第12話 サリューの町

「明日は町に行く予定よ。うちから一番近い、サリューと言う町に行くつもりよ」



 本当はもっと早く町に行く予定だったのが、なかなか踏ん切りがつかず先延ばしにして、気づけばカエルムと出会って一ヵ月近くが過ぎていた。

 森では手に入らない物の買い出しもしなければいけないし、作った薬やポーションも買い取って貰わないと溜まる一方だ。


 それにカエルムの怪我はすっかり癒え、ここに引き留める理由はない。



 町に行く――つまり決別の時だ。



「そうか。では、俺も一緒に町に行って、仕事を探すことにしよう。リアには随分世話になった」

 出て行けとは言う事はないが、引き留める事も出来ない。心の底で、もうしばらくここに居ると、言ってくれないかという期待はあった。


「サリューは小さな町だけど、魔の森が近いから、冒険者ギルドもあって、仕事もあると思うわ」

「いつまでも、リアの世話になるわけにはいかないからな。ちゃんと独り立ち出来たら、必ず迎えに来るから」


「え……?」


 カエルムの金色の瞳と目が合って、心臓が跳ねた。


「約束したろ? 海に連れて行くって? ユビキリゲンマン?だっけ?」

 カエルムが微笑みながら、スッと小指立てて、手を差し出す。



「リアが嫌じゃなければ、一緒に行こう」



 その笑顔に心拍数が上がる。イケメンの笑顔の破壊力やばい。


 そして、ここを出て行っても、また会いに来きてくれるのだと思うと、嬉し涙が出そうになる。今まで、助けた人を送り出した時は、こんな気持ちになった事はなかったのに。


「嫌じゃない」


 そっとカエルムの小指に自分の小指を絡める。

「じゃあ約束、嘘ついたら針千本飲ます……だっけ?」

「ええ、嘘ついたら針千本よ」


 二人でクスクスと笑って、絡めた小指を離した。





 彼がこの家を去る寂しさと同時に、いつかまた会えるという期待と嬉しさで、目の奥が熱くなるのを、グッと堪えた。 
















 サリューの町。

 魔の森の中にある自宅から一番近い町で、森では手に入らない物の買い出しや、作った薬やポーション、時には魔物から得た素材などを売りに来ている。


 魔の森に住むようになって以来、時々来ているので、顔見知りになった人も多く、幼い頃からお世話になっているので、町の人達の中には私の事を"小さな魔女さん"と呼ぶ人もいる。


 町に通い始めた頃はまだ小さい子供だったから、それでも良かったけど、今はも十五歳―この世界では大人扱いで、女性なら結婚しててもおかしくないので、"小さな"はそろそろやめて欲しい。身長はちょっと小さいけど、もう大人って言われる年齢なんですよ!


 "小さな魔女さん"と言われるのも恥ずかしいけど、薬を買い取って貰ってる町の薬屋さんや、前世の記憶にある料理のレシピを教えた料理屋さんが、私に似た魔女の絵の描いてある看板を使いはじめたせいで、他の顔見知りのお店も真似し始めて、町の所々に三つ編みおさげ髪の魔女の絵柄の看板のお店があるのは、恥ずかしすぎるのでホント勘弁してほしい。







