第22話 魔女の調合レシピ

「これはオウルベアの肝臓とラクマム草かい?」

「ええ、そうよ」


 シャワーを浴びて戻って来たカエルムと、調合室で上級ポーションの調合作業を共にしている。

 急いで戻って来たのか、髪の毛がちょっとしっとりしているのが、無駄に色気を放っていて、気になって仕方がない。


「どちらも中級のヒーリングポーションの材料だった記憶があるが、上級のポーションにも使えるのか?」

「ええ、上級のポーションの材料は高額だし、量を集めるの大変だから、ちょっと手間はかかるけど中級のポーションの材料を使って、上級のポーションを作るのよ」

「触媒用の水に光の魔力を付与して、効果を底上げする感じかな?」

「うん。でもそれだけじゃちょっと足りないから、さっきのスライムゼリーは、硝子草を餌にして育てたスライムなんだけど、それをいつもの触媒の水と一緒に使うの」

「なるほど、硝子草は中級用の材料でも効果が高いが、副作用があるからあまり使われない薬草、であってるか?」

「正解。そのまま使うと、内臓に負担がかかるから、一度スライムに分解させて、スライムゼリーを触媒として使うの」

「なるほど。やはり、上級ともなると、学生向けの講義では知り得ない事ばかりだな」

 カエルムが真剣な顔で頷きながら、作業をしている私の手元を見ている。あまりにガン見されてるので、何だか恥ずかしい。


「魔法薬は同じ材料でも、組み合わせや工程によって、効果は大きく変わるわ。それは、知ってるよね?」

 同じ効果のポーションでも、作る者によってレシピはまちまちだ。

 手に入る素材が季節や地域によって変わりので、当然と言えば当然だ。


 どういう組み合わせて、どれほどの効果を出すか、またそのコストパフォーマンスは如何ほどか、そう言った事を考えるのは楽しいし、薬師としての腕の見せ所だ。


「ああ。効果の高い魔法薬を作る薬師は、レシピを公開したがらないはずだが、俺に教えても良かったのか?」

「問題ないわ、というかそのうちカエルムにも作ってもらうつもりだし」

「え?」


 カエルムはきょとんとするが、カエルムが手伝いに来てくれるなら、私の持っている知識と技術は惜しみなく教えるつもりだ。

 何だか、弟子が出来たみたいで楽しいのよね。


「私一人で作るより、カエルムと二人で作った方がはやくおわるでしょ?」

「まあ、そうだが……だが俺は、まだ中級のポーションすら自信ないのだが」

「うふふ、午後からは中級のヒーリングポーションも作るから、それはカエルムにやってもらうわ。もちろん最初は一緒にやるから安心して? それに上級のポーションまで作れるようになったら、調薬の上級資格も取れるわよ」

