四章 襲撃者再びー①

「わー!たかーい!」


「落ちない様に気を付けてください。アナタに何かあればレッカに怒られてしいますから」


 直立した漆黒の巨人の手のひらに乗った少女が楽しそうにはしゃいでいる。


 フリックと姉妹が出会ってから数日が経ち、最初はエアレーザーを怖がっていたアッカも慣れたようで今ではエアレーザー、というよりはフェアリーにだが、すっかり懐いてしまった。


 そして今日はフリックと共にレッカが森に食料探しに行ったので二人が帰ってくるまでの間、幼いアッカの面倒をフェアリーが見ているのだ。


 最初は自分のアーカイブに記録されていた童話を朗読していたのだが、活発なアッカは直ぐに飽きてしまい、勝手にかくれんぼを始めてしまった。


 フリックという小回りの利く体が無く、代わりにエアレーザーしかないフェアリーはどう対応するか考える。


 生活基盤を築くので精一杯だった為、荒れ果てたまま放置された村にエアレーザーで入ればかくれんぼどころかより村を荒らしてしまうことになってしまうのでそれは避けなければならない。


 そこでアーカイブ内にある育児書の類いで急遽子供について学習を始めたフェアリーは気になる項目を見つけた。


「これは......童話を聞かせるよりは満足してくれそうですね」


 全世界の子供に卑怯と言われるであろう方法、生体スキャンで隠れているアッカを見つけると、外部スピーカーで村の外から隠れる彼女に呼び掛ける。


「アッカ、降参します。勝者のあなたにかくれんぼより楽しいことをしてあげますので出てきてください」


 焼け残った家の影からひょっこりと顔を出したアッカは、弾けんばかりの笑顔でエアレーザーの足元に駆け寄ってきた。


「ナニナニー!なにしてくれるの?」


 キラキラした目で見られ、フェアリーは自分の中に不可解なエラーが起きたのを検知し、エアレーザーの操作を一時中断してデバックを始める。


  急に動かなくなったエアレーザーもといフェアリーを、アッカが不思議そうな顔をしながら楽しいことを催促してくる。


 エラーの原因は不明だが、幸いにも致命的なエラーでは無いのをいいことにフェアリーは解析を後回しにすることにした。


 またアッカがかくれんぼでもし始めたら面倒だからだ。


「すみませんアッカ。さあ、手のひらの上に乗ってください」


 フェアリーがエアレーザーを膝まづかせると、差し出された手のひらの上にアッカが飛び乗る。


 アッカが手のひらの中央まで来たことを確認したフェアリーは安全柵代わりに少し指を曲げると、ゆっくりとエアレーザーを立たせる。


 以前屋根に上って両親に怒られたときよりも高い場所で遠くまで景色を見渡したアッカは、楽しそうに黄色い悲鳴を上げた。


 無事に自分の、文字通り手の届く範囲にアッカを保護することに成功したフェアリーは飽きさせないように、ときどき向きを変えながらフリック達の帰りを待つことにした。


 一方その頃、森に入ったフリックとレッカは順調に森の恵みで背負った籠を重くしていた。


 狩りのコツを覚えたフリックのお陰で3人の食料事情はそれなりには改善されたのだが、越冬することを見越すと、少々心持たない。


 畑の取り残しも残り僅かになったこともあり、今回は山菜やキノコ類に詳しいレッカが同行することになったのだ。


「フリックさん、このキノコは食べられるんですよ」


「ワカッタ」


 まだまだ会話にはフェアリーの通訳が必要だが、睡眠時間を削っての勉強の成果がでたのかフリックは片言ながら簡単な返事くらいなら自分で返せるようになった。


 やはり多少なりとも通訳越しではなく本人の口から言葉が返ってくるというのは重要なことのようで、少しずつだが姉妹との会話が増えてきている。


 情報収集の意味も込めてフリックは姉妹との会話を重要視しているのだが、最近のレッカとの会話に少し違和感を感じ始めていた。


 アッカの方は知らない世界の事を知りたがり、宇宙の話や自分達の文化について聞いてくることが多いのだが、レッカは自分の好物や趣味、好意的に思う人物像ばかり尋ねてくる。


 別段隠すようなことではないので全て答えてはいるが、普通はアッカの様に未知の世界について知りたがるのではないか、少なくとも自分だったらそうなのでフリックは不思議で仕方がないのだ。


