六章 来訪者と怪しい青年ー⑤

「アノ、ナニカ、ゴヨウ、アリマスカ?」


 エアレーザーが使えないフリックが鋼鉄の体では無く自らの体で額に汗して倉庫跡の片付けをしていると、背後から殺気を感じた。


 恐る恐る振り返ると、眉間にしわを寄せたマルコスがこちらを睨みつけていた。


「何でもないさ。ただ君の働きぶりを見ているだけだ。気にしないでくれたまえ」


 気にするなと言われても、今朝作業を始めてから何度もこのやり取りを繰り返しているのだから、気にしない方が無理という話だ。


 このままでは肉体より先に精神の方が参りそうなフリックがどうにかマルコスから一瞬でもいいから離れて一息つきたいと願っていると、その願いは最悪の形で叶えられることになる。


「軍曹、緊急事態です。我々の正体及びエアレーザーを隠匿している場合ではなさそうです」


「どういう事だ! フェアリー!」


 聞いたことの無い言葉で叫ぶ青年に、マルコスは驚きながらも何か良くないことが起こる事を察するのだった。



 時はマルコスの馬車隊がザッケ村に到着した時まで遡る。


 フリックはおろかエアレーザーでの監視体制を馬車隊に集中していたせいでフェアリーですら気付かなかった複数の人影が森の中から馬車隊を見ていた。


 彼らは馬車隊が村に到着したのを確認すると森の奥深くへと向かって移動を始めた。


 半日ほど森を進んで彼らが到着したのは、先日まで傭兵団が根城にしていた洞窟だった。


「お頭、ただいま戻りやした。情報通りたんまり物資を積んだ馬車隊がやってきやしたよ」


「おう、よくやった。少し休んどけ。お前ら! 日が出るまでにはここを出るから用意しておけよ」


 部下の報告を受けたお頭と呼ばれた男は、口角を上げながら報告を終えた部下を労うと共に他の部下達に指示を出す。


 この男はフリックがこの洞窟に巣くう傭兵団を追い払った時に真っ先に逃げ出した傭兵団の団長だ。


 必死に馬を走らせて近くの街にたどり着いた彼は、この先どうするかを一杯ひっかけながら考える為に酒場へと入った。


 しかし酒場へと一歩足を踏み入れた途端、酒を飲むどころの騒ぎでは無くなってしまう。


 何故なら入って直ぐのカウンター席に座っていたのが、神の使者を名乗るおかしな道化師もどきに頭に穴を空けられて殺された筈の団お抱えの魔法使いだったからだ。


「あ、アンタ生きてたのか! いや、そんな筈はない、確かに死んだのを見たぞ!


 真っ青な顔でヒステリックに叫ぶ団長に、カウンターに座っていた死んだはずの魔法使いは血相を変えて席を立つと団長に詰め寄り、胸倉を掴んで怒声を上げた。


「弟が死んだとはどういうことだ!」


  騒ぎを聞きつけて飛んできた酒場の用心棒に引き離された二人は少し落ち着きを取り戻し、テーブル席へと移って話を始めた。


 団長が自分の身に起こったことを大げさに語ると、男は大粒の涙を流しながら自分の身の上話を語りだした。


 彼は死んだ魔法使いの双子の兄であり、弟と同じく用心棒を生業としているらしい。


 弟同様に実力のある彼はあちこちの傭兵団や軍から引っ張りだこでここ数年弟とは手紙のやり取りだけで会っていなかったのだが、久しぶりに顔を見たくなり会いに来たのだと言う。


「もう数日早く来ていれば私のゴーレムでその守護神とやらを倒して弟を助けられたというのに……」


 悔しそうに酒を煽る魔術師の男の言葉に、団長はある事を閃いた。


「なあアンタ、弟の敵を取りたくは無いか」


「勿論だ! 弟を殺した奴に生きている事を後悔させてやりたい!」


 流石双子の兄弟だけあってか短気で乗せやすい性格は同じだと確信した団長は、彼を利用すれば奪い返された金品物資を再び奪い、一儲け出来る上にもし道化師もどきがまだ村にいるのならば奴を葬って使っていた武器をも奪えるのではと考えた。

 

 強力な魔術師ですら一瞬で葬り去る武器が手に入れば団の大幅な戦力強化になり、大儲けが出来ることは間違いない。


 そんな武器はどんな傭兵団でも喉から手が出る程に欲しいに決まっている。


 最悪の状況が好転し始めたのを感じた団長は魔術師を更に乗せる為に顔には口惜しさと悲壮感を漂わせつつも、心の中では高笑いが止まらなくなった。


 普段は神など全く信じていないくせに今日ばかりは最大級の感謝と祈りを捧げた団長は、度数の高い酒を一気に煽ると涙を流し続ける魔術師を宥めつつ酒場を後にした。


 今後の方向性が決まったのだからいつまでも安酒を飲んでいる場合では無いからだ。


 やることは多い。


 まずは散り散りになった団員達を団の復興といざという時、自分の盾とする為に集め直さなけばならない。


 それと同時に情報も収集も行う。


 前回は何の情報も持たなかったせいで突然現れた守護神と名乗る巨人と道化師もどきの一撃でパニックになり団は総崩れ、自分も恐怖のあまり逃げ出してしまったが、敵の事を知っていれば対策も立てられたし対処のしようもあった筈だからだ。


「待ってろよ道化師もどき。ぶっ殺して身包み剥いで森の獣の餌にしてやるからな」


 こうして逆恨みで再びザッケ村を襲う事を決めた血風団団長であるトーゼは、長年荒くれ者共を傭兵団として纏め上げた手腕と、築いた人脈を生かして瞬く間に散り散りになった部下と情報を集めた。


 部下の方は案外簡単に集まったが、守護神とやらの情報は全く集まらなかった。


 ただ、代わりに有名な商人が物資を満載した馬車隊を率いて村を数日中に訪れるという情報を掴んだトーゼは、少し悩みながらも部下達と魔法使いを伴って以前根城にしていた森の洞窟へと向かった。


 情報不足は不安要素ではあるのだが、馬車隊の物資と生きたまま商人を捉えられた場合の身代金という儲けを天秤に賭けた彼は強欲な衝動によって儲けを取ることに決めたからだ。


 森の洞窟を再び根城に決めたのは、同じ場所を同じ傭兵団が根城にするとはまさか誰も思わないだろうとトーゼとしては敵の裏を付いた作戦と、弟の遺体を回収したい魔法使いの意見が一致した結果だ。


 作戦の方は成功したようで、一日経っても守護神と道化師もどきが現れる事無く無事に偵察まで完了し、トーゼは一先ず作戦は成功した事に胸をなでおろした。


 何せ頼みの綱の魔法使いが弟の杖が刺さった地面の前で再び号泣し始めて全く役に立たない状態になってしまい、この状況で依然と同じく奇襲を受けてしまっては再び敗走するしかなかったからだ。


「先生、弟さんの事は気の毒に思ってますがそろそろ出発しないといけないのでしゃんとして下さい。敵を取るんでしょ」


 トーゼは出発の時刻になっても弟の杖の前から動こうとしない魔法使いを無理やり立たせると水で濡らした布を渡した。


 布を受け取った魔法使いはぐしゃぐしゃの顔を拭くと少しはマシな顔になった。


「ああ、その通りだ! 行くとしよう」


 復活した魔法使いと共に部下が用意した馬に乗ったトーゼは部下達に出発の号令を発した。


 目指す場所はかつて蹂躙したザッケ村。


 再び蹂躙して全てを奪い、大金と強力な武器を手に入れる為に。

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