第11話 ユビキリゲンマン
「も、もう何があっても驚かないぞ!」
猪の魔物の死体を、収納用の魔道具で片付けた後の、カエルムの言葉である。
「それ空間魔法の魔道具だよな? 空間魔法ってものすごく稀少で、その空間魔法が付与されてる魔道具なんて、その辺の下級貴族の屋敷よりも高いんだぞ? そんなん持ってる事知られたら、力尽くで奪おうとする奴もいるから、絶対人前で使ったらだめだ! いいね? というかよく今まで無事だったな……」
プリプリとすごい勢いで、お説教をされてしまった。
そっかー、空間魔法って珍しいのかー、なかなか上手く使えなくてもう何年も研究中なんだよねー? なんて言いだしづらい。
というか、家の中にも空間魔法が掛けてある、魔道具何個かあるはずなんだけど……。作ったのはほとんどオウルだけど。
収納用の魔道具は、町の冒険者ギルドにはじめて魔物の肉を売りに行った時に使って、今のカエルムと同じように、冒険者ギルドのギルド長のおじさんにお説教されて以来、人前では使わないようにしてる。
「君がすごい魔法使いなのはよくわかった。それが無自覚なのもよくわかった。君には世間一般レベルの魔法と、君の魔法のレベルの差を理解してもらうべきなのも、よ~くわかった」
少し気になる事があり、そっちに気を取られていた為、カエルムのお説教が、右から左へと耳を通り抜けていった。
「嫌な予感がするわね」
猪系の魔物は、食欲が旺盛で畑や備蓄食料を食い荒らしたり、その為に囲いや建物を破壊したりすることはあるが、基本的に自ら人間に襲いかかって来る種の魔物でない。
繁殖期で気が立ってる時期でもなく、こちから手を出したわけでもない、むしろ襲って来たというか、爆走して来た猪の魔物のルート上に私達がいた感じだ。
この魔物が、進行方向に人間がいる事にも構わず、爆走する理由が何かあった可能性がある。
「どうした?」
ポツリと漏れてしまった独り言に、カエルムが怪訝な顔をした。
「さっきの魔物は、自らすすんで人間を襲うような魔物じゃないの。何かから一直線に逃げて来たのだとしたら……」
疑問を口にした時、ピリピリとした魔力を地面の下から感じた。
「カエルム!!」
「え?」
とっさに魔力で身体を強化して、有無を言わさずカエルムを横抱きにして、その場から跳んで離れた。
直後、今までいた場所の地面が、ボコリと盛り上がり、そこから無数の触手の塊のような、気持ち悪い魔物が現れた。
ローパーという種類の、麻痺毒を分泌する触手で獲物を捕食する魔物だ。普段は見えないが、触手の付け根に鋭い歯が無数に生えた大きな口があり、そこから獲物を食べる。その、食事風景はとてもグロい。
間違っても、こいつだけには捕まりたくない類の魔物である。
ローバー系の魔物は、近づかれるまで気配に気づきにくく、奇襲されやすい危険な魔物だ。強さも、猪の魔物など少し大きめの魔物すら、餌として捕食するほどの強さだ。
しかし、森の奥の方に生息してる魔物なので、森の浅い部分で遭遇することはあまりない。あまりないだけで、獲物を追って森の浅い位置まで来た個体と遭遇することもある。
ともあれ、こんな気持ち悪くて危険な魔物を、自分の生活拠点の付近に野放しにはしたくない。
「すぐに片付けるわ!《風刃》!!」
ウネウネと動く触手は、ローパーのメイン武器で、本体は鈍重な動きだが触手の動きは素早い。なので、まず触手を風魔法作り出した無数の風の刃で切り落として、胴体部を剥き出しにさせる。
ローパーは生命力も高く、触手を切り落としたくらいでは、ほとんどダメージはない上に、触手はすぐに再生してしまう。
火に弱いので燃やしてしまえば早いのだが、森の中で火を使うのは危険なので、他の属性の魔法で対処しなければならない。
「《氷結》」
「《加圧》」
水魔法の上位魔法、氷魔法で胴体だけになっているローパーを丸ごと凍らせて、風魔法で凍っているローパーに圧力を掛けた。
パァン!!
凍っているローパーにヒビが入って、そのまま砕け散り、その破片がキラキラと地面に落ちる。
「《分解》」
凍って砕け散ったローパーの破片を、土魔法で分解して土へと還す。これでローパーは、この辺りの薬草の肥料になって、めでたしめでたし!
