六章 来訪者と怪しい青年ー④

 途中何度も薪を幾らか捨てようかと思いながらも、消耗品で結局必要なものだからと自分に言い聞かせながらフリックが村に辿り着いた頃にはすっかり日が沈んで夜の帳が下りていた。


 そんな村の中で、マルコスの馬車隊が停まっている辺りだけが煌々と輝いてる。


 明かりに引き寄せられる虫達と同じくフリックも引き寄せられる様に近づくと、マルコスが腕を組んで待っていた。


「フン、遅いお帰りだな。まあいい、食事の用意はできているから君も食べるといい」


 マルコスの馬車隊前には立派な野営地が築かれており、中央の簡易の竈と焚火を使って鉄板を熱した焼き場が用意されていた。


「ふぁ、おひいひゃんおかひりー」


 声の方を見やると、村のどこからか持ってきたのだろうテーブルの上に置かれた沢山の料理越しに、アッカが大振りの焼いた腸詰肉に齧り付いていた。


「悪いなフリック、先に頂いてるぜ」


 アッカの隣では、どう見ても切り分けて食べるサイズのパンをシチューに浸しながらシェニーが一人で食べていた。


 食糧事情を考えて普段は、本人曰く控えめに食べていると言いながらも自分達の倍は体格通り食べているシェニーが、今夜は大いに腹を満たすつもりらしく、大きな口に吸い込まれるパンがどんどん小さくなっていく。


 最初その様子に圧倒されて気付かなかったが、直ぐにレッカがいない事に気づいたフリックがキョロキョロと辺りを見回すと、丁度家の方から歩てくるのが見えた。


 レッカは、部下含めて皆男のマルコス達と食卓を囲めないアルマとリーナの為に食事を運んで戻ってきたところらしく、フリックを見つけると駆け寄ってきた。


「フリックさん、お疲れ様でした。マルコスおじさんが沢山ご馳走を用意してくれたんで一緒に食べましょう」


 レッカとしてはマルコスが側にいてはフリックが落ち着いて食事が出来ないだろうと配慮して二人を自然に引き離そうとしたのだが、やり方が少し不味かった。


 いつもの癖で、妹をどこかに連れて行くの為に手を引くのと同じようにフリックの手を取ってしまったのだ。


 無意識で取った行動だったのだが、瞬時にレッカは好きな異性の手を握ってしまった事に気づき、湯出たてのエビよりも顔が赤くなってしまう。


 だが、この状態で流石にいつもの様に固まってしまってはいけないと辛うじて残っていた理性に指示され、ギクシャクとおかしな歩き方でフリックに手を引きながら歩き出す。


 フリックもパイロットスーツのグローブ越しに何度かレッカに触れた事はあったが、今日は変装の為に脱いでいる。


 おかげで初めて素肌同士で触れ合ったのだが、ただいつもと違うのはグローブ越しかどうかという違いだけなのに何故だか心拍数が上がり、気恥ずかしいような照れくさいような気持ちになってレッカ同様顔が赤くなる。


 そんな二人の様子を見たマルコスは、少し感慨深い気持ちになりながらも同時に怒りも湧いてきた。


 それもその筈、マルコスにとってレッカは親友の娘ではあるが自分の娘同然に思っているからだ。


 だからレッカが誰かに恋する年になるまで大きくなった事は、赤ん坊の頃から知っている彼にとっては喜ばしい事だ。


 しかし、その相手がどこの馬の骨とも知れぬ輩となると話は別だ。


 いや、そもそもどこの男でも父というのは娘の惚れた相手は大抵受け入れられないものだ。


 せめてフリックの方に脈が無いのならばそこまで怒りも湧かなかったのだろうが、目の前の甘酸っぱい光景を見れば脈があるのは一目瞭然。


 初めてフリックに会った時よりも少し落ち着いた事で冷静に物事が考えられる様になったマルコスは、レッカ達を助けたのは確かに善意であったというフリックの言い分は認めてもいいし、感謝すらするようになっていた。


 だが、先ほどの彼の態度を見る限り、今も村に留まっているのは果たして善意だけなのだろうか、もっと別の、色恋沙汰が関わっている気がしてならないのだ。


 そうなってくると話は別だ。


 フリックの事を感謝すべき人間からレッカに近づく悪い虫と認定しなければならなくなる。


「これは、思った以上に彼と色々と話をしないといけないようだな」


 怒りと感謝が綯い交ぜになった状態でマルコスは食事の席についた。


 ふくよかな切食事を楽しむことが出来ない。


 何故なら対面に座っているフリックを甲斐甲斐しく世話するレッカが視界に入ってくるからだ。


 しかもちょっとした事で直ぐに互いが赤面するという初々しい姿のおまけ付きで。


 このままではフリックを見定める前に、レッカを誑かす不貞の輩として手を出してしまいそうだと思ったマルコスは、衝動を理性で抑え込めるうちに自分のテントへと戻ることにした。


「すまないが今日は先に休ませてもらうよ」


 体調が悪いのかと心配したレッカが付いて来ようとするが、フリックに手を出してしまいそうだからとは口が裂けても言える訳もなく、ただ単に疲れただけだと言い訳してレッカの付き添いマルコスは断った。


「全く、問題が山積みだな。いちゃもんを付けてくる客の相手をする方がまだマシだ。レッカにはいずれ相応しい男を見つけてきてやるつもりだったというのに……フリック君、私は君を簡単には認めんぞ」


 テントの中でマルコスがフリックに対する敵意を高めているのと時を同じくして、マルコスお抱えの料理人が作った絶品のシチューを味わっていたフリックの背中に悪寒が走るのだった。

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