第49話 寝返ったんじゃない。表返ったんだよ。
「まず、灰咲。あなたはこの星の現状をどこまで正確に把握できているかしら?」
「どこまでって言われても……異世界の地球侵略が過去にもあったことと、侵略を食い止めるために地球人が生み出したシステムがステータスとダンジョンってことと、どうにか浸蝕を食い止めた後はダンジョンを封印したってことと――」
「す、ストップストップ! 私の口から説明することなくなっちゃうじゃない! できれば最初から説明してほしいってなんだったのよ!」
「細かいなぁ……腕が増えるぞ」
「増えないわよ! せめてしわにしなさいよ! ……しわも増えないわよ!」
アイはぷいぷいと怒ると、そのあと「あーもう!」とわめきながら頭をわしゃわしゃとかいた。ストレスかもしれない。抜け毛が心配だ。
「いいわ、もう。時代背景は知ってるものとして考えていいのね?」
「それはどうかな?」
「なんで挑発的なのよ。知ってるものとして扱うからね。で、
アイは言葉を一度区切ると、一つ呼吸を整えた。
それから短く息を吐き、開いた両目でこちらを見つめた。
「異世界種族、なのよ」
俺は思わず口に手を当てた。
「困惑しているようね。無理もないわ」
ああ、そうだな。
俺は困惑している。
間違いなく、この上なく。
「な、なんだってー」
「困惑してるやつの反応じゃない‼」
「いや、困惑はした。主に、どうリアクションすればいいかについて」
いや、だって予想付くでしょ。
これまで生きてきて
現代のダンジョン化が始まってからというもの、スライムや大蛇なんかを見てきた。
今更「実は地球外生命体なの……!」なんて言われても、「まあそうだろうね」くらいが俺の正直な感想。
むしろシリアスな感じで切り出された分、どう切り返せばいいかがわからず普通に困る。
「ぐ……、アリストテレスはもっと面白いリアクションしてくれたのに……!」
「え⁉ アリストテレス⁉ あの”万学の祖”と名高い偉人のアリストテレス⁉」
「なんでそっちは食いつきがいいのよ!」
いやー、アリストテレスの格言に、ひとつめちゃくちゃ心に刺さった言葉があるんだよね。
『友人がいなければ、誰も生きることを選ばないだろう。たとえ、他のあらゆるものが手に入っても』
……まあ、この言葉が半ばとどめになって「どうして生きてるんだろう」って思い悩んだこともあったんだけど――
「灰咲?」
「ん? いや、アリストテレスと顔見知りってなったら少なくとも2000年以上生きてることに――」
「うるさい! だまれだまれー!」
――その言葉の意味をきちんと理解できたのは、多分最近のことだ。
「ん? ちょっと待て。それはおかしい」
ふと、気づいた。
彼女の証言には破綻が存在する。
ルナが言っていた「かつての侵略」がいつの時期なのかは定かではない。
だが、地球規模の危機だ。
歴史に残っていないのは不自然ではないだろうか。
徹底して歴史を隠ぺいした?
無理だ。
記録をもみ消すことはできるかもしれないが、人の口に戸は立てられない。
神話の類似性は知っているだろうか。
簡単に言うと、遠い異国で似通った神話が見つかるという話だ。
例えば、黄泉返り。
日本ではイザナギが妻を返してくれと黄泉の国に降り、決して振り返ってはいけないといわれたのに最後の最後で振り返ってしまい永遠に別れる神話がある。
そして、ギリシャ神話にも同様の話が存在する。
オルフェウスとエウリディーチェの話だ。
他にも、コノハナサクヤとイワナガヒメのように、寿命がどうして存在するかについての神話も世界各地でみられる。
この共通項こそ、神話が真実であった可能性をほのめかす根拠となっている。
あまりに大きすぎる歴史はもみ消せない。
おそらくルナのいう時代は、ギリシャ神話でいうところの「黄金時代」や「白銀時代」のような人類が今よりすぐれていたころの話のはずだ。
だから、おかしいんだ。
「
地球と異世界がリンクしたのははるか昔。
それから現代にいたるまで、異世界の種族はダンジョンの持つ防衛機能によってダンジョンに封印されていなければおかしいんだ。
「そうね。これでようやく、話の本題に入れるわ」
アイは、満足げにうなずいた。
「私は
より正確に表すなら、と前置きし、アイは続ける。
「異世界を捨てて地球側についた唯一の種族。そんなところかしらね」
ルナでさえ知らない、地球側がファンタジー世界に反撃ののろしを上げる前の時代の神話を。
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