第13話 冒険者ギルド

「ここが冒険者ギルドよ」


 薬屋を出たあと、定食屋に立ち寄り、先日倒した猪の魔物肉を燻製にした物を買い取ってもらった。

 そのまま、その定食屋で昼食を済ませた後、冒険者ギルドへとやって来た。


「こんにちはー、ポーションの買い取りお願いしたいのですが? あと、こっちの彼の冒険者登録もお願いします」

 カエルムを連れて、冒険者ギルドのカウンターで、受付のお姉さんに話かけた。昼を過ぎたばかりの冒険者ギルドの受付は、人が疎らだ。


「リアさん、こんにちは、久しぶりですねー。ポーションの買い取りですね。では、いつものように奥の部屋に案内します。そちらの彼の登録も奥でやりましょうか?」

「はい、そうして貰えると助かります」


 いつも受付にいるお姉さんは、私が町に来るようになった頃からずっといる受付嬢で、私が収納用の魔道具を持っている事も知っているので、ポーションの取引の時はいつも奥の個室に通して貰える。そのおかげで、ポーションをたくさん持って来る事が出来て、買い取り額も結構いい額になる。

 そして、時折森で行き倒れの人を保護して、冒険者ギルドに連れて来ることもあるので、カエルムの事も察してくれたようだ。








 案内された奥の部屋で、作って来たポーションを収納用の魔道具から取り出し、品質を鑑定してもらっていた。

 ポーションの鑑定は、品質や効果を見抜く事が出来る"鑑定"のスキルを持っている人がやってくれる。各種ギルドや大きな商店には、この鑑定スキルを持った人が、だいたい常駐している。



 ひと月近く町に来ていなかったので、今回はいつもより多くポーションを持ち込んでいた。その為、鑑定に時間がかかっていた。

 鑑定作業を眺めていると、コンコンとノック音がして、一人の大男が部屋に入って来た。


「よお、リア、久しぶりだな? 元気にしてるか?」

「こんにちは、ケネルさん、御無沙汰してます」


 二メートル近い身長で、横幅も厚みもある筋骨隆々の大男は、ケネルという名でこの町の冒険者ギルドの長だ。

 私がこの町の冒険者ギルドに、ポーションを買い取ってもらうようになった当初から、お世話になっている人だ。知り合った当初は、副ギルド長だったが、今ではギルド長だ。


 幼い頃からお世話になっていて、森からあまり出た事が無く、世間に疎い私に、あれやこれやと一般常識や自衛の知識を教えてくれた人だ。

 私が森で魔女のオウルに保護されて暮らしていたことも、今は一人で暮らしていることも、そして収納用の魔道具を所持している事も知っている。

 近所の世話好きのおじさんって感じの人だけど、実はギルド長でありながら、自身も高ランクの冒険者らしい。


「おう、やっとポーション持って来てくれたか。あまりに姿見ないから、何かあったのかと心配で、家まで様子見に行こかと、思い始めてたとこだったぞ」

「あら、それはすみません」

「いやいや、俺が勝手に心配してただけだしな。それで、森で保護したってやつは、この坊主か?」

 ケネルがカエルムの顔を見て、ニカっと笑った。


「うちのギルドは万年人手不足だ。真面目に依頼をこなしてくれる奴が、登録してくれるなら誰でも大歓迎だ」

「カエルムと言います。仕事を探してるので、すぐにでも登録したい」

「よっし、じゃあこの登録用の魔道具で、お前さんの情報を登録する」

 ケネルが持って来ていた、ギルド登録用の魔道具を、テーブルの上にドンと置いた。

「わかった」



 冒険者ギルドは基本的に、来るものを拒まない。


 最低限の意思疎通ができる程度のコミニュケーション能力があれば、国籍も身分も経歴も、種族さえも関係なく誰でも登録が出来る。登録料もさほど高くなく、登録の際に身分証や後見人も必要なく、冒険者ギルドの発行するギルドカードは身分証にもなる。


 理由が有って身分を捨てた者、他国から亡命して来た者、元々身分を証明する物を持ってない者などが、ゼロからスタートする事が出来る機関だ。中には犯罪を犯し、生き辛くなった者が過去を隠す為に登録する事もある。

 また、子供でも登録出来るので、親のいない孤児達の受け皿にもなっている。


 誰でも登録できるが、冒険者ギルドにはランクが存在し、登録直後は最低ランクで、そのままだと身分証としての価値はほとんどない。ギルドが斡旋する仕事をこなす事で、ランクがあがり、信用度も上がっていく。