「そうだな。上級の資格まで取りたいから、教えてもらえると助かる」


 期待に沿えるようがんばるよ、と微笑むキラキラのイケメンスマイルは、もはや凶器だった。


 うん、いくらでも教えちゃう。











 午前中は上級ヒーリングポーションを作ったので、午後は中級ヒーリングポーション作りだ。


 ポーションは上位になるほど、調合の際に必要な魔力も増え、その魔力操作が繊細になってくる。そして、それは品質にも直結する、重要な作業だ。


 カエルムは、すでに初級のポーションは問題なく作れる技術を持っている。


 カエルムには、触媒用の水に光の魔力を付与する作業を散々手伝って貰ったので、魔力はうちに来た当初よりかなり増えているはずだ。

 魔力の操作に関しても、初級ポーションの作成はすでに完璧で、中級も以前に手伝った時に、作ってもらった事があり、その時点ですでに品質には全く問題ないレベルだった。

 数をこなせば、更に品質の高い物を作れるようになるだろう。


 むしろ、繊細な魔力操作に関しては、私よりカエルムの方が上だと思っている。私は魔力量に物を言わせた、ゴリ押しなので、実は細かい魔力操作は苦手なのだ。

 逆にカエルムは、決められた魔力量を効率よく使うのが得意そうだ。


 油断していると、すぐに追い抜かれてしまいそう。






「さあ、予定通り中級のヒーリングポーションを作るわよ」


 材料はすでに準備が出来ているので、混ぜるだけだ。ただし、量が多いので、調合用の鍋に入る量で、回数を分けて作業しなければならない。


「カエルムはこっちの鍋でお願いね。失敗しても自分で使えばいいから、あまり気負わずにやっちゃって」

 カエルムには小さめの鍋を渡す。


「わ、わかった」

 カエルムが少し緊張した面持ちで、鍋に材料を入れていく。その横で、私も自分の鍋に材料をポイポイと投げ込む。

 二つ並んだ魔導焜炉に、それぞれの鍋をかけ、カエルムと並んでコトコトと材料を煮詰める。


 調合用の作業場は、自分一人で作業することを前提とした大きさなので、二人並ぶと結構狭い。カエルムは細身とは言え、長身なのでそれなりの体格である。しかも、以前よりちょっとガッチリしてきた気がする。


 つまり、カエルムとの距離が近い。


 ちょっと肘を張れば、カエルムの腕と触れてしまい、緊張する。


 午前中に、半裸にひん剝いだ奴が、何を今さらだが、それはそれ、これはこれだ。



 そして、私の腕が当たるという事は、その逆もある。


「ご、ごめん!」

 カエルムの肘が、私の脇に軽くぶつかった。

「だ、大丈夫……! 作業場狭くてごめんね」


 ちゃんと集中しないと、心が乱れたら魔力も乱れてしまう。あまり乱れすぎてしまうと、ポーションの品質が下がって、失敗作になってしまう。集中よ集中!!


 しかしやはり隣が気になるので、チラリと横目でカエルムを見れば、額に汗を滲ませ、眉をよせて作業をしているのが窺がえた。頬が紅潮するほど、必死な表情で調合作業に打ち込むカエルムの姿を見て、煩悩に流されそうな自分が恥ずかしくなる。


 私も真面目にやらないと!


 手元に視線を戻し、魔力を操作しながら、木ベラでゆっくりと鍋の中身をかき混ぜる作業を続けた。










「……さすがに疲れた」

 用意した材料を全てポーションに加工し、その全てを小瓶に詰め終え、カエルムがぐったりと作業机に突っ伏した。

「お疲れ様、私も疲れたわ」


 窓の外を見れば、すでに茜色の光が見えた。

 最初はおっかなびっくりだったカエルムも、調合作業を繰り返すうちにコツを掴み、中級のヒーリングポーションの作成は問題なく出来るようになっていた。


「これだけ中級のポーションが作れるなら、中級の調薬の資格もきっと楽勝ね」

「本当か!?」

 作業机の上に突っ伏していたカエルムが、パッと顔を上げた。

「知識は問題なさそうだし、技術の方も今日ですっかり慣れたみたいだし、他の中級ポーションもヒーリングポーションと要領は同じだから、大丈夫だと思うわ。不安なら、次回別の中級ポーション作ってみる?」

「ああ、そうしたい。宿暮らしだから、調合用の道具を揃えるのを躊躇ってて、まだ携帯用の小型の道具しかなくて、あまり手の込んだ物が作れないんだ」

「だったら、うち来て作ってもいいわよ。町からうちまで来るのちょっと大変かもしれないけど」

「身体強化の魔法で走ってくれば一時間もかからない、訓練がてらに走るには丁度良い距離だ。リアさえよければ貸してもらうよ」

「ええ、カエルムの来たい時に来たらいいわ」

 成り行きだが、カエルムと会える口実が一つ増えて、ちょっと嬉しい。




「今日はどうもありがとう。これ、今日のお給料ね。それとこれ、ローストチキン、良かったら食べて」

 カエルムに今日の給金とローストチキンの入った包みを渡した。

 一緒に夕飯も食べたいところだが、あまり遅くまで引き留めると、夜になってしまう。夜になれば、魔物に遭遇する確率も上がるし、強い魔物が森の入口付近まで来る事もあるので、陽のあるうちに町に帰すほうが安心だ。


