第三話

「記憶喪失ですね。しかも部分記憶だけ。美世さんの場合、1人の記憶だけがすっぽりと抜けています。ですが部分的に記憶を喪失した場合、ほとんどがちゃんと思い出しますので、あまり心配する必要はないかと思います。」

あの後顧問の先生がお医者さんを呼んで、私はまた診察を受けた。たくさん質問をされて、結果は「部分的記憶喪失」。私の場合、1人の記憶だけがすっぽ抜けちゃったらしいけど、一週間もすれば思い出すだろうと言っていた。


お医者さんが病室を出て行って、メンバーのほとんども家に帰り、病室には、2年生のマネージャーのゆめ先輩だけが残った。男の人も残っていたけど、飲み物を買ってくると言って1階にある自販機のとこに行った。

その間、夢先輩から彼についていろいろと聞いた。彼の名前は宮下雪仙みやしたゆきのり先輩ということ。私が入部して一番に仲良くなった先輩だということ。私が彼のことを「ゆき先輩」と呼んでたこと。…私が、彼に片想いしてたこと。

「確かにかっこよかったですね、宮下先輩」

そう言うと先輩は、記憶失う前の美世と同じこと言ってる、と言って笑った。

ドアが開いて、宮下先輩が入ってきた。はい、りんごジュース好きだろ、と言いながら缶ジュースを差し出す彼。わざわざありがとうございます、と言って受け取った私に、「ほんとに記憶ないんだな」と寂しそうに笑う彼。そんな彼を見かねてか、夢先輩は用事があると言って帰っていった。病室のドアが閉まると、宮下先輩が口を開いた。

「俺のこと、何も覚えてない?」

「ごめんなさい、まったく覚えてなくて…。」

再び、病室内に沈んだ空気が流れる。いたたまれなくなった私は口を開いた。

「あの、屋上、行きませんか?」



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