第23話 魔女の助手見習い

 前回カエルムに、ポーション作りを手伝ってもらってから五日後、約束通りカエルムが再び来てくれた。

 前回の宣言通り、今日はカエルムには中級のヒーリングポーション以外に、中級のマナポーションの作成に挑戦してもらった。


 魔力を回復するマナポーションは、外傷を回復するヒーリングポーションに比べ、材料の値段が高く、調合の難易度も高い。

 その分値段も割高で、収入の少ないランクの低い冒険者は、あまり使う事がない。しかし、収入の多い高ランクの冒険者や、潤沢な資金がある、王族や貴族のお抱えの魔導師団や騎士団での需要は高いそうだ。


 パイオン辺境伯の騎士団から依頼されたポーションの中に、マナポーションもあり、今日はそのマナポーションをカエルムと一緒に作っていた。とはいえ、途中からはすっかりコツを掴んだカエルムに丸投げだった。


 カエルムに中級のマナポーションを任せて、自分は上級のヒーリングポーションと上級のスタミナポーションの作成だ。スタミナポーションは、疲労や体力の回復効果のあるポーションだ。


 ポーションは病には効かないが、病による体力の消耗にスタミナポーションは効果がある。また疲労の回復効果もあるので、戦闘職以外からの需要もある。上級までいくとやはり激しい戦闘や、長期間の行軍に関わるような人達からの需要がほとんどだ。


 繁忙期の冒険者ギルドの内勤の人や、繁盛している商店で働いている人にも、よくスタミナ系のポーションのお世話になるらしい。きっと、前世の記憶にある、栄養ドリンクみたいな使われた方をしているのだろうと思う。

 どこの世界にも、社畜は存在するのだなと思うと、前世の最後の記憶を思い出して、複雑な気分になる。


 その他に、解毒ポーション、麻痺回復ポーションなども、少量だが依頼の中にあったので、それも作成した。






 カエルムが優秀過ぎて、飲み込みが早く手際も良かったおかげで、昼過ぎには予定していたポーションを作り終える事ができた。

 後は、騎士団分と冒険者ギルド分に種類毎にまとめておかなければいけない。


 かなりの量なので取引場所のサリューの冒険者ギルドまで、一人で運ぶのは普通なら無理な量だが、持っててよかった収納用の魔道具。

 冒険者ギルドのギルド長も、私が収納用の魔道具持ちなのは知っているので、気兼ねなく魔道具を使って持って行く事ができる。


 そして、納品の為の書類も作らないといけないし、今までよりも規模が大きな取引になるので、帳簿もちゃんとつけないといけない。

 今まで冒険者ギルドとの取引の際の税金関係は、ギルドの依頼報酬と同じようにギルド側で処理して貰っていたが、今回からは騎士団とも取引するということで、生産者として自分で税金の計算をしないといけなくなってくる。


 前世では税金は勤務先の給料から天引きだったから、自分で税金の計算などしたこともなく、前世でも今世でも税金の計算とか、めんどくさいイメージしかない。

 そもそも前世から通して帳簿の類を付けたことがほとんどない。前世の子供の頃に"おこづかいちょう"を付けた事がある程度だ。

 家計簿? 独身喪女で仕事に追われる社畜として生涯を終えた私が、そんな物を付けるはずがない。


 つまり、大きな取引相手が現れたが、金銭の管理をどうすればいいのかよくわかってないのだ。


 前世で自営業だとか経理の経験があればまた違ったのかもしれないが、残念なことながらそんな経験など無かった。

 そもそも、今世では学校すら通ってないので、社会関連の事はさっぱりだ。

 計算は前世の記憶のおかげで問題ないから、税金の計算方法と帳簿の付け方ね。税金についてはお役所で聞けばいいのかしら……でも帳簿の付け方はさっぱりだわ。

 とりあえず収入と支出を記録しとけばいいのかしら? 材料費の計算はどうしたらいいのかしら? 自力調達の物が多いから原価の計算もよくわからないわ。



「リア? ヤカン吹いてる」

「え? あ? ごめん、ぼーっとしてた」


 考え事をしていたら、お茶を淹れる為に沸していたお湯が沸騰していたのを、カエルムが気づいて止めてくれた。

 作業が早く終わったので、のんびりとティータイムのつもりが、考え込んでボーっとしてしまった。


「ポーションたくさん作ったし、疲れたのか?」

「ううん、冒険者ギルドとか辺境伯の騎士団とかと、取引することになるから、税金の計算を自分でちゃんとやらないといけなくなるなって。全然その辺の知識ないからどうしようかなって考えてたの」

