僕の故郷はこの地方が属するアルフレイム大陸の遥か西、レーゼルドーン大陸だ。そこには少々変わった神様がいてね、その神の名はアイリーンと言う」
ビハールは一旦言葉を切り、ためらいながらも続けた。
「……イグニスの神だ」
『……え、じゃあやっぱりさっき蛮族の仲間なの?』
「名前の音が重複してるな。その少女がイグニスの神で、名をアイリーンであると仮説を立てていいのか?」
「二の剣の神かよ……」
嫌悪感を露骨に表明してしまったことに気付き、ラゼルは頭をかいた。人族の神々、すなわち一の剣ルミエルと三の剣カルディアに導かれた神々はほぼすべてが善神である(ただし、ビハールによれば例外はあるとのことだが)。
一方で、二の剣イグニスの神々……ダルクレムを筆頭とする蛮族の神々は、邪神、少なくとも人族の価値観には基本的に相容れない神々だ。
「否定しているようにもみえるが?」
首を横にぶんぶんぶんと振りまくっているアイを眺めながら、セネカが言った。
「普通、神は人族……その中でも主要種族である人間の価値観で美形をしていることが多いんだが」
まあ、僕には人間の美形はよくわからんがね、と神学者は付け加えた。
「そのアイリーンという神は、もっと豊満に成熟した女性の姿をしていたよ」
「あ~……このだぶだぶな服ってつまり、本来の姿用と」
アルマが合点がいったという顔をした。
「……にしては痴女すぎない?」
「……」
ラゼルは頭の中でアイの成熟した姿を想像し、すぐに打ち消した。アルマにばれると後が怖い。
「それで、そのアイリーンとやらの信仰……というか司るものはなんだ?」
「レーゼルドーンにはイグニス系でも人族の信仰を集めているル=ロウドという大神がいてね、アイリーンはその眷属だよ。司るものは自由、特に女性の自由と解放。……人間はこれだけで淫乱だとか言うんだが、僕からしたらそうでもないんだけどねえ」
「たぶん……解放の方向性がヤバいんだと思う」
「小さな女の子になってしまっているのは、この大陸に信者がまったくいないから、かもしれないね。たぶん、さっきの魔力吸収をしなければ消滅してたんじゃないかな」
「そりゃ大変だ」
「それも含めて、今後の方向性を決めておきたい」
セネカは、タビットの神学者に向かって言った。
「ビハール。祠とアイの件も一報入れるべきと考えるか?」
「入れるべきだと思うね。僕が見たところ、少なくともシュヴード王国の人々は蛮族の神と関係しているというだけで迫害する人は少ない、と思う」
「だといいが」
「僕の故郷でも蛮族と人族は激しくやりあっていた。その最前線の国を見て来たからわかるんだ。最前線で戦う人達は意外と敵を冷静に見ている。寧ろ迫害が激しいのは戦争を知らない後方の人達だよ」
「その辺、まあ、使えるモノはなんでも使うのが
ラゼルは天を仰いだ。アンデッドと蛮族に挟まれた最前線の小国においては、そうしなければ国が保てないのである。
(つづく)
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