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八稜鏡

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 その日、中也は森の指示で梶井と対面していた。

 難しい話ばかりだ、と中也は頭を抱える。一応、中也は頭が悪いわけではない。十五の子供に難題ばかりを突き付ける梶井が悪いのだった。

 梶井は悩み過ぎて目を白黒させている中也を見詰め、机上の檸檬を指し示す。

「うはは、その檸檬を異能を使わずに持ってみ給えよ!」

 中也は指示通りに、机の上に並べられていた檸檬を一つ手に取った。

 ずしり、と掌に沈み込む重さを味わう。

 爽やかな色からは想像も出来ないような重さだ。

——重てェな。

 何故だかそう思った。不意に湧き上がったようなそのしこりに首を傾げる。

 重たい、普段の中也の生活とは無縁の感想。

「中原殿、それが人間約六人分の命の重さなのだ。正確には人間の魂は平均して約二十一・二六二gなので五・六四三八七——」

「意外と人間って軽いんだな」

「うはは、古来より大切にされる魂より、掌程の果物の方が重たいという事実を知った気分は如何どうだい」

 中也はじっと考え込み、首を傾げる。

「君が操れる重さというのはそのように、歪な物という事だ」

「歪なモノ」

 にかりと梶井は笑う。普段と何ら変わりない実験好きな科学者の笑み。それでも何故か中也にはそれが強い力を持っている者の笑みに見えた。

「そうか……有難な、なんか解った気がする」

「科学に関する事なら幾らでも教えられるよ。何時でも来た給え!」

「嗚呼、助かる。明後日また来る」

「うはは、明後日とは」

「空いてねェのか?」

「勿論、空けるさ」

 そうして梶井は中也に檸檬を持って行くように指示をした。






 梶井基次郎——暴力と策略の中でも己の世界の輝きを失わない異質な男。

 森は云った。彼だけが世界を変える檸檬を作れるんだよ、と。

 中也は掌で握り潰せそうな檸檬を大事に衣嚢ポケットに仕舞う。

——人間六人分。

 頭の中で先程の会話がぐるりずしりと巡る。

 現在中也が受け持っている分隊の人数も六人だった。

 多分、梶井はそれを知っていたと中也は視界を広げる。

 これから彼らを死地に向かわせる。

 二、三人は死ぬだろう。

 太宰の作戦ではそういう風に書いてあった。

「檸檬一個分、か」

 唇で先程の言葉を紡ぐ。

 彼らを生かしたくても世界はそう甘くはない。

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21.262g 八稜鏡 @sasarindou_kouyounoga

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