第18話 追放令息の焦燥

「この依頼受けます」

 掲示板に貼り出された依頼の紙の中から、目ぼしい物を選んで受付の係員に渡した。

「カエルムさん、おはようございます。冒険者には慣れましたか?」

「なんとかやって行けそうです」


 冒険者になってから、毎日ギルドへと通い依頼をこなし、ギルドの職員とも馴染んできて、他愛のない会話もするようになった。

「はい、では依頼の受注確認しました。無理はしないように、気を付けて行ってきて下さい」



 冒険者ギルドで請け負える仕事は、ランク別にギルドの受付ロビーにある掲示板に貼りだされる。

 冒険者ギルドはその性質上、昼夜関係なく開いていてスタッフが常駐しているが、依頼が貼りだされる時間はだいたい決まっている。

 仕事の募集には限りがあるので、割の良い仕事は早い者勝ちになる。昼間の仕事は、午前中の早い時間に貼りだされる。


 いつも依頼が貼り出される時間の少し前には、冒険者ギルドに入り、掲示板の近くで依頼が貼り出されるの待つのが、冒険者になってからの日課となっている。


 皆同じ考えなので、この時間の冒険者ギルドはとても込み合っている。

 最初のうちは慣れなくて、人混みに圧倒されてるうちに、割の良い依頼を取り逃す事が多かったが、今ではすっかり慣れて依頼を取り逃す事も無くなって来た。

 ぼんくら王子の側近だった頃、毎日大量の書類に目を通す作業をしていた為、文字を読んで理解するスピードにはそこそこ自信があった。


 貼り出された依頼の中から、自分に合った仕事で、複数同時にこなせそうな物を見つけ出し、掲示板から剥がして、受付のカウンターへ持って行き、そこで受注の手続きをして、依頼の目的地へと向かう、それが冒険者となった俺の毎日だ。


 冒険者になって半月以上が過ぎ、先日冒険者のランクも最低のGから一つ上のFになったので、受けれる依頼も増えた。

 Gランクの頃は町の中の依頼ばかりだったが、Fになってからは町の外、といっても町の周辺の安全な区域の仕事が、受けれるようになった。

 薬草や、食材の採取、弱い魔物の討伐や素材の収集などが、主だった依頼の内容だ。


 依頼以外にも、ギルドが常時買取をしている素材を集めて持ち込めば、それなりの金額になる。町の外での依頼は、そういった素材集めと同時進行できるので、町の中での依頼がメインだったGランクの頃より、収入がかなり上がった。といっても、宿に泊まって、食事を摂って、少し余裕が出るくらいだが。


 魔物は体内に魔力が結晶化した"魔石"を持っている。強力な魔物ほどそれは、高魔力の魔石を持っている。弱い魔物も体内に魔石を持っているが、品質は悪くサイズも小さい。

 魔石は魔道具を動かす為の動力となるので、需要は非常に高い。

 サリューの町の周辺にいる弱い魔物の魔石は、品質が低くあまり買取価格は高くないが、それでも数を集めればいい値段になる。ごく稀に、少し品質の良い魔石も採れるので、それが出たら儲けものである。


 貴族としてして裕福な生活をしていた頃からは考えられない、カツカツのの生活だが、なんだかんだでそこまで嫌ではない。むしろあのぼんくら王子のお守をするくらいなら、こうしたギリギリの生活のほうがまだマシに思えてくる。






 今日の仕事は、町の外周の清掃を兼ねた警備だ。


 町の外周は、成人男性の身長より少し高いくらいの石壁で囲まれており、その石壁には魔物除けの効果が付与されている為、町の中に魔物が入って来る事はあまりない。

 時々、魔物避けの効果を無視して町の中に入って来たり、魔物除けが効かない魔物もいるが、そういった魔物から町を守り駆除するのが、町に常駐してる兵士や冒険者の仕事である。


 魔物除けの効果のないような魔物は、そのほとんどが強力な魔物で、町の周辺に出没する事は極稀である。

 小型で弱い魔物は町の周辺でも見かけるが、何等かの理由で魔除けの効果を無視するような状態になってない限り、町の中に無理やりに侵入することはまずない。


 町には出入りの為の門が複数あり、町に常駐している兵士と、俺のようなギルドから依頼を受けて来た冒険者で分担して、町周辺の警備をしている。

 門の周辺は、町への人の出入り以外にも、周囲に自生している薬草の収穫をしている者などもおり、人通りが多いので、門周辺に出没する魔物は優先的に駆除することになっている。


 滅多にない事だが、魔物除けの効果を無視して、町に侵入しようとしている魔物を発見した場合は駆除、手に余るようなら対応可能な部署に速やかに報告して、複数人で対処することになる。

 万が一、町の付近に魔物除けの効果がないレベルの強力な魔物や、大型の魔物を見つけた場合は、すぐに警邏と冒険者ギルドに報告することになっている。


 

