第11話 俺はテロリストどもを制圧する

 柱に刺さった銃創を眺めていた。

 直後、目に映る光景はドラマの撮影でもドッキリ企画でも無い「本物」なのだと気づいた。

 我に返り周囲を見渡す。


 トイレから戻ってきて、広場から離れたところにいる俺だからこそ、わかった。銃口を向けられた人質の一人が、テロリストに向かって歩き出している。


「Не будь глупым!」


 げっ、ロシア語!?

 よく見れば髪色はプラチナブロンドで瞳はきれいなサファイアブルー。肌は日本人の黄色ではなく色素の薄い白系統。

 お人形さんみたいですね!


 まずっ、ロシア語なんてわからん――


――――――――――――――――――――

言語理解Lv10発動

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ロシア語を習得しました

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 そういえば言語理解とか獲得してた!

 異世界転生以外でも活躍の場ってあったんだな!


『私が今日をどれだけ楽しみにしてたかわかる!? ちょっとした騒ぎで済ませる今のうちに馬鹿な真似はやめなさいよ!』

「あ? なんだクソガキ。わけわかんねえことほざいてんじゃねえぞ」


 正義感は見上げたものだけど、武装してる相手にケンカ腰はまずいって!


『ロシア語わかんなくっても態度で意図くらい理解しなさいよ! あんたの目は節穴――』

『待った待った! 落ち着いてって!!』

『何よ! 私、何も間違ったこと言ってな……』


 少女のキリッとした瞳が、俺に向けられた。

 直接のぞき込むと、その目が本当によく澄んでいるのが改めてわかる。


「すみません、彼女は俺が対応するんで、見逃してもらえませんか?」

『ちょ、ちょっと! 私は納得してないんだから!』

『ん? 日本語わかるの?』

『わかんなくっても話の内容くらい予想できるわよ!』


 そうなのか。

 そりゃそうか。

 テロリスト相手に下手に出てりゃ、許しを請う言葉を発してるって予測するよな。


 ふむ?

 なんかうまいこと使えそうな気がするな。


『まず、前提条件のすり合わせをしようか。君はこのテロが何人で行われているか知っているかい?』


 俺は身振り手振りは彼女を説得するようにふるまいながら、口では別のことを話題に出した。

 俺の意図に気づいた彼女は、俺に説得されていますという雰囲気を出しながら回答する。


『……3人』

『そうだね、武装しているのは3人だ。だけど実際には人質の中に仲間が紛れ込んでいるし、後方支援にこのフロアのブレーカーを落とした工作員がいるはずだ』

『どうしてそんなことがわかるの?』

『え? もしかしてわかんないの?』

『わ、わかってるわよ! そんなことくらい!』


 少女はぶすっとした表情で、周りの様子を再確認しているようだった。途中、彼女の顔が止まるのがわかった。その先には、彼女の半分も生きていないだろう子供が、畏怖をもって少女に眼差しを向けていた。


『……わかったわよ』


 ふぅ。

 ひやひやした……。


 とはいえ、どうにか丸め込めたし、あとは警察が重い腰を上げてテロに対処してくれるのを待つのが一番賢いかな。


「おいテメエら! 人質を静かにさせとくっつう簡単な仕事すらできねえのか!」

「ア、アニキ! す、すいやせん! で、でもこいつらが……」

「うるせえ。俺はな、言い訳するやつが大っ嫌いなんだよ!!」

「うぐっぷ」


 もう、今度は何さ。

 仲間割れ? 勝手にやってくれ。


「お? へえ、こいつぁかなりの上玉じゃねえか」

『触らないで!』

「あ? なんだクソガキ、歯向かう気か?」


 まず、やっぱ好き勝手すんのやめろ。

 せっかくなだめたのに台無しじゃねえか!


「ア、アニキ、そいつっす。人の忠告を聞かずに喚いてたやつは、そいつっす!」

「ああ!? だから言い訳は嫌いだって……いや、待てよ? そうかそうか! そいつは災難だったな!」

「へ?」

「この借りは、この嬢ちゃんに返してもらうのが筋ってもんだよな? ああ?」

「へ、へい! アニキの言う通りっす!」


 テロリストが下卑た笑みを浮かべる。

 隣で、少女が俺の腕にしがみつくのがわかった。


『ちょ、ちょっと、傍観してないで助けてよ』

『えー、それ時給いくら出ます?』

『はあ!? お金取るつもり!? ……そ、そうよね。命を張れって言ってるようなもんだし……100万! 100万でどう!?』

『いや俺金に困ってないし』

『なんで聞いたのよ!?』


 俺の背中に身を隠す少女が、ぷるぷると震えるのがわかった。


 俺に彼女みたいな正義感は無い。

 だけど、はっきり言えることがある。

 頼ってくれる相手を見放したら、死ぬほど後悔するってことだ。


「ひゃはは! そうだぁ! 全裸で土下座してもらうってのはどうだぁ!? こいつぁ見物だぜ――」


 その時、不思議なことが起こった。

 時間が粘性を帯びたと言えばいいのだろうか。

 まるで水あめの中で泳いでいるかのように、一挙手一投足に時の流れが巻きついているようだ。


 否、ようだ、ではない。


 事実、時の流れは遅れているのだ。


(ゾーン、発動)


 俺のゾーンのスキルレベルは2。

 最大で20%、外界の時間の流れを遅れさせられる。

 緩やかな時の中で、俺だけが自在に動ける。


「ぶべらっ!?」

「は? ど、どうした!? 何が起こ――」

「ア、アニキ!? くそ、いったい何が起こって……」

「じゃな、おやすみ」


 直線上に走り出し、正面の敵をノックダウンさせる。続けざまに親玉の意識を刈り取り、残った敵の背後に回り込んで気絶させる。


「な、何が――」

「動くな」


 そして最後に、人質側に紛れ込んでいた相手の背後に立ち、手首を掴む。


「や、やだなあ。僕は巻き込まれただけの一般人ですよ?」

「へえ? じゃあ、このナイフは何かな?」

「そ、それは!」


 男のポケットにしまわれていたフォールディングナイフを抜き取り、チャキと刃を伸ばす。


「他にも仲間がいるはずだろ? そいつらに伝えな。部隊は全滅。撤収ってな」


 男はこくこくとうなずいた。

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