第24話 辺境の騎士

「よお、デレク。今日はこれからサリューの町に行く日だっけか?」

 午前中の訓練を終え、騎士団の食堂で昼食をとっていると、同僚の騎士に声を掛けられた。

 声を掛けて来た同僚は、そのまま俺の向かいに着席し、食事を始めた。

「ああ、昼食を済ませたら、出発する予定だ」

「魔の森の魔女の魔法薬か……噂以上の効果だったな」

「そうだな……まさか、あれほどまでとはな」

 同僚の言葉に、先日の魔の森での任務を思い出して頷いた。





 俺ことディードリヒ・アッセ・オクタゴンは、パイオン辺境伯騎士団に所属する騎士だ。

 パイオン辺境伯領は、サンパニア帝国の北西の端に位置し、西には魔の森を挟んでセルベッサ王国、北にはケイモーン山脈を挟んでクリュスタッロス聖王国がある。

 そのパイオン辺境伯領の領都、城塞都市ダリに駐在する、パイオン辺境伯領騎士団第三部隊の副隊長が俺の役職だ。


 パイオン辺境伯領は二つの国との国境を有しているが、西の国境は魔物が多く棲む向かい森、北の国境は万年雪を冠する高い山脈があり、隣国からの侵攻は歴史上にほとんどない。

 その代わりと言ってはなんだが、魔の森とケイモーン山脈に住む魔物の危険に晒されている土地だ。

 とくに、魔の森には多くの魔物が生息しており、過去にも何度も魔物が大発生して、人間の生活域まで押し寄せてくる、スタンピードと呼ばれる現象が発生している。

 その為、我々パイオン辺境伯領の任務のほとんどは、魔物から領土を守護する事と、森や山脈に魔物が増えすぎないように、定期的に行われる魔物の討伐である。

 そして俺の所属する第四部隊は、魔の森での魔物の掃討が主な任務だ。


 俺達第三部隊の任務は、魔物の討伐という任務の性質上、冒険者ギルドに所属する冒険者と合同になる事も多い。

 時折、その冒険者達の話題に上がるのが、サリューの町の冒険者ギルドの売店で購入できるというポーションだった。

 魔の森に住む魔女が作ったというそのポーションは、他の者が作った同ランクのポーションより明らかに効果が高かった。


 そのポーションを騎士団でも導入できないかと、サリューの町へと遣わされたのが一月ほど前の話だ。

 偶然にもその魔女と呼ばれる薬師にすぐに出会え、あっさりとポーションの取引の契約を結ぶ事ができた。


 魔の森に暮らす魔女と言うからには、妙齢の女性もしくは高齢の女性という先入観があったのだが、実際に会ったのは自分よりも年下の可愛らしい少女でだった。

 キラキラとした長い銀髪を三つ編みして、質素だが可愛らしいワンピースを着た小柄な少女は、とても魔女という雰囲気ではなく、なんとなくウサギのような小動物を連想させられた。

 しかし彼女は魔法薬の調合の上級の資格を持っており、その日彼女がサリューの冒険者ギルドに持ち込んだポーションを実際に目にして、サリュー出身の冒険者達が噂をしていたポーションだと納得した。

 ポーションの取引は、月に二回ほどサリューの冒険者ギルドで行う事となり、俺が窓口としてサリューの町に赴く事となった。

 それが約一月ほど前の話である。



 そして、初回の納品の後に挑んだ魔の森での魔物の討伐任務で、早速そのポーションの効果を目の当たりにすることとなった。


 俺の所属する第三部隊の魔の森での任務は、魔の森のかなり奥地まで踏み込む任務が多い。

 主な目的は、少数の冒険者では対応できない、上位の魔物の討伐だ。冒険者ギルドでよく使われる魔物のランクで言うと、C級からA級の魔物が俺達の主な相手となる。


 森の入口付近の下から中級の魔物は、冒険者ギルドに所属する者達が、その糧として倒す事が多い。

 魔の森の魔物は、奥地に行くほど強くなり、大型のものも増える。そう言った魔物は、少数で動く冒険者では対応しきれない事が多く、偶然に森の浅い域に出没するような事があれば人的被害も出やすい。

