第17話 辺境から来た騎士
「うーーーーーーーー……」
家を出て森の入口まで来て、道の先に見える町を見ながら、その場でうろうろとし始めて三十分以上が過ぎていた。
本来ならここから、数十分も歩けば町に付く。しかし、そこへ向かうまでの道のりが、とても険しく感じる。
カエルムに会ったら、何て言おうかな……。
別にカエルムに会いに来たわけじゃなくて、ポーションを買い取ってもらいに来たんだけど、どうせ町まで来たならカエルムに会って帰りたい。
でも、カエルムが冒険者として活動してるなら、昼間はどこかに出ている可能性が高いから、戻るまで待ってないと会えないだろうし、用もないのに待ってたらやっぱりおかしい気がする。
いやいや、ポーションを買い取りってもらいに行って、偶然を装って会うとか何かわざとらしいよね? 付きまとってるっぽくない? 私ってばストーカー女っぽくない?
でもやっぱり、カエルムがどうしてる気になるわ……。
「うあああああああああああああん」
悩みすぎて、思わず声を上げて頭を抱え、その場にうずくまってしまった。
「お嬢さん、大丈夫かい?」
どれくらいの間、しゃがみ込んで悩んでたのか、不意に上から聞こえた低い声で我に返った。
「どこか具合悪いのか?」
顔を上げて声の方を見上げると、立派な体格の白灰色の馬に乗り、くすんだ銀色の鎧に枯草色のマントを纏った、騎士風の男性がこちらを見下ろしていた。
「え……っ!? あ、だ、大丈夫です! ちょっと考え事をしてて!」
道端でうずくまってる人居たら、そりゃ気になって声かけるよね? しかも魔の森の目の前で、安全とは言い難い場所だし。
慌てて立ち上がって、ワンピースの裾に付いた土を、両手で払う。
「こんな所で女性が一人でうずくまって考え事? 何かあったのかな?」
黒髪の騎士風の男が訝し気な表情で、馬の上からこちらを見下ろしている。
よく見るとこの馬、足が八本ある。スレイプニルという馬に似た魔物の一種だ。
スレイプニルは普通の馬よりも身体能力が高く、高い魔力を持ち魔法を使う個体もいる。知能が高く、主と定めた相手には従順な性質の魔物なので、軍馬の替わりとして飼育されることもあると聞いた事がある。
ただ、普通の馬と違い雑食性で、その体格と高い魔力を維持する為に、魔力を含む食材を与える必要があるので、飼育にかかる費用は馬に比べて非常に高い。
故にスレイプニルを運用するのは、裕福な貴族や上位の冒険者、それだけのコストをかけた戦力が必要となる地域の騎士団などだ。
男の鎧には紋章が刻んであり、腰には高そうな鞘に入った剣が吊るされている。騎士風というか、どこかの騎士で間違いないだろう。
しかし、何でまた騎士がこんなところに?
町を守るのは兵士、魔物を狩るのは猟師や冒険者、騎士と言えば身分の高い人の護衛が主で、サリューみたいな小さな町には騎士はいない。もちろん魔の森になど、特別な事情が無い限り、騎士はやってこない。
「いえ、特に深い理由はないです」
ホント、どうしようもない事で悩んでいただけなので、理由を聞かれると恥ずかしい。
「むぅ、しかし町の外の魔の森が目の前のこのような場所に、年端も行かない女性が一人でいるのは危険だろう?」
「これから町に向かうところなのでお気になさらず」
「む? ならば町まで送って行こう」
「え?」
男の唐突な申し出に戸惑う。
「俺はパイオン辺境伯騎士団に所属する騎士で、怪しい者ではないので安心てくれ」
やっぱり騎士様だった。
「町はすぐそこなので、歩いて行けますので、どうぞお気になさらず」
「いや、魔の森に近い危険な場所に婦女子を一人、放置して立ち去るのは、俺の騎士としての矜持に関わる。それにスレイプニルなら町まですぐに到着する」
「はぁ、では、お手数ですがお願いします」
これは押し問答するだけ、時間が無駄になるタイプだと思い、素直に送って貰うことにした。
それに、歩いて行くと、途中でまた立ち止まって悩みそうな予感がするし、ならば町まで送って貰ったほうがいいだろう。
そんな流れで、騎士様に町まで、送ってもらう事になったのだが……。
近いわ……馬の二人乗りってこんなに密着するものなのね。
