第16話 魔女の憂鬱

「はーーーーーーーーーーー……」


 今日、何度目かわからない溜息をついた。

 憂鬱な気持ちを紛らわすために、ゴリゴリと無心に薬草をすり潰す。

 しとしとと降る雨が、余計に気分を下降気味にさせる。


「はーーーーーーーーーーー……」


 再び長い溜息が漏れた。


「ええい! 溜息ばかり鬱陶しいぞ!」

 調合部屋のテーブルの上に置いてあるクッキーを、つついていたナベリウスが、苛立った声を上げた。

「雨が降ってるから、どうしても気持ちが沈むのよ」

 はーーーー、低気圧のせいだわ……そうよ低気圧のせいで、気持ちも沈んでるんだわ。


「お前の溜息は、あの小僧が出て行ってからずっとだろう!」

「そ、そんなことは……!」

 ゴリゴリと薬草をすり潰す手に力が入る。

「薬草すり潰しすぎてポーションだらけになっているではないか!! いい加減に町に売りに行け!」

「だってぇ……こないだ行ったばっかりだし? 前は一ヵ月間空けたのに、今回は半月ってちょっとおかしくない?」

「おかしいのはお前だ! だいたい、いつもは半月に一回程度は町に行っていただろう」

「え? そうだっけ? でも、こないだカエルム送って町にいったばっかりだよ? それなのに、もう町に行ったら、カエルムに会いに行ったみたいじゃない?」

「事実、あの小僧に会いに行きたいのだろう?」

「ま……まぁ……会いたくないことはないわ。でも、こんなにすぐに会いに行ったらおかしいでしょ? それに特に会いに行く用事もないし、ポーション売りに行くついでに、偶然装って会いにいくとか白々しいし、そんなの鬱陶しい女じゃない」

「今でも十分に鬱陶しいわ」



 カエルムがこの家を去って半月が過ぎていた。

 また会う約束はしたが、ひと月の間で、すっかり他の人がいる暮らしに慣れてしまい、一人(と一匹)での暮らしに戻ると、なんだか急に寂しさを感じた。


 ポーションを町に売りに行けば、カエルムと会えるかもしれないと、大急ぎで大量のポーションを作ったが、そこで我に返り、カエルムに会いたいが為に、短期間でポーションを売りに行くのは、なんだかストーカー染みてないだろうかと気づいた。

 何かと理由を見つけて町に向かいたくなる気持ちをごまかしながら、ひたすら調薬作業に専念して半月がすぎた。

 気づけば、いつもの倍以上のポーションを作ってしまっていた。




「はーーーーーーーー……」

 用意した材料分のポーションを作り上げ、大きくため息をついて、作業台の上に突っ伏した。

 

 カエルムがここを出て半月か……そろそろ町に行っても不自然じゃないよね?


「あの小僧に戻って来てほしいのか?」

「……」

「お前が望めば呼び戻してやろう。望むなら、再びここで共に住むように仕向けようぞ」

「……」


 ナベリウスならカエルムを"物理的"に呼び戻す事は簡単だろう。しかしその後、彼がここに再び留まるかは彼の意思による。

 いや、ナベリウスならそうなるよう、精神に作用する魔法も使いかねない。むしろ、そんなもの使わなくても言葉巧みに、カエルムをここに誘導しそうだ。

 そこに、カエルムの意思があるかなど関係なく。


「必要ないわ、彼はまた会いに来てくれると言った」

「人間は嘘をつく生き物だ」

「そうね、でもカエルムなら信じようと思うの」

「人間に裏切られたお前が? たったひと月を共に過ごしただけの者を?」

「ええ、私が勝手に信じただけだから、カエルムは悪くないわ、信じた私が悪いだけ」

 とは言ってみたものの、やはりあのままカエルムが、どこかへ遠く行ってしまっているかもしれないと、不安になる。 


「はーーーーーーーーーー」

 会いたいなぁ……。



「ええい! 鬱陶しい! 雨は明日には上がる。そうしたら、明日は町へ行け!」

「ええー……、町に行って何て言って会うのよー、それに昼間は、ギルドの依頼でどこか出てるかもしれないでしょ?」

「ならば、戻って来るまで待っていればいいだろう?」

「待ってても変じゃない?」

「今のお前の様子の方が、よっぽどか変だ!」

「そんなぁ……」

「いいか、明日は必ず町へ行け! 行ってあの小僧に会って来い」

「はぁい」


 ナベリウスに押し切られるように、明日のサリューの町行きが決まり、カエルムに会えるかもしれないという期待と、どういう理由と付けて会いに行くべきかという悩みを抱えながら、明日持って行く売り物の準備に取り掛かった。












 翌朝。

 いつもより丁寧に身支度を整え、ナベリウスと共に朝食を済ませた。


「変なとこない? 服汚れてないよね?」

「変なのはお前の頭の中身くらいだ」

 このカラスひどい。


「……やっぱり、明日じゃダメ?」

「往生際が悪いぞ! そう言って、明日になればまた引き延ばすだろう!?」

 勘のいいカラスめ。


「はー……わかったわよ、行ってくるわよ」

 よいしょっと、荷物の入ったリュックを背負い町へと歩き出した。

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