第13話 ダンジョン攻略開始

 今は昔、絵仏師良秀といふありけり。


 どういう奴かというと、燃える家に妻子が取り残されているにもかかわらず「炎の燃え方がわかってラッキー」と抜かすキチガイ絵師だ。


 俺には理解できない。

 だけど、そういう人ってのは、結構いる。


 考えてもみてほしい。

 テレビで、「決定的な犯行現場をとらえた映像がこちら」というシーンを見たことはないだろうか。「いや、犯行現場を撮影する前に犯行を防げよ」って突っ込みたくなったことはないだろうか。


 首を突っ込むのは嫌だけど、何が起きてるのかは目で確かめたい、記録に残したい。そんな野次馬根性を抱えた人ってのは、割といる。


 ――なにあの塔、誰か中見てきてよ。

 ――言い出しっぺの法則って知ってる?

 ――案を出した人がすべての権限を掌握するって規則よね。知ってる知ってる。

 ――違うそうじゃない。


 塔周辺にはすでに人だかりができていた。

 だが、今はまだ誰も中に侵入していないらしい。

 不思議現象に立ち会いに来ました。

 そんな人ばかりが塔を取り囲んでいる。


 ――ちょ、ちょっと何あれ。

 ――何って、塔だろ? お前こそ今さら何言ってんだよ。

 ――違うわよ! そこの入り口のところよ! 今、緑色の影が!

 ――はあ? 何馬鹿なことを――


 群衆の中からそんな会話を拾い、俺もそのギャラリーが指さす先を確認した。幅2メートル四方程度の穴が開いていて、どうやらそこから塔に入れそうだった。


 その穴に、こちらを除く目が二つ。


「ぎゃっぎゃ」


 耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

 蜘蛛の子を散らすように、集まっていた人々が塔周辺から離れていく。


「っ、鑑定――!」


――――――――――――――――――――

ゴブリンLv1

――――――――――――――――――――

【STR】4

【VIT】4

【DEX】5

【AGI】4

【INT】5

【CHA】2

――――――――――――――――――――

小鬼の魔物

1匹1匹の能力は低いが、繁殖力が高い

種族に関係なく子供を産ませることができる

――――――――――――――――――――


 緑色の肌、鉤鼻、とがった耳、鋭い爪牙。

 まさしくそれはゴブリンだった。


(ジュエリースライムよりは強いけど、俺からすれば赤ちゃんみたいなもんだな)


 アイテムボックスを使い、いつものバットを呼び寄せる。


「……っらあ!」


 アスファルトの地面を押し込み、塔への距離を一足で詰める。悠々と入り口から外に出ようとしていたゴブリンは、俺の接近にまだ気づいていない。


 いや、その目は確かに俺を映していた。

 だが反応を示すに至っていない。


「ごぎゃ……っ」


 悲鳴の途中で、ゴブリンは絶命した。

 ジュエリースライムがそうであったように、ゴブリンもまた浄化されるように消滅した。


「ドロップアイテムも無し、経験値も微妙。狩場としては最悪だな……」


 レベル1から2に上げるのでさえ、何十匹も倒さないといけないんじゃないかな。


「つまり、俺のスタートダッシュはしばらく保証されている」


 塔の周りの人たちに鑑定を使い、ステータスを確認する。見たところ全員レベル1。ステータスは高いものでも11程度。


「……」


 正直、俺は高揚していた。

 胸の奥から、ふつふつとした衝動が沸き上がるのを自覚していた。

 だってそうだろ?


(なんの意味もない、人生だった)


 天涯孤独。

 やっとの思いで手にした職は暴言やいじめが横行する環境。病気から立ち直ってみれば資産を奪われていて、でもそれを糾弾する勇気すら俺にはなくて。


(でも、そんな過去とはお別れだ)


 天に向かって、手を伸ばした。

 その先にあるはずの、この塔の屋上をイメージし、手を握る。


「行けるところまで行ってやる」

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