第28話 女三人寄れば姦しい

 女三人寄ればかしましいという言葉がある。


 女性は一人いるだけでもその場が華やかになるのだから、三人いればなおさらだという言葉である。

 嘘である。


『ちょ、ちょっと!? カズマに彼女がいるなんて聞いてないんだけど!?』

「えー!? 灰咲くん、いつの間にこんなに可愛い彼女さん作ったの!? それも二人も!?』

『マスター! 私を放置しちゃやー!!』


 ……どうしてこうなった。



 ナターシャとの交渉を終えた翌日、俺たちはダンジョンに立ち寄っていた。のだけど、俺は少しばかり一人行動していた。


 ナターシャはダンジョンの外壁を調べると言って少し別行動。ルナは背中の翼が目立つからという理由で覚醒の間に隠れてもらっておくことにした。


 覚醒の間から帰ってくるときの場所について試したんだけど、コード:覚醒アウェイクンを起点に転移時と相対座標を保った地点に帰ってくることが分かった。


 ナターシャについて、俺がダンジョンに潜ってから出てきてもらえば、彼女の容姿を大衆に晒すことなくダンジョン内で合流できるって寸法だ。


 ここまでは完ぺきだった。

 桃井さんと鉢合わせるまでは。


「冒険者ギルドだよ!」


 冒険者ギルドだよ!

 じゃないんだよ。


「あの、桃井、さん?」

「なあに?」

「今日は、何時からここに?」

「えっとねー、4時くらい! お客さんはまだ一人も来てないけど」


 でしょうね!


「あの、すごく言いづらいんですけど、多分ダンジョンに潜ろうとする人はあらかじめ装備を整えてからくると思いますよ?」

「え?」


 え?

 じゃないんです。


「ほら、遠足だって、お弁当や水筒、ビニールシートを用意してから向かうでしょう?」

「そ、その発想は無かった!!」

「どうして……」


 気づいてしまった。


(どうして桃井さんみたいに華がある人があの職場にいるのか疑問だったけど、わかった。この人頭までお花畑なんだ)


 今だって悲壮に打ちひしがれるのではなく「たははー」と笑っている。あらかわいい。


(うーん、あの職場で助けてもらった恩もあるし、助けになりたいってのはあるんだよな)


 課長にぼろくそ言われたとき、割って入ってくれたことがどれだけ嬉しかったか。そのお返しをしたい。


(ルナがこっちに戻ってくるまで、よし。もう少し時間があるな。それまでにちょっと話をしようか)


「やるんだったら、ダンジョンに潜ろうとしている人たち同士の互助会なんてどうです?」

「ごじょかい?」

「はい。例えば、ダンジョン内に仕掛けられたトラップに困っている人がいるとします」

「え、ダンジョンにトラップなんてあるの!?」


 おっと、この情報は誰も知りえない情報だったか。

 危ない危ない。


「例えばの話です。で、それから、罠の対処はできるけどモンスターへの決定打が足りない人もいるとします」

「あ、わかった! その二人が手を組めば最強ってことだね!」

「そういうことです!」


 ぱちぱちと拍手すると、桃井さんはにへらと顔をほころばせた。何だこの小動物抱きしめたい。

 が、ここは我慢しよう。

 頭も撫でたいけど、人によっては髪が乱れて不快らしいしそれも我慢しておこう。


 人生って不自由やな。

 この世の心理にたどり着いてしまった。


『カズマ―、簡易な調査が終わったから次はダンジョン内に行く、よ……』


 俺が悟りの境地に立っていると、背後からナターシャの声がした。振り返ると、石みたいにぴたりと硬化して動く気配のない彼女がいる。


『カズマ!? その女の人だれ!? 私知らないんだけど!?』

「はわわっ!? あの人カズマって連呼してるよ!? 灰咲くんの知り合い!? も、もしかして彼女さん!?」

「待って、ちょっといろいろ待って」


 おい待てナターシャ。

 お前言語を理解できなくても何話してるかわかるのが特技って言ってただろ。今のどこに恋人要素があったか言ってみろ。あ?


 そして桃井さん、誤解だ。

 俺とこいつはそんな仲じゃない。

 どっちかっていうと脅迫する側とされる側の関係性。そして俺は脅迫される側。勘違いしないでください。


「えーと。紹介するよ。こちらナターシャさん。IT企業に勤めているんだ」

『は? カズマあんた何言って――』

『お前がスパイだって言えってのか?』

『ナターシャだよー、よろしくー!』

「さっき桃井さんに冒険者同士の互助会を作ったらどうかって言ったでしょ? 彼女にはそのアプリを作ってもらえないかって相談している、いわばビジネス上の取引相手ってところかな」

「本当に?」

「どうしてそこで疑うんですか」


 いつもみたいにゆるくふわふわした感じで「そうなんだ!」って言ってくれたらいいのに。

 ええい、とりあえず後回しだ。


『ナターシャ。彼女は桃井さん。俺の元同僚』

『元同僚!? カズマ並みの身体能力を備えた精鋭部隊の生き残り!?』

『待てお前の中で俺の設定はどうなっている』

『はっ、同じ戦場をともに生きた仲。乗り越えた苦楽は数えきれないほど。二人の間に絆以上の感情が生まれないはずもなく……』

『おーい、戻ってこーい』


 くそ、どいつもこいつも!


「えーと、そういうわけだから。今度桃井さんにも冒険者互助アプリを紹介するよ。その時は良かったら一緒に宣伝してくれると嬉しいな」

「えー、うーん。灰咲くん、まだ何か隠してるよね?」

「いや、見当がつかないっすね」


 心当たりが多すぎて。


『ってことで、ナターシャ。さっさとダンジョンに行くぞ』

『ちょっと待って、結局彼女との関係性は何なのよ』

『だからただの元同僚だって――』


 刹那。

 空間に歪みが走った。

 水あめに棒を刺して救いあげるように、虚空に不整合が生じた。


 あ、やべえ。


『マスター! 一人で待つの飽きたー!!』


 飽きた! じゃねえんだよ!

 なんつータイミングで出てきやがる!!


「えええええ!? 今その子どこから出てきたの!?」

「何言ってるんだ。最初からそこにいただろ」

「いなかったけど!?」


 ……で、だ。


『ちょ、ちょっと!? カズマに彼女がいるなんて聞いてないんだけど!?』

「灰咲くん、いつの間にこんなに可愛い彼女さん作ったの!? それも二人も!?』

『マスター! 私を放置しちゃやー!!』


 カオスか。

 どうしてこうなった。

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