三章 共同生活の始まりー③
パイロットスーツには似合わない収穫用の籠を背負ったフリックは森を進んでいた。
腰には白兵戦用のガンベルトを巻き、常に銃に手を掛けながら目を凝らして獲物を探す。
一昔前は実弾を使用する拳銃が標準装備として支給されていたらしいが、技術進歩のおかげで現在では充電式のマガジンを用いたビームガンが主流となっている。
もちろんフリックの持つ銃もビームガンである。
マガジン一本で最大12発撃つことができ、打ち切ってもコックピットに備え付けられた充電器で充電すれば何度でも使用出来るので、兵装の補給が出来ないこの世界でも残弾をあまり気にする必要がない。
異星人相手ではこれでも少々心許ない武器ではあるが、野生動物を狩る程度ならば十分な威力を持っている。
「暗くなる前には森を出たいところだが、獲物がいないと話にならないな」
昼食の後すぐに森に入った彼だったが、歩き慣れない森を2時間程さ迷っていまだ成果は0なのだ。
「軍曹、頑張ってください。姉妹の方はそれなりに成果が上がっていますのであなたが手ぶらで帰っては少々バツが悪いことになりますよ」
姉妹が向かった畑にはそれなりに取り残しがあり、3人で消費してもしばらくは持ちそうな程の収穫があったらしい。
痛いところを付かれながらも、このままでは実際そうなりそうなのでフリックは必死に獲物を探す。
サバイバル訓練で多少は経験があるとはいえ、士官学校を卒業以来ずっと宇宙で戦ってきたフリックにいきなり野生動物を探して狩るのは少し無理があるのかもしれない。
だが、生きる為には必要な行為なので否が応でも教わった技術を思い出しながらやるしかないと自分に言い聞かせ、フリックは茂みをかき分けてさらに森の奥へと進んでいく。
しかしどんなに探してもせいぜいが食いでの無い小鳥が頭の上を飛ぶばかりで大型の野生動物が現れない。
実は村から近いこの森では、村での騒ぎを聞きつけた野生動物たちがいつも以上に警戒心が強くなっているのだ。
そのせいもあって得物を見つけられないのだが、そのことを知らないフリックはここまで自分が狩りが下手なのかと本気で落ち込みかけていた。
「軍曹、残念ですがもうすぐ日没です。そろそろキャンプに戻られた方がいいかもしれません」
結局なんの成果も得られなかったフリックは肩を落としてトボトボと家路に着く。
そんな彼を神が見かねたのか、はたまたただの偶然なのかは分からないが、整備された林道を歩いていたら突如茂みから大型のイノシシが現れた。
互いにこの遭遇は予想外で、見つめ合ったまま一瞬動きを止める。
次の瞬間、同時に動き出した両者だったが、軍配はフリックに上がった。
イノシシが茂みに逃げ込むよりも早くホルスターから抜いた銃が放ったビームが見事イノシシの頭部を捉えたのだ。
「おめでとうございます軍曹。これで面目躍如ですね」
厭味ったらしいAIはさておき、籠に入りきらない獲物をどうやって持って帰るかフリックの頭はいっぱいになる。
結局籠を前に回してスーツの身体拡張機能を使って無理やり自分の身の丈とあまり変わらないサイズのイノシシを背負って引きずりながら持って帰る事となった。
キャンプに戻るとすでに姉妹は帰ってきており、フリックを出迎えた。
「わあ!立派なイノシシ!早速解体しますね」
レッカは自分よりも大きいイノシシを手慣れた様子で解体していく。
その見事な手付きを見ながらフリックは自分の世界では同じ年頃の少女が同じことは出来ないだろうなとぼんやり考えながら見守る。
解体が終わる頃、フリックにもようやく仕事が回ってきた。痛みやすい内臓と必要のない革や骨を埋めるというあまりやりたくはない仕事だが。
匂いを気にしてキャンプから離れた所に埋めて戻ってくると、鼻が曲がりそうな獣と血が混ざった匂いの代わりに香ばしい肉の焼ける香りが漂っていた。
久しぶりに嗅いだまともな食事の香りに、居たことを忘れ去っていた腹の虫が大暴れして泣き喚く。
「よっぽどお腹が空いてらしたんですね。用意しておきますので手を洗ってきてください」
フェアリーの通訳に少し恥ずかしくなりながらも、井戸に向かってドロドロになったスーツの上から水を被って汚れを落とし、手を洗う。
ちなみにスーツは宇宙空間にも耐えられる物なので水を被るくらい何ともない。
井戸から戻ると、どこかの家から持ってきたであろうボロボロの机の上にこんがりと焼きあがったイノシシ肉に簡易の竈で作ったシチューが用意されていた。
「彼女、なかなか料理上手ですよ。僅かに残った調味料を工夫して使って栄養バランスの良い食事を作ってくれましたから」
腰掛けると軋む椅子に少し不安を感じながらも3人で食卓を囲んだのだが、食事が一人分多い。
「え、あの巨人さんの中にフェアリーさんがいらっしゃるんですよね。だから4人分用意したんですけど……」
「すみませんレッカ。私の説明不足でした」
ここにきて認識の違いが発覚したため、食事をしながら認識のすり合わせが始まった。
AIどころかコンピューターや計算機という概念すら知らない姉妹に理解してもらうのは難しかったが、最終的にはその名の通り巨人像に宿る妖精ということで落ち着いた。
「まあ、落としどころとしては十分かと思いますが……」
少し不満そうなAIはさておき、久しぶりの手料理に舌鼓を打ったフリックは大いに満足していた。
昔艦長の気まぐれで連れていかれた一桁値段が違うのではと思うような高級レストランに比べれば味は落ちるかもしれないが、近頃はレーションばかり食べていた彼にとっては最高の御馳走だったのだ。
「説明責任を放棄して食事に夢中になるとは育ち盛りの子供の様ですね軍曹」
「なんとでも言え。それより彼女においしかったと伝えてくれ」
通訳されたレッカは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
出会ってから暗い顔ばかり見てきたせいもあってかひと際彼女の笑顔が輝いて見えた。
「心拍数が少し上がった様ですか大丈夫ですか?まあ軍曹の御年では正常な反応かも知れませんが」
パイロットのバイタルサインをスーツを通してモニターしているフェアリーに感情まで見透かされている気がして、スーツを今すぐ脱ぎ捨てたくなるフリックであった。
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