第10話 髪を切るとイケメンになるのは現代のテンプレ

 歩く足には泥がつくという言葉がある。


 俺たちが生きている社会は不正や汚職で溢れかえっているので、大人は嫌いなことでもやらなきゃいけない時があるという教訓である。

 嘘である。


「動くな、命が惜しかったらなァ」

「ひぃっ、た、助けて」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 人質は黙ってろ!!」

「ひっ、あ……っ」


 まぶたを閉じて、呼吸を整え、目を開ける。

 首から上を動かしてぐるりとあたりを見渡せば、モール内の電光がすべて落とされていることがわかる。


 どうしてこうなった。


 何かに怯えるモール客が顔を背けた先に答えはある。そこに、サブマシンガンを装備した男たちが銃口をこちらに向けて立っていた。


(現代日本でテロって本気で言ってるの?)



 オシャレな服を買うには髪を整えないといけないのに、美容院にはオシャレな服を着ていないと行きづらい。

 この致命的な欠陥に気づいたのは今朝がたのことだった。


 難しい。実に難しい問題だ。

 どちらを選んでも恥をかく展開は免れない。

 解決策を見つけるのはゴールドバッハ予想を解くより難しいんじゃないだろうか。

 え? ネット通販? いえ、知らない子ですね。


 俺はこの問題についてさんざん悩んだ挙句、まず美容院に向かうことにした。髪型は首から上で判断できるけど、ファッションは頭部によって変化するのではないだろうかという予想からである。


「今日はどのような髪形にしましょうか?」

「どういう髪型が合いそうですかね?」

「お客様の場合顔がシュッとしているので……このページの髪型、もしくはこちらが似合うかなって思います」


 雑誌とか読まないし、顔の形にあう髪型とかも俺は知らない。無い知識で悩むくらいなら専門の人の意見に従った方がいい。

 俺は提示された2種類の内、気に入った方を選んだ。


「それにしてもキレイな髪ですね。特別なお手入れをされてるんですか?」

「いえ、特には」

「ええ? 本当ですか? うらやましいですね!」


 美容師さんの腕が目覚ましい速度で俺の髪を整えていく。よくしゃべりながら手を動かせるよね。

 まさか、全ての美容師さんは並列思考を標準装備しているのか? いや無いか。


「こんな感じでどうでしょう! お客様、モデルさんみたいにカッコいいんで張り切っちゃいました!」


 談笑しているうちに、伸び放題だった俺の髪はきれいさっぱり整えられていた。

 ゴ、ゴッドハンド……!


「もしよければなのですけれど、お写真をうちの店のヘアカタログに使わせていただけないですか?」

「写真? 俺の、ですか?」

「ええぜひ! 料金は無料に致しますので!」


 うーん、ありがたい話ではあるんだけど。


「はは、ちょっとこの服で撮られるのは」

「別日でも構いません! どうかもう一度考え直してくださいませんか?」

「ひ、必死ですね」

「そりゃあ! お客様ぐらいカッコいい方、本業のモデルさんでもなかなかいらっしゃらないですから!」


 さすが500近い魅力CHAだ。

 美のプロからここまでお墨付きをもらえるとは。


「えっと、服装を整えてもう一度来ます。それでどうですかね?」

「受けてくれるんですか!?」

「はい。あと、おすすめの服屋さんがあれば教えていただきたいです」

「ありがとうございます! おススメの店舗は駅前の――」


 と、いうわけで。

 髪を整え終わった俺は、次に衣服を買いに向かった。


「何かお探しでしょうか?」

「えっと」

「お客様の場合スラっとした体形ですのでこちらの衣服などが似合うと思いますよ」

「あの」

「どうでしょう? 袖を通してみませんか?」

「あ、はい。お願いします」


 ぐいぐい来る。

 いやまあそれくらいの方がちょうどいいか。

 ちょっとしんどい気もするけど、生命力VITも上がってるしどうにでもなるでしょ。精神力は知らない。


 髪同様に衣装にも疎い俺。

 当然判断は店員さんに委ねることにする。

 Iラインとかなんとかいろいろ言ってたけど、ようするに今鏡に映っているこのコーディネートがオシャレらしい。

 俺は俺の美的センスに期待していないけれど、それでも一目見てカッコいいって思える。

 やっぱ常日頃そういう仕事についてる人は一味違うわ。


「じゃあお勧めしてもらったやつ全部お願いします」

「ありがとうございます!」


 数日前の俺なら考えられなかったことだけど、昨日一日で2500万以上稼いだ俺に金銭的不安は皆無。

 着回しが効くのも相まって、大人買いってやつをしてしまった。

 金持ちがケンカしない理由ってのはこういうところにあるんだろうな。


「……で、買い込んだはいいけど、この大荷物をもって歩き回るのは恥ずかしいな」


 いやまあ数日前までオシャレを一切気にしない状態で街中を歩いていたのを考えれば気にするようなことじゃないんだけどね。

 髪も服装もカッコよくなったために周りからめっちゃ見られてるわけよ。

 なんか恥ずかしい。


「あ、そうだ。アイテムボックスがあるんだった」


 トイレに駆け込んで、そこで収納するか。

 おお、虚空のかなたに吸い込まれていったぞ。

 これが三大チートと言われる能力の一つか。


「ふいー、スッキリ」


 で、トイレからモールに戻ってきたところだった。


「ヒャッハー!! このフロアは俺たち紅蓮隊が占拠した!! てめえらには今から身代金の人質になってもらう!!」


 そこに、男がいた。それも複数人。

 防弾チョッキに、サブマシンガン。

 現代日本ではまずお目にかからない組み合わせ。


 なんだなんだ? 見世物か?


「動くな、命が惜しかったらなァ」


 ガガガガガっと、爆裂音がモール内に反響した。

 見れば近くの柱に、弾丸が突き刺さった痕ができている。


 ……え、あれ本物の銃?

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