第19話 カエルムの目標

「カエルム! 久しぶり!」

 

「ああ、久しぶりだな」


 久しぶりにカエルムに会えた嬉しさで、思わずテンションの高い声が出た私とは逆に、カエルムの声は暗くて低い。


 もしかして、会いたくなかったのかな……。


「さっきの一緒に居た男は知り合い?」

 カエルムの金色の瞳が揺れている。


 一緒にいた男と言うのは、デレクのことかしら。でもどうして、デレクの事が気になるのだろう。

 もしかして魔の森を抜けて、セルベッサ王国からサンパニア帝国に来たと言っていたから、騎士を見て追手と勘違いしたのだろうか?

 関所を通らず、魔の森経由で帝国に入るなら、それなりの理由があったはずだし、カエルムはどう見ても元は高い身分だったっぽい。それが、小さな町で一冒険者として、新たに出直してるとなると、身元を知られたくない事情があるに違いない。

 それで、普段小さな町に居ない騎士がいたら、警戒くらいするかもしれない。


「今日始めて会った人よ。ギルドの部屋を借りて魔法薬の商談してたの」

「商談?」

 カエルムがきょとんとした顔になり、その後表情が和らいだ。

 やっぱり騎士を警戒してたのかしら。

「ええ、ギルドにも定期的にポーションを納品する事になったし、忙しくなりそうだわ」

「そんなにたくさん作らないといけないのか?」

「ええ、今までの三倍弱くらいかしら? しばらく材料集めで走り回る事になりそう」


 冒険者ギルドとも正式に契約をして、ポーションを買い取ってもらう量も、今までより増える事になったので、騎士団分と合わせて、以前の三倍近くのポーションを作らないといけなくなってしまったので、思ったより忙しくなりそうだ。


「それより、あの……今日は夕飯一緒に行かない? 新しい取引先増えたし、ご馳走するわ!」

 せっかく会えたので勇気を出してカエルムを夕飯に誘ってみた。

「行く。でも今日は俺が出す。冒険者ランクも上がって収入も増えたし、今日は大きめの魔石も取れて余裕があるんだ」

 カエルムは、ニコリと微笑んで了承してくれた。






 よく魔物の肉を買い取ってもらっている、知り合いの定食屋さんに、二人でやって来た。カエルムを、サリューの町に送って来た日にも、立ち寄った定食屋だ。

 お店に入ると、顔馴染みの店主とその奥さんがニコニコと迎えてくれた。

「カエルム君にリアちゃんじゃないかい、いらっしゃい」



 案内された席に向かい合って座る。

 お手頃価格で、ボリュームのあるメニューも多く、味も悪くないこの店は、夕方の混雑時で賑わっていた。



「ポーション作りは大丈夫そうなのか?」

「やってみないとわからないわ。調合作業も大変だけど、材料を集めるのはもっと大変ね。次回からは騎士団もギルドも、材料になる素材があれば持ち込んでくれるって話だけど、初回は自力でなんとかしないといけないから、忙しくなりそうだわ。次回以降は持ち込みの素材の量と相談しながら、無理そうならちょっと量減らしてもらうつもりよ」

 料理が来るのを待ちながら、カエルムに今後のポーションの取引の話をした。


 書類の数字上だけ見て、なんとなくこれくらいならいけるかなと、思って引き受けたが、今になってちょっとこの量は多い気もして来ている。

 調合するという作業だけなら可能な数字だが、材料の確保はその日によって波があるし、天気によっては森に入れない日もある。

 それに、薬草の類は採りすぎてしまうと、次回の収穫量が減ってしまう。ポーションの素材は薬草だけではないが、薬草が一番身近で入手しやすい。薬草畑の面積を広げるにしても、今からだと収穫に漕ぎつけるのはまだ先だし、畑を広げる作業にも時間がかかる。


「もしよかったら、俺にも手伝わせてくれないか?」

「へ?」

「ランクが上がったら、毎日ギルドで依頼受けなくても、暮らせるようになったんだ。だから、五日に一回くらいはリアの手伝いに行ける」

 思いもよらないカエルムの申し出は嬉しいが、それだと彼の休みが無くなることになる。


「カエルムの休みが無くなっちゃわない?」

「んー? どうせ用事なかったら、結局何かしら依頼受けに行ってしまうからな。一日何もしないと、暇を持て余すからついギルド行って依頼見てしまうみたいな?」

 ちょこんと首をかしげならそんな事言ってるけど、ワーカーホリック気味なのでは?


