第50話 禁断の果実

 おかしいとは思わなかったのか?


 脳裏にそんな声が響く。


 ルナは言っていた。


『本来人類は魔物と戦うには脆弱すぎるんだよ。異世界では対抗するために「スキル」があるんだけど、これだって地球人が扱うには過ぎた力なんだ』


 つまり、当時の人類にとってもファンタジー生物は驚異だったわけだ。

 当然そこには疑問が残る。


 すなわち、

 人類はどのように抗うすべを手に入れた。

 という疑問だ。


 歴史を大きく進める天才がいた?

 ありえなくはない。

 人類には時折、時代の針を大きく進める天才が表れる。


 だが、もっとシンプルで、わかりやすい話がある。


「まさか、コード:覚醒アウェイクンの技術を提供したのは……」

「あら? そこまで知ってたの。後の世には『原罪』という形でしか伝わっていないものだと思っていたけれど」

「……ああ、そうか。だから追放されたのは2人なのか」

「そういうこと。ま、私の名前が歪んで伝わったように、彼らの名前も違うけれどね」


 ルナは言っていた。

 被験体には3人が選ばれたけど、適合者は1人だけ。残りは覚醒の間から戻ってこれなかったと。


 だとするならば、もともとはコード:覚醒アウェイクンという罪と、犠牲になった2名を風化させないために作られた話ではないだろうか。

 根拠は……覚醒者となった側ではなく、覚醒者になれなかった側の物語として描かれている点だけだけれど。


 この神話を語り継いだのは、誰だったのだろう。

 もしかすると、戻らなかった2人の親族だったのかもしれない。

 あるいは生きて戻ってきてしまった1人だろうか。


「……待て。じゃあ、アダムとイヴをそそのかした蛇、あるいは悪魔ってのは――」

「ちょうどその話をしようと思ってたところよ」


 人類からすれば、精霊エレメンタルは危機から救ってくれた恩人に当たるはずだ。

 それなのにどうして今日、彼女らを悪者として扱うのだろう。


 異世界を裏切り、地球側についたから?

 なんだろう。

 しっくりこない。

 違和感が残り続けている。


「前提として、異世界との接触は私たちにとっても想定外の出来事だったのよ。だけどね、同時に好機でもあったわ」

「好機?」

「資源枯渇問題、土地問題。ちょうど現代の地球と同じような問題と直面していたのよ、私たちもね」


 なるほど。

 当時から技術革命が起こっていたならば、異世界側にそのような問題が起きていてもおかしくはない。


「私たちの世界では知的生命体って結構いたから、種族間会議が行われたのよ」

「偶然つながった地球という未開拓の土地と資源。それをどう扱うか、か?」

「そう。誰もかれもが口をそろえてこう言ったわ。『地球は侵略すべきだ』とね。当り前よね。あなただって、スライムの命を守るより、自分を強くすることを優先するでしょう?」

「……痛いところを突くなぁ」


 肉親と他人。

 どちらかしか助けられないなら肉親を助けようとするでしょ?

 そういう話だろう。


「でも、ある種族だけは『外来種である私たちが在来種を淘汰してはいけない』と主張した。言うまでもないわよね」

精霊エレメンタル


 アイはうなずいた。


 防衛に成功した後、コード:拡張エクステンドシリーズを封印したのも本来の環境を保つため、か。


「ま、全体でみれば地球侵略に対して賛成多数。戦闘力でも個体数でも他種族連合には敵わない。だから、他の種族は決めたのよ。

 障害となる前に、精霊エレメンタルをうち滅ぼしてしまおう、とね」

「待て待て。話が噛み合わないぞ。戦闘力でも数でも劣るなら、他の種族は何を恐れたんだ」

「それは明白かと思うけど?」


 明白?

 ここまでに明らかになっている情報なのか?

 精霊エレメンタルの得意分野なんて知らない……いや、一つ、予想がつくか。


「人類側への、技術漏洩、か」

「正解。当時はスキルと言えば精霊エレメンタルと呼ばれるくらい、スキルに対する適性の高い種族だったんだから」


 これまでアイには何度か殴られているがまるでダメージがない。要するに、精霊エレメンタルのステータスそのものは貧弱なのだ。

 だが、他種族会議に参加できるほどに他の種族からもその強さを認められていた。

 それはひとえに、スキルの扱いに秀でていたからなのだとアイは言う。


「種の保存を主張する私たちが、種の在り方を積極的に変えるわけないでしょうに……」

「ん? だけど、実際には」

「そう。実際には人類は手にしてしまった。コード:覚醒アウェイクン――禁断の錠前をね」

「どうして」


 アイの目が、細められた。


精霊エレメンタルの淘汰と地球侵略は同時に行われてさ、地球のあちこちで白兵戦をしてたわ。この時にはもう、地球人を守るためなんて大義はなくて、ただただ自分たちの身を守るので精いっぱいだった」


 つらい、戦いだったよ。

 アイが絞り出した言葉には、はかり知れない重みがあった。


「そして、精霊エレメンタルは、一枚岩じゃない」


 アイの目は、ついに閉じられてしまった。


「ある日、一匹の精霊エレメンタルが言ったわ。『このまま滅びる日を待つくらいなら、他種族連合に下るべきだと』ね。同意見の精霊エレメンタルも少なくなかった。みんな、去って行った」


 ギリギリのところで保っていた戦線から、人数が削れれば均衡が崩れるのも必然。残されたアイたちは、決断を迫られた。


 すなわち、

 ――地球人への不干渉を貫いて滅びるか、共同戦線を張って活路を見出すか。


「……生き延びるために、私たちは当初の指針を曲げた」


 当初の指針とは、在来種である人類に干渉すべきではないという意見だ。


「そして、人類を戦力として育てるためにコード:覚醒アウェイクンを作成した。でも、これが人類には早すぎる技術ってのは当時からわかっていたわ。だから、コード:拡張エクステンドシリーズの開発にとりかかった」

「……ん? だけどルナは、コード:覚醒アウェイクンの臨床実験に失敗したからコード:拡張エクステンドシリーズが生まれたって言ってたぞ」

「隠したのよ。裏切者の存在を、ね」

「他種族連合に戻って行った精霊エレメンタルのことか?」

「ええ。そして、彼女たちは今、自らをこう名乗っているわ。――妖精フェアリーとね」


 ……ああ、合点がいった。

 最初にアイを妖精フェアリーと読んだとき、道理で渋い反応をするわけだ。


 彼女にとってそれは、裏切者を示す侮蔑用語だったわけなのだから。


「じゃあ、楽園追放に出てくる蛇の正体は」

「そう。人体に悪影響があると知ったうえで精霊エレメンタルの振りをして人類にコード:覚醒アウェイクンを引き渡し、仲たがいを引き起こそうとした妖精フェアリーよ。

 とはいえ、長い戦いの果てに地球側は防衛に成功し、精霊エレメンタルは異世界から世界ごと切り離され、安寧を手に入れたはずだったのよ」

「……なるほど。話が見えてきた」


 そもそも、この話の始まりはどこからだったか。

 アイの頼みとは何だったか。

 かつて地球侵略を企てた他種族連合。彼らの敗因はなんだったか。


 俺が侵略する側だったら、最初にすることは決まっている。


「だから『魔物に連れ去られた私たちの仲間を助けてほしい』なのか」


 精霊エレメンタルと人類の接触を、封じる。

 相手はそれを実践しているわけだ。

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