落ちないようにと、馬に乗る騎士様の前側に乗せられたせいで、背中にゴツゴツとした金属の鎧があたるし、左右は手綱を握る騎士様の太い腕に囲われている。
確かにこの体勢なら少々揺れても、落ちる心配はなさそうなのだが、日頃他人と接する事があまりない私には、初対面の人とこの距離は緊張する。
と、思っていたのが、スレイプルの足は速く、馬上は揺れるのであまり会話をすることもなく、あっという間に目的地に到着した。
強いて言えば、町の入口までのつもりが、目的地が冒険者ギルドと言うと、ついでだからと冒険者ギルドまで送ってもらって、町の中をスレイプニルに乗って移動した為、とても目立ってしまった。恥ずかしい。
「どうもありがとうございました」
冒険者ギルドの前で降ろしてもらい、騎士様にお礼を言う。
「民の安全を守るのも、騎士の役目だ。礼には及ばない。では……」
「あら、オクタゴンさん。ずいぶと早いお戻りですね? スレイプニルって足速いんですねぇ」
お礼を言って別れようとしたところで、午前中の混雑時間が過ぎ、人の少なくなった冒険者ギルドの建物の前を、掃除していたギルド職員の女性に、騎士様が声を掛けられた。
「ああ、いや、魔の森の前で彼女を保護して、冒険者ギルドに向かう途中だと言うので、送って来ただけだ。これからもう一度、魔の森の薬師の所へ向かう予定だ」
ん?????
「あれ? オクタゴンさんがお探しになられてるのは、うちのギルドにポーションを卸してる薬師ですよね?」
「ああ、そうだ。その薬師に会いにもう一度、魔の森に行ってくる」
????????
「それなら、彼女がそうですよ?」
「は?」
「あ、どうも、魔の森に住んでる薬師のリアです」
話の流れはこうだった。
私が作っているポーションは、今のところサリューの冒険者ギルドにしか、買い取ってもらってない。
そのポーションの効果が高いと評判で、それを聞いて、私の作ったポーションを試したパイオン辺境伯騎士団が、私の作ったポーションを買い付けにサリューの冒険者ギルドを訪れたらしい。
しかし、冒険者ギルドには需要のある分しか納品していない為、騎士団に融通するほどの余剰在庫はない。それで、直接私とポーションの取引交渉する為に、私の所を訪れるつもりだったらしい。
騎士様と一緒に通された冒険者ギルドの一室で、ポーションの取引について話し合う事になった。
ちょうど冒険者ギルドに納品する為のポーションを持って来ていた為、その鑑定現場に同席してもらい、ポーションの品質はその時に確認してもらった。
「ディードリヒ・アッセ・オクタゴンだ。デレクと呼んでくれて構わない。パイオン辺境伯騎士団に所属している。改めてよろしく頼む」
「リアです。魔法薬の調薬の資格は上級を持ってます。通常の調薬の資格も中級を持っているので、そちらも調合できます」
魔法薬の方が通常の薬より効果は高いが、通常薬の方が種類が圧倒的に多く、作用も複雑で用途も多岐に渡る為、資格の試験は通常薬の方が難易度が高い。
そして魔法薬の資格は特級以上、通常薬なら上級以上が、一部の大きな都市でしか資格試験を行っていない。
機会があれば、いつか取りに行こうと思いつつ、無くても困らないので結局行ってない。
「納品は月にこのくらい欲しいのだが、複数回に分けての納品でも構わない」
「結構多いですね……」
量としては、日頃サリューの冒険者ギルドに買い取ってもらってる量より五割くらい多い。つまりこれを請け負うと、今までの倍以上のポーションを作らなければいけなくなる。
やろうと思えばできなくもないけど。
「無理しなくていいぞ、リアは今でも結構な量うちに売ってくれてるからな」
交渉の席に同席している、サリューの冒険者ギルド長のケネルが口を開いた。
「うーん、ちょっと量は多いですが作れなくはないですね。作るだけなら問題ないのですが、素材の調達が天候と魔物次第になるので……あとは、辺境伯様の騎士団の元まで届けるとなるとその時間もかかりますね」
私の住んでいる魔の森や、このサリューの町が所属するパイオン辺境伯領は、サンパニア帝国の北西に位置し、西に魔の森、北にケイモーン山脈という、天然の防壁ともいえる国境を有している。
