第25話 追放令息は一人前の冒険者

「おめでとうございます、カエルムさん。Dランクへの昇級試験合格です」

 すっかり顔馴染みとなったサリューの町の冒険者ギルドの受付嬢が、ランクが更新されたギルドカードを、笑顔で返却してくれた。


 国を出てすでに二ヵ月と半分以上が過ぎ、冒険者としての生活もすっかり板について来た気がする。

 冒険者ギルドに登録してから、一つの区切りであるDランクを目指し、ひたすら依頼をこなした。

 そして今日漸く、Dランクの試験に合格し、晴れてDランクの冒険者となった。


 Gランクからスタートする冒険者のランクは、Dランクで一人前と言われる。Dランクで一人前とは言っても、もまだまだ三流どころか四流かそれ以下である。とりあえず、独り立ちした冒険者としてのスタートラインが、Dランクと言われている。


「Dランクの試験に合格しましたが、カエルムさんは昇級が早かった分、実力はありますが経験不足が否めません。Dランクは危険な地域での依頼も増えます、これまで以上に気を引き締めて、命を最優先で活動してください」

「ああ、心しておく」

 受付嬢にも指摘されたが、早くDランクになりたくて、とにかく効率重視で依頼をこなしランクを上げた俺には、経験というものが圧倒的に足りない自覚がある。

 貴族社会で育った俺が、世間知らずだという事は、国を出てから痛いほど思い知った。


 同年代の者ばかり集まる"学園"という箱庭しか知らなかった俺は、自分の驕りから魔の森で死にかけてリアに拾われ、自分の世界の狭さそして未熟さを知った。


 傲りは、自らの命を無駄にする。


 リアに拾われ過ごした日々は、知らない事と驚きの連続で、学ぶ事が多く楽しかった。ギスギスした貴族社会にはなかった、この陽だまりのような心地のよい生活を続けたい。

 その為には、無駄に命を落とす事など、するわけにはいかない。


 貴族として生きてきた俺が、市井で平民に混ざって冒険者をしているなど、国にいた頃には考えられなかった。

 家の方針に従い、貴族のルールに則って、貴族らしく生きるものだとばかり思っていた。

 元々平民に対して忌避感はそこまで無かったものの、それは自分が自分の知らない平民の生活に、全く興味が無かっただけだったのだと気づかされた。


 確かに、実家の加護もなく平民に混ざって生活するのは、かなりキツい。食事も衛生面も金銭感覚も、貴族として生活していた頃と全く違う。正直、以前の俺だったら、このギリギリの生活に嫌気がさして、公爵家に戻る事を選択していただろう。

 むしろ、そろそろ戻ったほうがいいのはわかっている。さっさと戻って、あのボンクラ王子を蹴落とすなり、更生させるなりするべきなのだが……。


 そんな事より、リアとポーションを作っている方が楽しい。


 貴族として裕福な環境で育った俺が、貴族の義務を放棄するというのは、許される事ではないのは分かっている。

 それでも、あと少し……出来るだけ長く、今のぬるま湯のような生活に浸っていたい。


 貴族に戻ってしまえば、リアと会うのは難しくなるから。


 このまま逃げてしまえばどんなに楽だろう、しかし、いつかはみつかる日が来る。

 この金色の瞳は目立ちすぎる。そして、見る者が見れば、セルベッサ王族の金目だとわかるだろう。

 それに、恩恵を受けておきながら、義務から逃げるような男でありたくはない。色恋に目が眩んで、義務を果たさないのは、あのボンクラ王子と同じだ。

 そんなこと、自分でもよくわかっている。


 だけどもう少し……時間が許される間、この生活を続けたい。

 そして、その間に俺は、少しでも力を付けておく。いつか国に帰った後、家や国に縛られなくて済むように。






「そういえばカエルムさん、魔法薬の調薬の中級資格の証明書届いてますよ」

 ギルドカードの更新が終わっと思ったら、先日資格試験に合格した、魔法薬の調薬の中級資格の証明書を、ギルドの受付嬢に渡された。

「これでカエルムさんも、薬師としても一人前の域ですね」

「ああ、リアのおかげだ」


 リアの調薬の手伝いをしたおかげで、リアの技術と知識を教わる事ができたので、あっさりと魔法薬の調薬の中級資格試験に合格できた。次に目指すのは上級だ。

 リアの所で上級のポーションの作成も手伝っているが、まだまだリアのように安定しては作れない。上級に限らず、初級、中級もリアが作った物の方が品質が高い。

 最初の頃に比べ、追いついて来たとは言え、リアの魔力量と魔力操作の技術の高さにはまだまだ及ばない。

 素材の扱いにも慣れてきて、あまり大きな失敗をすることも無くなった。


 スライムの取り扱いだけは少し苦手だが、もう不覚を取るような事はしない……つもりだ。


 先日リアの飼育しているスライムに、不覚を取って以来、スライムにやや苦手意識が生まれてしまった。

 というか、リアは家の地下室で、スライムを大量に飼育している。調合や料理に使うのは分かるけど、その数は多すぎだろうと思う。

 しかもリア曰く「うちのスライムは、どの子も愛嬌があって可愛い」とか、ちょっとリアの"可愛い"の感性は理解できない。


 それにスライムなんかより、リアの方がずっと可愛い。





 ……まぁ、それは置いといてだ。

 Dランクになったら、リアに話したい事があった。

 今日ついに、そのDランクなった。そして、明日はリアがサリューの町に来る日だ。明日リアに会った時に話すつもりだ。

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