「ありがとう。じゃあまた五日後に来るよ」

「ええ、待ってるわ」

 町へと帰っていくカエルムの後姿が、見えなくなるまで見送った。


 カエルムの姿が見えなくなると、急に森の静けさが気になり始めた。



 一人暮らしってこんなに静かだったのね。




「おい、腹が減ったぞ!」

 そういえば、ナベリウスがいたわ。

「そうね、すぐ夕飯の支度をするわ」

 ふう、と小さくため息をついて、カエルムが帰って行った町の方向へ背を向けた。


「ええい! 辛気臭い顔をしおって、鬱陶しいぞ!」

 ナベリウスが私の肩に留まり、髪の毛をチョイチョイとつついた。

 そんな辛気臭い顔してたかしら? そりゃ、昼間賑やかだった分、別れた後は急に静かになったように感じて、しんみりしたけど。

「そんな辛気臭い顔でため息をつくくらいなら、送り出さずに引き留めておけばよいものを」

 ナベリウスが更ににチョンチョンと、私の髪の毛をつつく。とても鬱陶しい。


「そうもいかないわよ。これ以上引き留めると日が暮れて、森の中は真っ暗になるし、強い魔物も森の出口付近まで徘徊する時間になるわ」

「別に町に戻らなくてよいのでは? このままここに住まわせればよいではないか?」

 さも当然のように、ナベリウスが首を傾げた。

「カエルムは、今はサリューの町で冒険者として生活してるのよ。明日は冒険者ギルドの仕事をすると言ってたし、引き留めるわけにはいかないわ」

「何故? 町で仕事するにしてもここから通えばよいのでは? あの者なら問題なく通える力があるだろう?」

「う……それはそうだけど、私とカエルムは家族じゃなくて他人なの、一緒に暮らすのはおかしいわ」

「何故? お前もオウルとは他人なのに一緒に暮らしていたではないか?」

 ぐぬぬ……ナベリウスのくせに妙に食い下がるわね。

「私がここで暮らし始めた頃はまだ子供だったし、オウルは育ての親だし。でもカエルムは、独り立ちできる年齢だし、それに男性だし……私だって一応女性だから……その……」


 一ヵ月ほど一緒に暮らしてたから今更であるが、一応若い男女である。血縁関係でも婚姻関係でもないのに、一緒に暮らすのはちょっと抵抗あるというか、私としては構わないけど、カエルムが気にするかもしれないし、こっちから「一緒に暮らしましょ!」なんて今更いうには恥ずかしいし……ごにょごにょ。


 横目でナベリウスを睨めば「解せぬ」という表情で、首を捻りまくっている。その仕草がナベリウスのくせに、無駄にあざとくてイラっとくる。


「人間は、家族でもない成人の男女が一緒に暮らすのは、色々と問題があるの!」

「家族になれば問題ないのでは?」

「はい?」

 思わず間抜けな返事をしてしまった。

「だから家族になればよいではないか? 人間の家族とは血縁関係以外なら番ということだろう? お前らなら男女だから問題ないのでは?」

「問題しかないわ!」


 何を言ってるのだこのカラスは! 祖国を出て来たとはいえ、おそらくカエルムは貴族だ。身元が不確かな平民の私と釣り合うような人物ではない。

 わかっている、たまたま森で助けただけ。ちょっとの間世話をしたから、少し情が芽生えただけ。それは友人としての友情だ。


 決して深入りしてはならない、求めてはいけない。


 そう自分に強く言い聞かせる。

 いつか、別れる時が来るのは、わかっている。だから、その時悲しくないように。


「何故? 相性も悪くない雄と雌なら、繁殖活動するのが自然の摂理では?」

「は? はあああああああああああ???? は……繁殖活動って……ナベリウスのバカ!!!!」


 とんでもない事を言いだしたナベリウスを、肩から叩き落として、足早に家の中へと戻った。

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