 カランカラン。


 ドアベルの音をさせながら、得意先の薬屋へと足を踏み入れた。


「いらっしゃい。おや、小さな魔女さんじゃないかい? 久しぶりじゃないか」

「こんにちは、すみません、ちょっと間が空いちゃいました」


 店に入ると、顔馴染みの店主のおじさんが、笑顔で迎えてくれた。


「おや? 今日は一人じゃないのかい?」

 カエルムに町を案内するついでに、得意先回りと買い物に付き合って貰っている。


「彼、森で行き倒れてたの。元気になったから、町の案内に来たのよ」

「へー、また拾ったのかい。よかったな兄ちゃん、魔女さんに拾われて」

 店の主人が人懐っこい顔で、カエルム声を掛けた。


「ええ、おかげで命拾いしましたよ。"また"と言う事は、俺以外にも彼女に助けられた人が?」

 カエルムもそれに、キラキライケメンスマイルで返す。


「前回はいつだったっけかな? 忘れちまったけど、以前にも兄ちゃんみたいに、魔女さんに拾われた奴が、何人かいるよ。中にはこの町で暮らしてる奴もいるよ」

「へぇ……」


 薬屋のおじさんのいう通り、以前にも何度か森で行き倒れてた人を助けて、このサリューの町まで連れて来た事がある。

 この町にそのまま住みついたり、この町の冒険者ギルドを拠点に生活するようになった人もいて、今でも時々町で会う事がある。



「おじさん、これ今回持って来た薬ね」

 薬屋のおじさんとカエルムが話してる間に、でっかい鞄に詰めて持って来た薬を、カウンターに並べた。


「お、いつも助かるよ。魔女さんの薬は、よく効くって人気あるからな」

「ふふ、そう言ってもらえると作り甲斐があります。今日はいつもの風邪薬と熱冷ましと、食中りの薬と……こっちが打撲とか捻挫用の軟膏で、子供向けのシロップ状の風邪薬です。あと、そろそろ暑い季節なので、塩飴も作ってきました。それから薬草茶ですね、ニュリーが旬なのでニュリーを乾燥させた茶葉で、覚醒作用があるのでモーニングティ向けで、二日酔いにも効きます。こっちはウルルスの花で作ったリラックス効果のあるポプリです、虫よけ効果もあるので、寝所に置いておくといいと思います。効果と副作用まとめたメモ付けてるので、お買い上げの方に説明してあげて下さい」

 薬毎に、注意書きをしたメモを添えて、店主に説明をする。


「はいよ、それじゃあ代金計算するから、ちょっと待ってな」

「お願いします」











「次は、あっちの定食屋さんよ」


 薬屋で用意した薬を買い取って貰ったので、次はお世話になっている定食屋さんに、自分だけでは消費しきれない、魔物の肉を加工した物を買い取ってもらいに行く。


「なるほど、そうやって現金を得るのか」

「ええ。個人商店で買い取りをしてもらうには、信用が必要だけど、冒険者ギルドや大きな商店で買い取りの看板が出てる所は、誰でも持ち込めば、審査して買い取ってもらえるわ」

「ふむ、じゃあもし俺が何かを売りに行く時は、冒険者ギルドになるのかな?」

「そうね、冒険者ギルドならひどく買い叩かれる事はないはずだし、鑑定士の人もいるから間違いないわ」

「わかった。冒険者ギルドには登録するつもりだったから、後で案内してもらえるかな?」


 冒険者ギルドに登録すれば、ギルドカードを発行してくれるので、手っ取り早く身分証明書を手に入れる事ができる。カエルムのように国境を越えて来て、身分証明書のない者にはありがたい機関だ。


 ただし、登録直後の低ランクのうちは、信用度も低い為、あまり価値はない。ギルドの仕事をこなして、ランクを上げて信用を得る事によって、身分証としての価値が上がっていくのだ。


「ええ。冒険者ギルドには後で行く予定よ。この町ではポーションの買い取りが、冒険者ギルドしかないの」


 サンパニア帝国では魔法薬ことポーションの売買には、専用の免許が必要なので、サリュくらいの規模の小さな町には、ポーションを取り扱う店がない事が多い。

 サリューの場合、魔の森が近い為に冒険者ギルドの支部があり、そこでポーションを取り扱ってる。



「そういえば、サンパニアは魔法薬の取り扱いが、セルベッサに比べて厳しかったな」

 カエルムが何かを思い出したのが、難しい顔をした。


「品質を保証する為に買取時の鑑定で、一定以上の品質じゃないと買い取ってもらえないの。買い取り口に専門の鑑定士がいるから、作り手の方には特に資格は必要ないけど、調薬系の資格を取った方が買い取り価格が上がるから、ポーション売りで生計立てるなら資格は取った方がいいわ。冒険者ギルドに申請すれば、資格試験を受けれるようになってるわ」


「俺でも取れるだろうか?」

「カエルムは調合と薬草の基礎知識もあるし、私の手伝いしてくれた時の手際の良さと魔力量考えたら、初級は簡単に取れると思うわ。後は実物作ってみないと解らないけど、たぶん中級くらいなら取れるんじゃないかしら?」

 そう言うと、カエルムはパッと顔を輝かせた。


「そうか! それなら取っておきたいな」


 うちにで手伝ってくれてた時も、ポーション作りなんだか楽しそうだったし、もしかして調薬作業に興味あるのかしら? そうよね、学園で習ったとか言ってたから、興味なかったら学ばないわよね?


「でも、やはり冒険者としてランクを上げて、生活の基盤を確保するのが先だな」


 これから先の事を想うような表情を浮かべるカエルムは、なんだか楽しそうでキラキラして見えた。


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