一章 ワームホールの先はー②

 雲一つない青空に突如黒い染みが浮かび上がると、どんどん広がり大きな穴に姿を変える。


 穴からは石や金属の塊が次々に飛び出し、最後に鋼鉄の巨人を吐き出すと穴は次第に小さくなり、元の青空へと戻った。


 穴から吐き出され、錐もみしながら地面に吸い寄せられる巨人は体勢を立て直すと、背中から炎を吐き出し落下スピードを緩めようとする。


 だが重力には抗う事は叶わず、減速しきれなかった巨人は地表に衝突し、轟音と共に土煙を上げた。


 地表でバウンドした巨人はそれでも勢いが有り余ってしまい、緑の草原を頭で抉りながら滑り、ようやく動きを止めた。


 コックピット内では非常事態を告げるアラートがけたたましく鳴っているが、墜落の衝撃で意識を失ったフリックの耳には届かない。


「軍曹、お休みの所申し訳ありませんが緊急事態なので起きて頂けませんか」


 無機質な合成音声に叩き起こされ、呻きながら意識を取り戻したフリックは、体に掛かる久しぶりの重さに違和感を覚える。


「う、ん……。一体どうなっているんだ」


「ようやくお目覚めですか軍曹。軽い脳震盪を起こされていたようですね」


 脳震盪の影響か、思考にノイズが走り現状が分からないながらも、機体が倒れていることだけは理解できたフリックは、重い腕で操縦桿を握り直して機体を起こす。


 不時着し、激しく地面に叩きつけられはしたが、試作機であるが故にふんだんに使われた予算のおかげで機体の耐久力はかなりの物らしく損傷は軽微で無事に足ち上がることに成功した。


 立ち上がったことで茶色い土しか映していなかった頭部のカメラアイが風に揺れる緑の草原を映し出す。


「ここはどこなんだ?見た所テラフォーミング済みの惑星のようだが」


「不明です。通信、ネットワークへの接続、全て途絶しており現在地の特定は不能です」


 友軍との通信はおろか人類の勢力圏内ではどこにいても通じる筈のネットワークへの接続すら切れてしまっている状況に、フリックの脳裏に遭難の二文字が過ぎる。


「通じないものは仕方ない。フェアリー、周辺の探査を頼む」


 機体に搭載されている探知、探査系の機能を全て使用して収集したデータをフェアリーが集積、解析した結果、いくつかの事が分かった。

 

 まず、ここがどの惑星かは不明だが大気組成及び重力は地球とほぼ同じで有害物質も検知されない為、エアレーザー及びパイロットスーツの生命維持装置なしでも生存が可能であること。


 もう一つは通信可能な範囲内に友軍は居らず孤立無縁の状態にあるが、幸いなことに敵の姿も確認できないのでひとまずは単独での戦闘の可能性無いということだ。


 あの未知の現象に友軍が巻き込まれず済んだのは喜ぶべきことなのだが、自分の置かれた状況を考えると素直に喜ぶことが出来ないフリックは何とも言えない顔をする。


「結局あの現象は何だったんだ。フェアリー、分かるか?」


「あくまで推測の域をでませんがそれでよろしいでしょうか?」


 フリックが促すとフェアリーがモニターに図式を表示しながら説明を始めた。


 敵新型艦に搭載されていた主砲と試作型反粒子ライフルから放たれたビーム同士がぶつかり合い弾けた結果、その周囲に未知のエネルギーが発生。


 さらにそのエネルギーが宇宙空間に作用したことにより空間に穴が開き、タイヤに穴が開いて空気が抜けるように穴周辺の物が吸い出され、自分達もそれに巻き込まれたせいで別の宇宙に飛ばされた可能性があると言う。


「やりましたね軍曹、図らずも異世界ないし並行世界の存在を証明しましたよ」


「そんなことは学者の仕事で俺の仕事じゃないんだがな。とにかくそこまで解析できているのなら帰還方法もわかっているんだろうな」


 少しの沈黙の後、フェアリーから帰ってきた答えは不明、だった。


「あの現象、便宜上ワームホールと呼びますがワームホールの発生条件には未だ不明の点が多い上に発生した状況を考えると少なくとも当機だけでは再現は不可能と思われます」


 フェアリーからの答えを聞き、フリックは腕を組んでこの先どうするかを考え始める。


 軍属な以上は友軍と合流するのが最優先事項だ。


 だが、現状直ぐには元の宇宙に帰還することが出来ない以上、しばらくこの世界で過ごすための拠点が必要になる。


「フェアリー、この惑星には文明があるか分かるか?」


 フリックからの質問の答えをフェアリーはモニターに荒い画像を映すことで答えた。


「墜落中に撮った画像ですので不鮮明ですが、恐らく人口の住居のようなものが映っていると思われます」


「そうか……よし、情報収集の為にもこの惑星の知的生命体と接触を図る。ナビを頼む」


 了解の声と共にフェアリーがナビゲーションを始めた。


 バーニヤを使って飛行とまではいかないが長距離のジャンプを繰り返しての移動ならばすぐにつくだろうと思ったフリックだったが、フェアリーに補給が出来ない状況で推進剤を無駄遣いするべきではないと釘を刺されてしまった。


 お陰で士官学校での教導訓練でやったSAでの長距離徒歩移動訓練以来の長距離をエアレーザーで歩く羽目になったのだった。


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