魔の森の西にはセルベッサ王国、ケイモーン山脈の北にはクリュスタッロス聖王国との国境の領土だが、深い森と高い山脈が防壁となり、隣国との戦は長い間起こっていない。
その代わり、魔の森とケイモーン山脈には、強力な魔物が多く、その魔物の襲撃の盾となっているのがパイオン辺境伯領であり、その主力がパイオン辺境伯騎士団である。
故に、ポーションの需要はとても高い地域である。
「ポーションの輸送は毎月指定の日にこちらが引き取りに行こう。素材に関しては、魔物系の素材であれば、騎士団で倒した物を持ち込む事もできる」
「あー、それだと助かりますね。それでしたら、素材を持ち込まれた分だけ割引します。材料さえあれば何とでもなるので。あとはポーションを入れる魔法瓶ですね、毎回この数用意するのは大変だし、使い捨てとなると結構な額になるので、こちらは使用済みの物を返却していただければ、その分安くできます」
ポーションを入れる瓶は、保存用に劣化防止の効果が付与されており、消耗品として使うには庶民の金銭感覚ではちょっともったいない。
壊さなければ再利用できるので、使用済みのポーション用の瓶は、冒険者ギルドや魔法薬屋などで買い取られ、浄化して再利用される。
「ではそれで頼もうか。ポーションの素材となる魔物とその部位を、リストにして貰えれば、それらが手に入った時は持って来るようにしよう」
「それでしたら、そちらで狩られる主だった魔物を教えて下さい、そこから必要な物をリストアップしていきます」
「おいおい、リア、材料があればまだ行けるなら、うちに売るポーション増やしてくれてもいいんだぜ?」
「えぇ……? それは構わないですけど……」
話し合いの結果、月に二回ほど冒険者ギルドで、パイオン辺境伯騎士団とポーションの取引をする事になった。
デレクさんは、最初は魔の森の私の自宅まで、ポーションを取りに来てくれると言っていたのだが、どうせ毎月サリューの冒険者ギルドにポーションを売りに来るので、冒険者ギルドの一室を借りて、まとめて取引すればいいという事になった。
パイオン辺境伯騎士団と同時に、今まで不定期に作った数だけ買い取ってもらっていたサリューの冒険者ギルドとも、定期的にポーションを納品する契約を結ぶ事になった。
ポーションの取引の契約を詰めて、調合に必要な素材と、騎士団と冒険者ギルドが融通出来る素材の擦り合わせまで終わらせると、時間は夕方になっていた。
ポーションの納品先が増えて忙しくなりそうだ。月に二回は確実にサリューの町に来る事になったので、その時カエルムに会う事があるかもしれない。
話し合いを終え、今日持って来たポーションを買い取ってもらった後、そんな事を考えながらデレクと一緒に、冒険者ギルドの受付ロビーに戻った。
「今日はありがとうございました、これからよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、デレクが爽やかな笑顔を浮かべた。よく見ると、カエルムとはまた別属性のイケメンね……。
「このまま俺が魔法薬の取引の担当になると思うので、またよろしく頼む。では、納品の時にまた会おう」
「はい、また。お気をつけてお帰りください」
握手を交わした後に、手を振ってデレクと別れた。
忙しくなりそうだけど、取引先増えたのはありがたいわ~。冒険者ギルド内で取引するから安心だし、デレクさんもいい人そうだしよかったわ。
金銭の出納の管理はちょっと苦手だから、問題はそっちね。騎士団と取引するなら、ちゃんと帳簿とか付けた方がいいのかしら? むしろ、帳簿とかどうすればいいのかしら……前世の子供の頃に、お小遣い帳を付けた事があるくらいだわ。
「……リア!」
名前を呼ぶ声に気付いて、我に返る。
振り返れば、久しぶりに見るキンピカのイケメンの姿が、目に飛び込んで来た。
「カエルム! 久しぶり!」
自分でもびっくりするくらい明るい声が出た。
「ああ、久しぶりだな」
対してカエルムの声は、ちょっと暗い気がする。何かあったのかしら?
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