 フェアリーに聞いてみても、「軍曹、あなたは罪な男ですね」としか言わず、ますます訳が分からなくなった。


 そんなことを考えながらキノコを収穫していると、伸ばした手がレッカの手と当たってしまった。


「スマナイ」


「い、いえ!大丈夫です!」


 慌てて手を引っ込めたレッカは顔を真っ赤にしながら別のキノコを採ろうとする。


 フリックは出会った頃に比べて血色が良くなったのはいいことだと思いながら自分の心拍数が少し上がったのを感じた。


 片やレッカの方は心拍数が少し上がるどころか心臓バクバク爆発寸前であった。


 初めてフリックに出会ったとき、見たことのない服に変な形の兜を被った奇妙な人間だと思った。


 動く巨人の像とそれに宿る妖精を従える彼は、まさに夢物語から飛び出してきた登場人物の様だった。


 お陰で両親のことも含めて夢でも見ているのかと思った程だ。


 しかし現実を突きつけられたせいでそんなことを言っている場合では無くなり、幼い妹を守るため、彼らと協力して生きていく道を歩む羽目になった。


 おかしな彼らとの共同生活が始まった最初の頃は、ずっと警戒していたし、恐ろしかった。


 一歩踏み出すだけで自分達を殺すことのできる巨人の足元で眠り、自らを軍人と名乗る男と毎日一緒など、怖くて怖くて仕方がなかった。


 いや、軍人でなくても、今の彼女には男という存在が怖いのだ。


 村が襲われた時に見た、村人の女性が野盗に犯される様がずっとフラッシュバックしていたからだ。


 幼い妹には幸いにもまだ理解することが出来なかったのかもしれないが、耳年増であり男女の関係に興味が出る年頃のレッカにはそれが女性の尊厳を傷付ける野蛮で恐ろしい行為だと理解できた。


 寝る前には自分たちの世話をする代わりにいつ体を差し出せと言われるか不安で仕方が無く、何度も涙が溢れそうになったが幼い妹の手前、必死に耐える夜が続いた。


 だが、彼は一向にそんな素振りを見せいどころか、心身ともに傷ついた自分達を懸命にケアしてくれた。


 そんなフリックと過ごすうちに段々と警戒心は薄れ、代わりに彼に淡い恋心を抱くようになっていた。


 村に同年代の男がいなかったのが原因なのだが、レッカはしてみたいとは夢に描けど、誰かに恋をしたことが無かった。


 そこに命の恩人の上に常に冷静で紳士的な少し歳上の男が現れれば、恋に落ちるなという方が無理であろう。


 さらに最近、フリックがいつまでもフェアリーと情報共有するために常にフル装備で動くのは疲れると、ヘルメットの代わりにカメラ付きのヘッドセットに変えたことで、金髪碧眼の整った顔立ちがよく見えるようになったのも拍車をかけていた。


 まだ少し男性という存在に恐怖心は残っているが、フリックへの恐怖心は完全に消え去ったレッカは彼を常に意識してまい、簡単なことでときめくようになってしまったのだ。


 今朝もフリックと二人きりで森に入ることが決まった時も、ドキドキが止まらなかった。


 男女二人きり、噂に聞くデートだと勝手に思ったレッカは舞い上がっていたからだ。


 だが結局恋心で腹が膨れる訳もなく、真面目に食料調達に励む羽目になってしまった。


 収穫もそこそこに、二人は日がくれる前に森を出て村へと帰ってきた。


 大量に収穫したところで生で置いておいて腐らせてしまっては勿体無いからだ。


 それに今回の収穫分も保存食に回す分が殆どなのでその作業をするためにも早めに切り上げて帰ってきたのだ。


「お姉ちゃーん!お兄ちゃーん!」


 愛しのフリックとのデートを多少は楽しみ、ホクホク気分だったレッカは巨人の手のひらの上から手を振ってくる妹に卒倒しそうになる。


「アッカなにやってるの!降りてきなさい!」


 レッカの悲鳴に近い怒声で叫ぶと、フェアリーがエアレーザーを膝まつかせてアッカを下ろす。


 妹に駆け寄って抱き締めたレッカは、説教を続けようとするがフェアリーに止められた。


「すみませんレッカ。私が提案したことなのでアッカを叱ってあげないでください」


「そうだったんですか。妹の面倒を見てくれていたのは感謝しますが、あまり心臓に悪いことは止めてください」


 エアレーザーにわざとらしく頭を下げられたレッカは怒りを納め、妹と一緒に今日の収穫を整理し出した。


「で、なんでアッカを手に乗せていたんだ」


「育児書に書いてあった宥め方、高い高いを試したのですがダメでしたか?」


 高い高いで宥めるにはアッカは些か大きい気がするが、面倒を見るという目的は無事に果たしてくれたので細かいことは言わないことにする。


 フリックが舌戦になった場合フェアリーに勝てる見込みは無いからだ。


 勝てない戦いから撤退を決めたフリックは姉妹を手伝おうかと思い始めた時、突如エアレーザーが森の方を向き、機械の瞳が稼働して望遠モードに切り替わった。


「軍曹、どうやら招かれざるお客様がお越しの様です」


 素早く銃を抜いて周辺を警戒するフリックにレッカも以上を感じたのか、妹を守るように抱き寄せる。

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