春の訪れ
「今日もあったかいねえ」
顎が外れそうな程大きな欠伸をしながら体を伸ばしたアッカは、ゴロンと寝転がった。
厳しい冬の寒さを乗り切った彼女には、春の心地良い陽気が嬉しくて仕方がないようだ。
「フフフ、気持ち良さそうですね。でも寝てはいけませんよ、アッカは寝相が悪いのですから落ちてしまうかもしれません」
フェアリーに注意され、不服そうにしながらも座り直したアッカはエアレーザーの指の隙間から森の方を見る。
今日はエアレーザーの手のひらに乗ると口煩いレッカが、フリックと共に森へ山菜を採りに出掛けている。
だから帰ってくる前に降りなければならないので時折二人が帰ってこないか見るようにしているのだ。
だが、二人が中々帰って来ない事に油断したアッカはフェアリーの注意を無視して気持ち良さそうに寝息を立て始めた。
「全くもう。言いつけられたお手伝いもせずに……」
そうは言いながらもフェアリーはエアレーザーのカメラアイでアッカの寝顔を余さず記録していく。
しかし、二人の幸せな時間は長くは続かなかった。
「アッカ! またそんなところでサボってたのね!」
気づかぬ内に帰って来ていたレッカがエアレーザーの足元で鬼の形相で立っていたのだ。
「……フェアリー、逃げよっか」
「ここは素直に謝った方が良いかと思いますよ、アッカ」
ゆっくりと地面に降ろされた手のひらから飛び降りたアッカは、猛ダッシュで逃げ出そうとするも行動を読んでいたレッカにあっさりと捕まり、そのまま首根っこを掴まれて抵抗空しくずるずると村へと引きずられて行った。
「相変わらずアッカに甘いな、お前は」
「仕方ないじゃないですか、彼女が好きだからこそ、この世界に残ったのですから」
堂々と言い放ったフェアリーに呆れた顔をしつつも、平和なこのやり取りにフリックは安らぎを感じていた。
山菜が詰まった籠を下ろしたフリックは、柔らかい草の上に寝転がって暖かい陽光を感じながら瞳を閉じる。
「おや、貴方が職務放棄とは珍しい。明日は槍でも降りそうですね」
「五月蠅い。一仕事終えたばかりなんだ、少しくらい休んだってレッカに怒られはしないだろう」
元の世界では考えられない程気を緩め切ったフリックに、フェアリーも良い言事だと思いつつも後でレッカに告げ口が出来るように、ちゃっかりとサボっているフリックの証拠動画を録画するのを忘れない。
「そういえば先日、村の皆さんの健康診断をしたのを覚えていますか?」
「ああ、冬の間にどこか悪くして無いかの確認の為にしたやつか。誰かに病気でも見つかったのか?」
ガバっと起き上がったフリックが不安そうにエアレーザーを見上げると、エアレーザーは人間臭く手を振ってフリックの心配を否定した。
「安心してください、リーナさんの精神面以外は皆さん頗る健康です。ただレッカ、おめでたですよ」
「……フェアリー、今何と言った」
驚きのあまり理解できずにわたわたするフリックに、今度はフェアリーが呆れる。
「落ち着いて下さい、フリック。貴方は父親になるんですからしっかりして下さい。レッカのお腹に貴方の子供がいると言ったのです」
落ち着く様に言われても、喜びと驚きが入り混じった感情が早々整理出来る訳もなく、フリックのわたわたが止まる事は無い。
「お、俺はこういう時どうすればいいんだ」
「とりあえずレッカに伝えてあげて下さい。それと名男女両方分の名前でも考えれば良いのでは?」
エアレーザーとフェアリーに見送られて、フリックは籠を忘れ大慌てで駆けだす。
そんなフリックを見送りながらフェアリーは、この先の事について考え始める。
レッカの懐妊にマルコスが選別した移民達の到着も迫っており、村に活気が戻るのも近い。
それは良い事なのだが、人が増えると問題も増えるものだ。
更にはマルコスが村を訪れる度にもたらす情報で、ドラゴンの襲撃で大国である帝国と王国の力が大幅に削がれたせいで国家間のパワーバランスが完全に崩れてしまっており、きな臭くなっているらしい。
「さて、休息の要らない私くらい真面目に仕事をしますか」
春の陽気で気が緩んでいる人間達の代わりに、フェアリーは最新の情報を元に村の復興計画を練り直し始めた。
ザッケ村の平穏を永久のものにする為に。
数年後、大陸全土を巻き込んだ大戦が起こり、多くの土地が戦火に巻き込まれた。
だが、そんな時代でもザッケ村の平和が乱されることは決して無かった。
後に大陸中にこんな噂話が流れる事になる。
王国のザッケ村には鋼鉄の守護神とおかしな格好をした神の使いがおり、千人からなる軍勢をも退けたと……
ワームホールに吐き出された先は異世界でした 武海 進 @shin_takeumi
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