 基本的に、弱い魔物との戦闘しかなく、あまり危険はない。

 時々遭遇する魔物に対処しながら、石壁に異常がないかチェックしつつ、雑草や低木が茂っていれば、それらを刈り取るのも仕事の一環になっている。

 門から近い位置は、薬草採りの者が多いので、雑草や低木の茂みは少ないが、門から離れれば、人の手があまり入らず、それらがボウボウと成長し放題の箇所が多い。

 深い草むらや茂みは、小さな魔物が巣を作りやすく、放置すると繁殖が進むので、そうなる前に刈り取って、町周辺での魔物の増加を防ぐのも、この仕事の一つだ。


 尚、勤務中に駆除した魔物は、その種類と数に応じた報酬が出る。また、魔物から得た素材や、収穫した薬草の類は自分の物にしていい。比較的安全に、警備で日給を得つつ、こうして素材を集める事が出来るので、俺の今のランクだとなかなか割りのいい仕事なのだ。



 俺は、希望して魔の森側の門周辺の警備の担当になった。リアにこの町まで送ってもらった時に、通った門だ。

 こちら側の門は、街道沿い側の正門に比べ人通りも少なく、魔物の出る頻度もやや多めなので、薬草採りの者もまばらだ。そのせいで正門側より、ブッシュが多く刈り取るのもめんどくさいので、あまり人気のない場所だ。


 他の門より魔物が多いので、薬草採りの者が少なく、雑草や低木が茂りやすい。雑草や低木が茂りすぎて、その処理が面倒で冒険者に不人気になり魔物が増える、魔物が増えれば薬草採りの人が減る。

 そんな悪循環で、不人気の魔の森側の門だが、ある程度薬草の見分けがつく俺には、宝の山だ。


 それに、こちら側の門に居れば……。



 魔物が多いと言っても、魔の森側の道は、ランクの高い冒険者が魔の森に入る時に通る時に、駆除して行く事もあり、他の門よりちょっと魔物との遭遇率が高いくらいだ。






「カエルム~! あそこ! でっかいスライムがいる!!」


 門から少し離れた場所で、町の壁に這い上がって伸びている蔓植物を、ベリベリと壁から剥がしていると、遠くから呼ぶ声がした。

 声の主を振り返ると、門の周辺で薬草採りをしている、少年が手を振っている。町の外周の警備をするようになって知り合った、カームという名の、薬草採り専門のFランク冒険者の少年だ。

 まだ十歳で、肉弾戦も魔法も苦手なので、門周辺の安全な場所で薬草を集めて生活しているらしい。


 人の少ない魔の森側の方が稼げると、いつもこちら側の門周辺で薬草を採っているので、同じくこちら側の門の警備を希望する俺とは、よく行動範囲が被る。おかげで、すっかり顔馴染みになってしまった。


 俺は公爵家という、上位の貴族家の出身ではあるが、つい先日まで通っていた学園には平民もおり、俺が専攻していた調合学の授業は貴族より平民の方が多かった為、こうして平民と対等に交流することに、あまり抵抗はない。


「スライムならほっといても大丈夫だろ?」

「"悪魔の笛"の近くにあるから、マヒ毒性のスライムっぽいから、始末しとてほしい」


 "悪魔の笛"とは、毒性のある蔓植物で、うっかり口にすると、麻痺や幻覚、記憶障害といった、症状に陥る危険な植物である。半面、正しい用法なら、麻酔薬や喘息の薬となり、また自白薬の原料でもある。

 

 カームの示す場所に向かえば、成人男性の頭二つ分ほどの大きさのスライムが、低木の幹にべったりと張り付いており、その低木の幹には悪魔の笛がぐるぐると巻き付いている。


 スライムはゼリー状の魔物で、雑食である。食べるというか、ゼリー状の体で包み込んで、溶かして吸収すると言ったほうが正しいかもしれない。自分の体で包み込めるサイズの物なら、何でも吸収してしまうのがスライムだ。そして、吸収した物によって、その特性が変化するのが特徴である。

 つまり、毒性の植物をたくさん吸収したスライムは、毒を持ったスライムになるということだ。


 小さなうちはあまり害はないが、巨大化すると大型の魔物すら捕獲、吸収してしまう。そして吸収する物によっては、かなり危険な個体に成長してしまう。もちろん、大きくなれば人間も捕食の対象になる。


 目の前にいる個体は、成人男性の頭二つ分くらいのサイズなので、そろそろ小型の魔物を捕食していてもおかしくないサイズだ。なおかつ悪魔の笛を吸収しているなら、麻痺や幻覚作用のある毒を持っている可能性もあり、カームのいう通り、始末しておいた方がいい個体だ。