 そのような、人と遭遇しやすい場所にいる、上位の魔物を討伐するのが、俺達第三部隊の仕事だ。


 その日もいつものように、冒険者達と合同でC、B級の魔物を倒しながら、森の中を進んでいた。いつもより魔物を遭遇する回数も少なく、遭遇するのはほとんど中級ランクの魔物ばかりだった。時折A級と呼ばれる上位の魔物も出て来たが、A級でも弱い部類の魔物ばかりだった。

 手ごたえの無い魔物ばかりで、メンバーの間では緩い空気が流れ始めていた。

 そういう時こそ、危険である。緩み始めた周りに釣られないよう、改めて気を引き締め、他のメンバーにも何度か注意を促しながら森の中を進んだ。


 それでもやはり魔物と遭遇する回数はいつもより少なく、現れても手ごたえの無い魔物ばかりだった。そうこうしている間に、今回の任務の折り返し地点まで来ていた。

 森の中腹より奥地まで来ている為、強力な魔物の気配はそれなりに感じられるものの、特に姿は見えず、こちらに向かってくるような気配も感じられない。


 これほどまでに、上級の魔物を遭遇しないと、逆に不穏さを感じる。何とも言えない胸騒ぎがして、隊長の方に視線をやれば、隊長も険しい表情をしていた。

 俺の視線に気づいた隊長と目が合い、お互いに無言で頷いた直後に、奥まで進んでいた斥候役の冒険者が戻って来た。


「この少し奥でワイアームがお昼寝してるぜ、どうする? ここまで魔物が少なかったのは、おそらくそいつを避けてるせいだな」

 軽い口調で報告して来たのは、第三部隊の任務にほぼ毎回協力してくれている、斥候特化のAランクの冒険者の男だ。気配を消す事が得意なこの男は、口は悪いが実力は確かで信頼もできる。


 ワイアームとは、巨大な蛇に翼が生えたような姿をした、亜竜種の魔物だ。亜竜種とは竜種――ドラゴンに近い種だが、ドラゴンほどの強さも知能もない、下位の竜種の事だ。

 下位と言ってもその強さはBランク以上のものがほとんどで、一般市民はもちろんのこと、並の冒険者には脅威となる存在だ。

 ワイアームは大きい個体になれば、その体調は二十メートルを超え、平均でも十メートルを優に超える。その大きさに伴う攻撃力の高さと防御力、生命力の高さでAランクでも上位のA+という位置づけの強さの魔物だ。