 ランクがそのまま信用度になる為、ランクが上がれば上がるほど、ランクアップには実力だけでなく、人柄や日ごろの行いが考慮されるようになる。


 身分証が無ければ、大きな町に入る時に拒否される事や、高額の税金を取られる事が多い。ランクが低くても、冒険者ギルドのギルドカードがあれば、町に入る際の税金は多少でも安くなるし、ランクが上がれば更に軽減されるので、冒険者ギルドに登録するメリットは大きい。


 冒険者ギルドの仕事はランクによって振り分けられ、基本的に高ランクになるほど、難易度も報酬も高くなっていく。

 また、子供や戦闘能力の低い者でも登録出来る為、そういった者でも請け負える、町の中でのお使いや雑用、町周辺での素材採取なとの安全な仕事もある。それらは低ランクの依頼の事が多く、報酬も低いが、安全に日銭が稼ぐ事ができる。


 ギルドに登録直後は皆、そういったランクの低い依頼をコツコツと消化して、規定の数の依頼を成功させ、上のランクに上がる為の試験を受けて、冒険者としてのランクを上げ、冒険者としての信用を得て行く事になる。


 戦闘能力が足りないと、ランクが上がらないシステムなので、実力が足りてない危険な仕事を受けるような事態はあまりないが、不慮の事故や不測の事態は付き物なので、ギルドの依頼は絶対に安全とは言えず、魔物の出る町の外での仕事には、必ず命の危機はついて回る。







「よし、じゃあのこのカードに、血を一滴垂らしたら、それで本人登録されて、登録完了だ」


 登録用の魔道具での、情報登録が終わり、その情報が登録されたカード状の魔道具が、カエルムの前に差し出された。

 カエルムはケネルから渡された針で、指先を刺して、ぷっくりと出て来た血を、そのカード状の魔道具に垂らした。カエルムの血が、カードの上に落ちると、キラリとカードが一瞬輝いた。


「これがお前さんのギルドカードだ。このカードは、冒険者ギルドに登録されてる、お前さんの情報とリンクしていて、先ほど血液で本人登録したので、登録した本人以外は使えない。このカードは冒険者ギルドのどこの支部でも、共通して使えるから無くさないようにな。もし無くしたら、再発行に高い手数料がかかるから気を付けろよ」

「わかった」

 ケネルからギルドカードを受け取りながら、カエルムが頷いた。


「ランクが上がれば、ギルドの色々なサービスを使えるようになる。例えば、金を預かってどこの支店でも引き出す事が出来る。他にも荷物や手紙の預かりも出来る。それと、もしお前さんの素行が悪かったり、依頼の失敗が多い場合はその情報も登録されて、ペナルティを課せられる事もあるので、気を付けるように。とはいっても、わざと他人に迷惑かけるような事をしなければ、そうそうペナルティになるようなことはないさ。まぁ、無理はしないように、命を大事に、上のランクを目指して頑張ってくれ」





「リアさんのポーションの精算も終わりましたよ。ギルドの口座に入れておきますか?」

 カエルムの登録が終了したタイミングで、鑑定士のおじさんに明細を渡された。


「半分は私の口座に入れておいて下さい。残り半分は、現金でカエルムに渡してください」

「え? 俺?」

 私の言葉にカエルムが首を傾げた。


「今回の調合は……調合以外にも色々とカエルムにかなり手伝って貰ったので、これはそのお給金よ。半分はカエルムが受け取ってちょうだい。冒険者やるにしても、装備も整えないといけないし、最初はお金が必要でしょ?」

「そういうことなら、有り難く貰うよ」


「お前さん調薬もできるのかい?」

 私達の会話を聞いて、ケネルがカエルムに尋ねた。


「元々少し知識があったので、リアの所で世話になってる間に、少し手伝ってました」

「そういう事なら、ポーション持ってくれば買い取るぜ。何せ魔の森が近いせいで、ポーションの需要が多いからな。何なら調薬の資格も初級ならすぐ取れるから、取ってしまえば買取価格があがるぞ」