「《ライトチェイサー》」

 光属性の魔力で鎖を作り出し、スライムに向けて放つ。鎖がスライムに絡みつくと、鎖に追加で魔力を流した。

 ジュッ! と音がしてスライムが、魔石を残して蒸発する。


 初期のスライムの体のほとんどは、水分で出来ており熱に弱い。草や木が茂っている場所で炎系の魔法は危険なので、光属性の魔法の高熱で蒸発させた。

 魔法を使わなくても、スライムの核となっている魔石を取り出しても、スライムは倒せるが、麻痺毒を持っている可能性のあるスライムにはあまり近寄りたくない。


「ありがとう! また魔物いたら呼ぶよ!」

「ああ。悪魔の笛と一緒にここら辺の草もちょっと刈っておくか」


 悪魔の笛の実は、豆の鞘のような形をしているので、時々豆と間違って食べてしまう事故が起こる。薬の原料にもなる植物だが、毒性が強いので、門の近くにあると間違って食べてしまう者が出る可能性があるので、刈り取っておくほうがいいだろう。

 それに、先ほどのスライムのような、悪魔の笛を食べて成長したスライムが、人通りのある門の付近にいるのも危険だ。


 小刀でザクザクと悪魔の笛を刈り取る。根の部分と、実が熟して種が出来上がってる物は、調合の素材になるのでポーチにしまっておく。自分では調合出来ないが、おそらくリアなら使えるだろう。次会った時に渡そうと思う。


 門周辺の茂みを刈り取ってると、馬の嘶きが聞こえ、騎士風の男を乗せた白灰色のスレイプニルが、門から出て来て魔の森の方へと走り去って行った。


 こんな町にスレイプニルに乗った騎士?


 身分の高い者の護衛を主とする騎士が、貴族をほとんど見かけないサリューの町から出て来たことを不思議に思う。しかも、向かった方向が魔の森だ。何となく、気になる。

 しかもスレイプニルに乗っているという事は、それなりの地位にいる騎士だと思われる。


 訝しく思いながらも、仕事中なので、門周辺の茂みをある程度スッキリさせると、門から離れた場所の見回りに向かった。



 町の外壁にそって進みながら、伸びている草や低木の枝を刈り、這う植物の蔓をベリベリと剥がす。成長したスライムを見つけると、光魔法で蒸発させて魔石を回収する。


「カエルムの後ろついて歩くと、人の手がほとんど入ってないとこまで行けるから、薬草採りが捗るな」

 俺の後ろをチョロチョロしながら、カームが薬草を採っている。

「俺はお前の護衛じゃないぞ」

「わかってるわかってる。俺がカエルムの後ろを、勝手について行ってるだけだからな。利害の一致?」

「お前が一方的に得してるだけじゃないか?」

「あはは? そうとも言うな!」

 あっけらかんとカームが言う。まぁ、カームが薬草を採るついでに、雑草も抜いてくれてるから、多少は俺の作業は減ってる事は減ってる。




 そんな他愛のない会話しながら作業をしてると、門のある方向から馬の足が地面を蹴る音が聞こえた。


 そちらを見れば、先ほどの白灰色のスレイプニルが少し緩めの速度で、森の方から戻ってきているのが見えた。

 町から出て行くのを見てから、まだ三十分も経ってない気がする。

 そして、行きは騎士一人だったが、戻って来たスレイプニルの上には二人の人影が見える。


 騎士と……見覚えのある少女。


 思わず茂みの陰に隠れた。

「リア……」


 二人を乗せたスレイプニルは、そのまま町の中へと入っていった。


「今のでっかい馬の上に居たの、魔女さんだよな?」

 定期的に魔の森から町にやって来るリアは、どうやらこの小さな町では有名人らしい。

 あの整った顔立ちも、平民らしからぬ銀髪にアメジストのような瞳――目立たないわけがない。


「たぶん」

「一緒にいた男誰だろう? あんなでっかい馬に初めて見たな。馬? 足いっぱいあったけど?」


 気になって仕方ないが、警備の仕事は夕方まで拘束されるので、後を追うわけにもいかない。


 その後、仕事を終えるまで、門から出て行く人が気になって仕方なかった。しかし、その中にリアは居なかったのでまだ町に居るかもしれない。


 先程の男と別の門から出てなければ。







 仕事が終わると、急いで冒険者ギルドに駆け込み、カウンターで依頼の終了報告と仕事中に得た素材の買い取りをしてもらい、報酬を受け取った。

 今日は、成長したスライムから少し大きめの魔石を回収できたので、いつもより稼げて嬉しいはずなのだが、リアと一緒に居た男が誰なのか気になって、気分が下降したままだ。


 リアを探しに行きたいが、全く以ってアテがない。


 俺は、リアの事なにも知らない。


 ため息が零れた。


 アテは無いけど町を回ってみるか……大きな町ではないので、もしかすると会えるかもしれない。

 そう思って、冒険者ギルドを後にしようとした時、奥の階段から先ほどの騎士と共に降りて来るリアの姿が目に入った。


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