血と涙
雨参巫奈
第1話
1枚刃のカミソリを前腕にあてがい、力を込めて斬りつける。傷口は広がり、血液がじんわりと溢れだす。脳が怪我を感知しセロトニンを分泌する。一瞬だけこの上ない多幸感に包まれる。痛みなど感じない。
少女はこの時、気が狂ってしまいそうなほど強いうつ状態から逃れるための自傷行為をしていた。
7月、コロナ休みが明け学校が再開した。高校2年生の私は学校再開後3日で、体調に違和感をおぼえた。4日目の2時間目終了後、保健室に行ってみる。もう限界だった。何がどう駄目なのかわからないが、ここにいてはいけないと本能が叫んでいた。
保健室で養護教諭の先生と初めて話す。幸い話しやすくて優しい先生だった。私は元々うつ病があること、宿題や提出物に対して大きなストレスを感じることなど一気に話した。今までずっと我慢してきた。授業もサボらす保健室も利用せず。先生達は私のことを気に留めておく生徒とは認識していなかったためか、驚いていた。
「今までたくさん頑張ったんだね」「全然気が付かなかった。ほんとによく頑張ったよ」
この言葉を聞いて涙が溢れて止まらなかった。
今まで自分は完璧を目指し、完璧になれない自分とのギャップに苦しんできたことも、この時に気づけた。
その日から授業は休みがちになった。すぐに疲れて保健室に逃げた。
しばらくの間は保健室登校していた。それなのに症状は悪化していった。
ずっと通っている精神科でうつ状態との診断書を貰って1ヶ月間休学した。この期間で少し気持ちは休めた。
でも教室復帰は難しかった。50分間、座った姿勢を続けるのが困難だった。
さすがに授業の欠席が多くなると、先生達は授業を受けるように促してきた。私だって授業を受けたい。それを病気は許さないらしい。
暫くすると先生達のはからいで、別室で個別指導が受けられることになった。大変だが、何もしないでただ症状を我慢しているよりかはマシな気がした。
それでも限界があった。学校にすら来れなくなった。朝起こされて朝ご飯を食べさせられて支度させられる。ここで親は出勤。私は玄関まで行く途中で床に倒れ込み、そのまま2時間ほど動けなくなる。もう無理だった。セロトニンもドーパミンもアドレナリンも分泌が少なすぎる。
どうにかしたくてTwitterで情報を集めていると、通信制高校に転校するという選択肢を得た。
やはり親には反対された。せっかく進学校に入ったのに…ここにいれば苦労せず大学に行けるのに…そんなことを言われても、この環境に
合わないことが分かった以上、こんな所には居られない。
私は必死になって通信制高校の情報をかき集め、通っていた全日制高校との比較や転校するメリットデメリット、全日制高校が如何に自分に合わないかどうかを紙に書き出し、まあまあ理性的で論理的思考ができる父親に渡した。
父は私の将来を思って転校するのに賛成してくれた。母は感情論で考えるので少し時間がかかった。
転校が決まったのは10月後半。私は7月からこの間、冒頭のような自傷行為も、自殺未遂もたくさんした。巻いた包帯から血が滲んでいたり、首に跡が付いていたり。転校が許されなければ死ぬつもりだった。
後から分かった話、私は注意欠陥多動性障害がある。そのためか、忘れ物が多い、宿題をやらない、集中力がないその他諸々ある。これを自他ともにただの甘えだと思い込み、怒られたり人格否定をされていた。自責の念はかなり強かった。
前籍校の最後の日、お世話になった先生方に挨拶していたとき、一番力になってくれた学年主任からの一言「転校先では甘えたらだめだよ。2回も転校することはないようにね。」心に突き刺さった。発達障害として周りとの差に苦しんだ挙句に精神疾患を患ったために転校を選ぶことは甘えなのかと、この人は私のことを甘えた奴だと思っていたのかと…。
何はともあれ、11月から転校した。驚くほど快適に学校生活を送れる。無駄な勉強は最低限で、あとはやりたい勉強に専念できる。
くだらない同調圧力や伝統にすがる無駄な風習もない。一人の人間として生徒として人権を得た気がした。
あの時、苦しみながらも出した答えは正解だったと言っていいだろう。たくさんの血と涙を流した。大きな損失もあった。しかし得たもののほうが多い。新しい価値観や考え方、違った進路を歩む人…見える世界は大きく広がった。出会いもあった。
数ヶ月後、すっかり新しい環境に慣れた私は一言「生きててよかった」と。
血と涙 雨参巫奈 @amairi7
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