「カエルムならきっと中級もいけると思うわ」

「なんと、リアがそう言うならたいしたもんだな。初級から順に受けて貰う事になるが、試験受けたくなったら言ってくれ」

「なら出来るだけ早いうちに頼みます」

「それなら、明日にもで出来るがどうだ?」


 二人の会話を聞きながら、この様子だとカエルムが冒険者ギルドで、上手くやっていけそうな感じで安心した。








 冒険者ギルドでの用事を終えた後は、カエルムが冒険者として活動する為の、物資の買い出しに付き合いながら、サリューの町を案内することになった。

 先程、冒険者ギルドでポーションを買い取ってもらった時に渡したお金で、物資を揃えてもしばらく町の宿屋で生活するくらいの余裕はあるだろう。


 無駄に、長い間カエルムを、魔の森の家に引き留めていたわけではない。

 家にいる間、ポーション作りを手伝って貰う事によって、給金としてお金を渡せば、職を見つけるまでの生活には困らないだろうと思った。それに給金と言えば、カエルムも遠慮なく受け取ってくれるだろう。


 正規のポーションの買い取り価格は、結構いい値段だ。それがあれば、冒険者として活動する為の、初期投資にも足りるだろう。

 今は、オウルのおさがりのローブと、行き倒れてた時に来ていた服を修理した物を着ているカエルムだが、冒険者をするならきちんとした武器や防具が必要となって来る。

 元々持っていた物は、森で川を越えた辺りで落してしまったらしく、持ち物が来ている服しかない状態だ。



「カエルムの髪の毛も目もすごく綺麗だから、ちょっと目立つわね……」

「ああ、やっぱり目立つか?」


 平民にも金髪はいるが、金目は見たことがない。しかも、見るからにサラサラの髪質で、肌もあまり日焼けしてなく白いので、いいとこのお坊ちゃんオーラが半端ない。


「うん。あんまり目立つと、良くない人も目を付けられるかもしれないから、フードを被るかバンダナとゴーグルとかで少し隠す方がいいわね」


 冒険者ギルドに規律があるとはいえ、冒険者という職業柄、気性の激しい人も少なくない。目立ちすぎると、意味なく絡まれる可能性もある。

 私の銀髪も目立つ方なので、町に行く時はいつも三つ編みをして、バンダナを着けている。


「フードはこの季節暑いし、逆に目立ちそうだから、装備と一緒に、ゴーグルとバンダナも買う事にするよ」

「そうね、ゴーグルだと目の保護にもなるしね。冒険者向けの装備屋さんがあるから案内するわ」

「ああ、よろしく頼むよ」


 あれこれと、色々な店を二人で見て回るのは、とても楽しかった。楽しい時間は過ぎるのも早く、必要な物をだいたい買い揃え終わった頃には、西の空が茜色になり始めていた。

 



 一通り買い物が終わり、サリューで生活する上で、よく利用しそうな場所も見て回ったので、カエルムを冒険者向けの宿屋に案内する。その宿屋の主人とは知り合いなので、冒険者の常宿としての質も値段も安心だ。


 そして、宿屋に到着すると、そこでカエルムとはお別れだ。


 カエルムはサリューの町で冒険者をするとというので、会おうと思えばすぐに会えるのは分かっているが、なんとなく寂しい気持ちになる。たった一ヵ月ほど一緒に暮らしただけだが、かなり情が湧いてしまったようだ。


「何から何までありがとう、おかげでなんとか生活できそうな目途が立ったよ」

 カエルムが穏やかな笑顔を浮かべた。


「どういたしまして」


 何か言葉を掛けたいが、思いつかない。前世からのコミュ力の低さと、今世の引き籠り生活で、他人に気の利いた言葉を掛けるスキルが非常に低い、自分が悔やまれる。


「時々、会いに行っていいかな?」

「え……ええ! もちろんよ」

 カエルムの言葉に、思った以上に明るい返事が出た。


「はやく、冒険者としての生活に慣れて、会いに行くから」

「ええ。ふふ……その時はまた調薬の手伝いしてもらうかしら? あ、ちゃんとお給金も出すからね」

「俺もまだまだリアから学びたいことあるから、それは助かるな」


 名残惜しくて他愛のない会話を続けたくなるが、そろそろ戻らないと日も傾いている。

「あまり引き留めてしまうと、帰り道が暗くなって危なくなるな」

「ううん、慣れてるから大丈夫よ。でもそろそろ帰らなきゃ、ナベちゃんに夕飯の催促されちゃうわ」

 クスクスと笑って別れの言葉を告げる。


「じゃあ、またね。カエルムの新しい門出の成功を祈るわ」

「ありがとう」


 スッとカエルムが右手の小指を差し出した。

 それに自分の小指を絡める。


「また会おう」

「ええ、約束ね」




 お互い笑顔で小指を離し別れた。

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