「それなら手伝ってくれた分給金は出すわ」

 しかし、何だかんだでカエルムに会える機会が増えるのは嬉しいので、了承することにした。でもタダ働きは申し訳ないので、ちゃんと給金は出す。

「リアには世話になってるから、その借りを返したいから、給金は無くてもいいのだが」

「ダメよ! 前に手伝ってもらうならお給金払うって言ったでしょ? それにカエルムも余裕あると言っても、そこまででしょ? 冒険者はいつ怪我するかわからないから、貰える物は貰わないと。それにカエルムが手伝ってくれるなら、次回以降の納品の量を減らさなくてよくなると、その分儲けも多くなるから、ちゃんとお給料は払うわ」

「わかった、そういう事ならありがたく貰うことにするよ」



「はい、おまたせ!」

 カエルムと話していると、女将さんが料理を運んできて、テーブルの上に並べられる。

「リアちゃんがロック鳥の香草焼きとサラダで、カエルム君がブラウンボアのソテーでAセットであってるかい?」

「「はい」」

「カエルム君のはサービスで大盛りにしてあるよ、アンタ冒険者なのに細いからしっかり食べな」

「ありがとうございます」

「しっかり食べて、強くなってリアちゃんを守ってやっておくれよ」


「ゴフッ」


 女将さんの突然の発言に、水の入ったグラスに口に付けた状態で咽た。


「女将さん! 何を言ってるんですか!」

「だってそうじゃない? リアちゃんもいい年なんだから、いつまでも森に一人で住んでるのは危ないわ。ねぇ?」

 女将さんが、カエルムに同意を求めるように、頬に手を当て首をかしげた。


「いい年って、まだ十五ですよ!」

「十五って言ったら、もう結婚して子供だっている子もいる歳だよ。ねぇ?」

 だから、どうして、カエルムに同意求めるの!?!?!?

「確かに、森で若い女性が一人暮らしは、不安だな。ランクを上げて、魔の森の仕事を受けれるようになったら、時々リアの家に寄る事も出来るからな。早くランク上がるよう頑張るよ」

 カエルムが、ニッコリと微笑んだ。

「う、うん。その時はいつでも寄ってくれていいから」

 カエルムのキラキラの笑顔が眩し過ぎて、思わず目を逸らす。

「うんうん、やっぱり仲がいいのね? リアちゃんは今まで何度か、森で行き倒れた人を助けたのは知ってるけど、その後も関わって、こうして一緒に食事に来るなんて始めてじゃないかい?」

 女将さんよく見てるわね……。


 女将さんのいう通り、森で助けた人の中には、カエルムみたいに冒険者になったり、今でもサリューで暮らしてたりで、今でもたまに会う事がある人もいるが、挨拶をしてちょっと会話をするくらいで、あまり深く関わることはなかった。


「そうなのか?」

「え、えぇ……。カ、カエルムは……ほら、怪我が酷かったから、うちにいた期間が長かったからね……! それにその間色々手伝った貰ったし、カエルムより前の人はほとんど十日もうちに居なかったから……!」

「へぇ……」

 カエルムが妙にニコニコしているのが、とても心臓に悪い。イケメンスマイルは、喪女にはクリティカル率が高すぎる。


「あらあら、若いっていいわね。それじゃあ、ゆっくりして行ってね」

 女将さんはニコニコと上機嫌で戻って行ったが、私はとても恥ずかしくてカエルムを直視できない。


「リア」

「ひゃい」

 噛んだ。

 カエルムを方をおずおずと見ると、カエルムが真面目な顔をしてこちらを見ている。


「Dランクまで上がったら、森に行く依頼が増える。そうしたら、リアの家も寄るから」

「うん」


 カエルムが会いに来てくれるのは嬉しい。

 今までずっと一人で暮らして来て、カエルムと同じように行き倒れた人を助けた事もあったけど、また会いたいと思う事なんてなかったのに、どうしてだろう。

 カエルムと過ごした後から、一人でいる事が急に寂しく思うようになった。


「Dランクまで上がったら、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「ああ」

 お願いってなんだろう、と首をかしげる。


「Dランクまで上がった時に言うよ」


 何それ気になる!!!!!


「ええ、今じゃダメなの?」

「今でも問題はないけど、Dランクが俺なりの、一つの目標点なんだ」


 確かにDランクは、冒険者として一人前と言われるボーダーラインだ。Eランクまではいわゆる初心者ランクで、町の周辺の安全な仕事が多く、その反面収入もどうにか生活出来る程度だ。

 Dまで行けば、危険の伴う依頼は増えるものの、報酬も跳ね上がるので、冒険者を始めたばかりの者の最初の目標になる。


「まだまだ、自力で学ばないといけない事がたくさんあるから。とにかくDまでは頑張るつもりだ」

 拾った直後は、お坊ちゃん風で少し頼りなさげだったが、今でも相変わらず貴公子染みたイケメンではあるが、以前より精悍さを感じる顔つきになっている事に気付いて、胸が跳ねた。



「うん、じゃあDランクなるの応援して待ってるね」

「ああ」





 なんとなく、この人はDで止まらず、もっともっと上のランクまで、上り詰めてそうだなと思った。


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