 知能は低いが、縄張り意識が強く、その口からは霧状の毒ブレスを吐き出す。また背中に翼を持っているが、飛行は得意ではなく、滅多なに空を飛ぶ事は無い。

 強力な魔物には違いないが、魔物の討伐に特化した俺達の部隊で倒せない相手ではない。


「ふむ。そいつが原因で、他の上級の魔物が、森の入口側に押し出されては困るな。駆除するぞ」

 隊長の声に、緩くなっていた空気が、一瞬で引き締まった。





 ワイアームの討伐は、そう時間をかけることも無く、無事に終わった。

 とは言え、相手は上位の大型の魔物、数名の重傷者を出す事になった。中には毒のブレスを浴びてしまった者もいた。


 その手当には、例の魔の森の魔女のポーションも使われる事となった。

 事前にその効果は確認済みではあったが、実際に重傷者に使用し効果を目の当たりにすれば、他の同ランクのポーションとの差は歴然であった。

 また、ワイアームの毒ブレスに浴びた者の解毒にも、魔女作の解毒ポーションが使われ、その高い効果を目にすることとなった。


「サリューから仕入れてきた、中級のヒーリングポーションの効果が、通常の上級ポーションくらいあるな。上級の方は特級に近いくらいの効果がありそうだ」

 魔女のポーションの効果を見た隊長が、感嘆の声を漏らした。

「噂には聞いていたが、実際に目にすると、他のポーションとの違いがはっきりしますね」

「もっと欲しいところだな」

 隊長の感想に自分も頷いた。


「騎士団で独占するのはやめて下さいよ」

 そう言うのは斥候役の冒険者の男。この男、サリューの冒険者ギルドの出身だ。

「魔女ちゃんのポーションは、サリューのギルドでも取り合いなんだから」

「しかしこの効果は知れば、第四部隊も欲しがりそうだな」

「確かに。ケイモーン山脈の方は、魔物の数自体は魔の森より少ないとは言え、Aランク以上の割合が多いですからね」

 俺も隊長の言葉に同意する。この効果は、第四の連中も欲しがる事は間違いないだろう。

「どうにか数を増やして貰えないだろうか」

 物欲しげな表情の隊長を横目に、ポーションの制作者の華奢な少女を思い出す。


 魔法薬であるポーションの作成には、魔力を消費する。決して少なくない量を、あの小柄な少女が一人で作っていると思うと、あまり大量に頼むのは、難しい気がする。

 無理を言えばそれこそ、サリューの冒険者ギルドに納めている物を、こちらに回してもらう事になるかもしれない。

 先に彼女と取引していたのは、サリューの冒険者ギルドで、斥候の男が言うようにこちらで独占するようなことになれば、サリューの冒険者との間に、摩擦を生じかねない。

 魔の森やケイモーン山脈での魔物の討伐は、冒険者ギルドの協力が不可欠だ。そこには、サリュー出身の冒険者も少なくない数が参加しているので、彼らとの折り合いが悪くなるような事はしたくない。

 しかし、ポーションはもっと欲しい。次に彼女に会う時に、交渉してみよう。









「おっと、そろそろ準備して出ないと、夜までにサリューに到着できなくなるな」

 先日の魔の森での討伐任務を思い出しながら、のんびりと食事をしていたが、昼休憩も終わる時間だ。

「おう、気を付けてな。ところで、サリュー出身の冒険者に聞いたんだけど、噂の魔の森の魔女が若い女の子だってマジ?」

「ああ、正確な年齢は知らないが、おそらく成人前だろうな」

「へえー。魔女って言うからには、ボンッ! キュッ! ボーンッ! なナイスバデーなお姉さんか、シワシワなお婆ちゃんかと思ってたぜ。若い女の子とは驚きだなー俺もその魔女ちゃん、一回見てみたいな」

 この同僚、実力は確かだが少々女好きで、チャラチャラしたところがあるのが玉に瑕だ。

「彼女との取引は俺に任された仕事だ、代わることはできない」

「わかってるよ。お前が担当になったのは"鑑定眼"持ちだからだろ?」

「そうだ」


 俺の実家は現在は子爵家だが、四代ほど前に商家から成りあがった新興貴族で、商人の血筋であるため、物の性質を見極める"鑑定眼"というスキルを持ってる者が生まれやすい血筋だ。

 俺はその三男で家を継ぐような立場ではない為、家から離れて辺境伯の元で騎士となったが、商人の血筋に違わず"鑑定眼"持ちである。

 また実家が商家の為、子供の頃から実家の商売の手伝いをしていた為、金銭のやり取りや交渉事は他の騎士達よりも慣れている。その為、新しい取引先との交渉を任せられる事も多い。

 そういう風に言えば聞こえがいいが、書類仕事が苦手な騎士の集まりの中、数字と契約に強い商家出身の俺は、ぶっちゃけ体のいいパシリみたいなものだ。


「そろそろ行ってくる」

 軽く手を上げて、同僚の元を離れた。




 俺のいる、パイオン辺境伯領の領都――城塞都市ダリはサリューの町から見て北に位置し、普通の馬なら街道沿いを走って、丸一日かかる距離だ。

 しかし俺は、馬より速く走れ、馬よりはるかに体力のある、スレイプニルという八本足の馬の魔物を、馬のかわりに使っている。

 魔物との交戦の多い辺境伯の騎士団では、前線に出る隊長や副隊長といった役職持ちは、軍馬よりも強靭で戦闘に向いているスレイプニルを与えられる。

 このスレイプニルの足なら、ダリからサリューまでを半日足らずで移動することができる。

 さすがに一日で往復して、取引を行うのは時間が厳しいので、取引の前日にサリューに入って一泊して、翌日の午前中に取引をして帰るという日程だ。


 彼女に負担にならない程度に、ポーションの納品数の増量を交渉してみよう。

 女性に贈り物は家族以外にはしたことないのでよくわからないが、あの年頃の女の子なら、甘い物は好きだろうか? 手土産に菓子折りでも持って行こうか。領都ならサリューのような小さな町より、売っている菓子の種類も豊富だ。


 小動物のような素朴で可愛らしい魔女を思い出しながら、出発前に領都で人気のある菓子屋に寄る事にした。


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