魔法とはイメージである。
突き詰めれば発動に言葉も必要なくなる、しかし言葉には魔力が乗り、力となる。
強い意思の乗った言葉には、それだけの力があり、また言葉を使う事で、イメージの具現化も楽になる。
前世の記憶がある私には、前世で学んだ知識があり、それが魔力を具現化して魔法として発動させる幅を、広げてくれている。
「もう大丈夫よ、こんなとこにローパーがいるなんてびっくりしたわ」
魔力による身体強化を解除して、カエルムを地面に降ろした。
「…………三回目」
カエルムが俯いて何かを呟いた。
「え?」
「何でもない! くそ! 絶対強くなるからな!」
頬を紅潮させながらカエルムは、強い意思の籠った視線を、キッとこちら向けた。
「午後からは、薬草を調薬をする予定だったけど、新鮮な猪の魔物が手に入ったので、予定を変更して魔物の解体をやりまーす!」
「魔物の解体」
「さっさと捌いて、おかずになって貰いましょう!」
「おかず」
薬草採りのついでに手に入った猪の魔物が、庭先のブラーンと木に吊り下げられている。
倒す時に首を落としたので、帰ったらすぐに木にぶら下げて、血を抜いていおいた。
ぶら下がっている猪の魔物を見るカエルムの眼は、若干死んでいる。
「魔物の解体の経験は?」
「ない!!」
やけくそ感のある元気のいい返事が帰って来た。
「というわけで、この猪ちゃん捌くけど、無理に付き合わなくていいわよ?」
「いや、やる! 覚える!」
と、鬼気迫る形相で解体に挑んだカエルムだが、終わる頃には青白い顔でぐったりしていた。
これは、普通の反応だと思うし、始めての解体作業にはちょっと大きすぎる獲物だったかもしれない。私もオウルに始めて魔物の解体を教わった時は、小型の魔物だったにもかかわらず、途中で卒倒してしまった。
カエルムは最後まで付き合ってくれて、途中からは実際に手伝ってくれた。
「今日の夕飯は肉は食べる気が起きそうにないな……」
ローブに付いた魔物の血を、せっせと浄化の魔法で落してるけど、完全に目が死んでいる。
「じゃあ、夕飯は魚にする?」
「そうして貰えると嬉しい……。リアはこれをいつもやってるのか……」
「ええ、そのままじゃ食べれないからね」
「リアの事だから、魔法か魔道具で何とかするのかと思ってたよ」
「そんな便利な物あったら欲しいわね」
魔法は便利だけど、万能ではない。まとめて分解して土に還す事は出来るけど、細かく部位に分けて解体する魔法なんて思いつかない。
そういう魔道具は、もしかすると存在するのかもしれないが、あいにくそんな便利な物はうちにはないし、そのような複雑な事が出来る魔道具なんて私には作れそうもない。
「だか、これを覚えれば、魔物を倒せさえしたら、飢えずに済みそうだ。また一つ出来る事が増えた、ありがとう、リア」
少しげっそりとした表情ながら、笑顔でお礼を言われて、何だか照れ臭くなる。
「どういたしまして」
翌日から、カエルムは私より早く起きて、朝の農作業の前に、どこからか拾って来た長い木の棒を、素振りするようになった。おそらく、剣の鍛錬なのだろう。
朝靄の中、真剣な表情で木の棒を振る姿は、何か強い意思を秘めてるいるのが感じられ、見ているだけなのに何だが胸がドキドキした。
それからというもの、カエルムは積極的に薬作りや薬草採り、魔物の解体を手伝ってくれた。
そして、魔法についてもお互いの知識を交換することが増えた。
オウルに基礎を教えられ、あとは何となくの感覚で使っていた私と、魔法を理論から学んでいるカエルムと、お互い知らない事を教え合うのはとても楽しくて、充実感があった。
森の外の事もたくさん教えて貰った。
近くの事だからと、サンパニア帝国とセルベッサ王国の、地理や政治情勢や商業の事を中心に、教えてくれた。
魔の森の中央を流れる川を南に下れば、海に面した大きな交易都市があると聞いて、この世界に来てからは、海を見たことが無かったのを思い出した。
「いつか、俺がリアを海に連れて行ってあげるよ」
「え?」
「嫌?」
地面に木の棒で描いた大雑把な地図で、海を指しながら、カエルムが笑顔で言った。
森の外に出るのは、やっぱり怖い。
知らない場所に、一人で置いて行かれないかという不安。カエルムはそんな人物ではないと思っているが、私はカエルムの事を何も知らない。
それでも、カエルムとなら、知らない場所に、一緒に行ってみたいと思った。
「嫌じゃない」
カエルムの、キラキラとした瞳と笑顔が眩しくて、思わず目を反らす。
「約束だな。必ず連れていくから、いつになっても。それに海沿いの町には、海でしか捕れない食べ物もいっぱいある。リアは美味しい物好きだろ?」
短い付き合いなのに、食にこだわりがあるのがすでにばれている。それに前世の記憶もあるので、海鮮料理は食べたい。
「美味しい物は大好きよ」
くすぐったいくらいに穏やかな時間で、いずれこの時間が終わってしまうのが惜しく思えた。
カエルムの怪我はすっかり回復している。だからもう、町へと送って行かなければいけない。
あまり長く一緒にいると、別れるのが辛くなるだけだから。また一人の暮らしに戻るのが辛くなるだけだから。
言わなくても何となくわかる、その仕草や知識、最初に着ていた衣服、カエルムは間違いなく身分の高い人だ。
この世界には身分差が存在するのは、森に引き籠ってる私だって知っている。カエルムに、森の外の事を教えて貰ったから、以前よりさらにそれを実感した。
だから、いつまでもここで一緒に居られないのはわかっている。
だけど、いつか海へ連れていってくれるという約束だけは、信じようと思った。
「約束、指切りげんまんしよ?」
「ユビキリゲンマン?」
「約束のおまじない。こうやって小指を絡めて言うの」
自分の右手小指をカエルムの右手小指に絡める
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」
懐かしい歌を口ずさんで、絡めた小指を離した。
「針千本は飲みたくないな。針千本が無くても約束は守るつもりだけど」
カエルムが苦笑いする。
「安心して、魔法でもなんでもないの。すごく昔の記憶に残ってる、ただの子供が遊びでやるおまじないよ」
彼がここから去っても、またいつか会えたらという期待。子供のおまじないで、ちょっとだけ験を担いで、希望を残しておきたかっただけだ。
「必ず約束は守るから、リアも後から嫌とか言わないでくれよ」
「ええ、もちろんよ」
カエルムがうちに来て一ヵ月が過ぎた。
傷もすっかり癒え、森での生活にも慣れ、来たばっかりの頃のお坊ちゃんっぽさも薄れ、仕草の優雅さは残しながら野性味まで身に着けた、スーパーイケメンに進化していた。
そして、明日は町へと行く日。
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