「あー、騎士団と取引するならそうなるね。調べてみないとこっちの徴税の形態は詳しくはわからないけど、元の国にいた頃はその辺の仕事もやったことあるから、リアが嫌じゃなかったら俺でわかる事なら手伝うよ」

 カエルムがとてもありがたい事を、申し出てくれた。


 しかし、帳簿を管理したり、税金の計算をしたりは、とても大変そうな作業だ。前世では企業のお金にまつわる事を、専門に扱う職もあり、その報酬は結構な額なイメージがある。そんな仕事をカエルムに手伝ってもらうのも気が引ける。

 それに、カエルムが出来るからと言って、カエルムに丸投げしてしまうと、彼がいなくなった時に困るのは私だ。


「お金に纏わることだから、いきなり任せるの不安なら、俺のわかる範囲で教えるよ。それに、この国の税金の仕組みも、いずれ調べようと思ってたから、リアが税金の事調べるなら一緒にやる?」

 私が迷っているのを察してくれたらしい。

「自分で出来るようになりたいし、教えてもらえると嬉しいかも。でも、カエルムも冒険者ギルドの仕事があるし、迷惑じゃない?」

「問題ないよ、むしろ俺の方が、リアに調合についてたくさん教えてもらってるからね」

「それは、ポーション作り手伝って貰ってるから」

「その分給金もらってるし、俺の方が得してるくらいだ。どうしても気になるなら、リアの仕事手伝う助手見習いとして雇ってくれないだろうか? 必要な時に手伝いに来る感じで、俺を雇うのはどうかな?」

「見習い?」

「ああ、まだ俺に出来る事は少ないから、見習い。助手だから、調合以外の仕事でも振られればやる」


 確かに、ポーション作りに限らず、自分だけでは手が足りない事を、手伝って貰えるのはとてもありがたい。

 それに今回は一人で材料集めたけど、思ったより忙しかった。これに、慣れない売り上げの管理や税金の事を一から調べてやるとなるとると、一人だと手が回らなくなるかもしれないので、時々助手として手伝って貰えると助かる。


「それでお願いしようかな。でもギルドの仕事は大丈夫? こっちばっかり手伝ってたら、ランク上がるのが遅くなっちゃうじゃない? それにちゃんと休みも取れる?」

「休みはちゃんと取るようにしてるよ。ランクもこないだEになったから、目標のDランクまでもう少しなんだ」

「もうEランクなの? まだ冒険者なって一月くらいなのに」

「魔法も剣術も心得があったから、規定の量のギルドの仕事さえこなせば、昇級試験は合格できたんだ。でも実戦経験が圧倒的に足りないから、リアの採取の手伝いしながら魔の森に同行できるなら、それは俺にも利になるんだ」

「そういうことなら、お願いしようかな。五日に一回来てもらう約束だったけど、とりあえず四日に一回くらいのペースでいいかしら? 今日の感じだと、予定より早いペースでポーション作れそうだから、その分あまった時間で別の事をやる感じでいいかしら?」

 教えながらポーションを作って、予定より早く終わってしまったので、教えなくてよくなればさらに時間に余裕が出来る事になる。

「ああ、それでいい。では、さっそく契約書を作ろう」

「え?」

「取引の規模が大きくなれば、契約書を扱うことも増えて来るから、その練習だよ。それにリアと俺の間には雇用関係が発生するから、そこに金銭のやり取りも発生する。ちゃんと帳簿で管理しないとならないことだからな? 今日は作業早く終わって時間あるし、ちょうどいいから簡単なところから教えていくよ」

「は、はい」


 にっこりを微笑むカエルムはなんだか迫力があった。

 そして、それがカエルムのスパルタ授業の始まりであった。

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