三章 共同生活の始まりー②

 朝日が昇り、朝露に濡れた鋼鉄の巨人の足元に大きな影を作る。


 コックピット内で一夜を明かした主人を起こすため、気が利くAIであるフェアリーはハッチを開けてコックピットに日光を取り込む。


「ぐ!フェアリー、直射日光は止めてくれ。目が潰れる」


 昨夜モニターでの座学に勤しんだフリックには眩い朝日が目に染みるらしく、目を開けることが出来ないようだ。


「宇宙空間では無いのですから大丈夫ですよ。寧ろ体内時計の調整の為にも朝日を浴びるのは体に大変良い事です」


 そうは言っても眩しいものは眩しいのか、フリックはしばらく瞼と格闘する。

 

 何とか日光に目が慣れ顔を覆うように広げていた手を退けたフリックは、緑に彩られた大地に瞳が釘付けになった。


「地上とはこんなに美しいものだったんだな」


 環境破壊で自然は荒れ果て、人工建造物ばかりの大地しか知らない彼にとって、自然に彩られた風景は資料映像でしか見たことが無かったからだ。


「そうですね。空気、土壌、その他全てから科学的汚染が検知されていません。その為理想的な自然環境が保持されています」


 新鮮な空気を吸い込もうと深呼吸すると、青臭い草や木の匂いに交じって焼け焦げた匂いが鼻腔をくすぐる。


「俺たちが後一日この世界が来るのが早かったらこの村は救えたんだろうか」


 すっかり覚醒した脳裏に悲惨な村の光景と姉妹の涙が過ぎり、現実主義の彼にしては珍しくもしもの可能性を考えてしまう。


「感傷に浸っているところ申し訳ありませんが早く姉妹を起こして朝食にすることを推奨します。空腹は人に余計な事を考えさせますから」


 独り言を聞かれて少し恥ずかしさを覚えながら、フリックはコックピットから降りる。


 静かにテントを覗いてみると姉妹は抱き合って眠っていた。


 疲労のせいか、よく眠っている姉妹を起こすのは忍びないと思ったフリックは、姉妹を寝かせておき、朝食の用意を始める。


 用意といっても井戸から水を汲んできてコップに入れ、開発時に栄養素を詰めることを意識しすぎて味が二の次になったのであろうプロテインバーをサバイバルキットから取り出すくらいだが。


 太陽が上り始めたとはいえ、気温はまだ上がっておらず、生身には少し肌寒いだろうとフリックが火を起こしていると姉妹がテントから出てきた。


「おはようございます」


 レッカの挨拶にフリックも一夜漬けで覚えた挨拶を返すが、フェアリーに発音をダメだしされてしまい、そこからの会話は結局フェアリーが行うことになった。


 袋を開けたプロテインバーと水を姉妹に渡し、会話の無い気まずい朝食をさっさと済まると、拠点作りが始まった。


 とはいえ、建築知識など3人が持ち合わせている訳もなく、フェアリーが設計から現場監督までを務めることになったのだが。


 拠点設営に適した場所を探す為しばらく村中をエアレーザーでスキャンしたフェアリーは一軒の家を選び、3人を誘導する。


「ここ、私たちの家じゃないですか……」


 フェアリーが誘導したのは村長宅、つまりはレッカとアッカの家だ。


「幸いにも彼女たちの家は比較的に被害が少ないので補修作業をすれば当分の拠点としては十分使えるでしょう。一から建てていては時間が掛かり過ぎますし」


 壁や屋根は焼け焦げ穴が開き、中も荒れ放題だが原型を保っている上にフェアリーの調べでは耐久性にも問題ないらしく、この家が選ばれた。


 早速3人は作業を始め、姉妹は家の中を掃除し、フリックは村中から集めた大工道具と燃え残った材料を使って家屋を補修していく。


 慣れない大工仕事に悪戦苦闘しながらも、フェアリーのアシストとスーツの機能をフル稼働させて作業に勤しむ。


 早朝から休まず作業を続けたおかげで太陽が真上に来る頃には雨風を凌げる程度には補修が完了した。


「この星の住民はこんな原始的な道具だけ住居作っていたとは尊敬するな」

 

 フリックは手に持ったのこぎりと金槌を見ながら呟く。


 フリックの時代ではこんな道具は博物館や教科書でしか見る機会は無く、実際に使うことなど皆無だ。


 粗が目立つ補修ではあるが、それでもスーツの身体拡張機能が無ければこんなに早くは終わらなかっただろう事を考えると、自分が試作品の担当で良かったと心底思う。


 普通のパイロットスーツには身体拡張機能は付いておらず、彼のスーツもまた機体と同じく試作品なのだ。


 白兵戦では身体的能力で異星人に劣る人類に勝ち目が無い為、その対応策としてパイロットスーツにパワードスーツの機能を組み合わせることで身体能力の差を補う目的で作られた物だ。


 ただ、一着作るのに恐ろしく予算が掛かるらしいので実戦配備されるかどうかは怪しいものではあるが。


 姉妹の方も順調に作業は進んでいるが、流石に今日一日で生活できるまでにするには時間が足りないかもしれない。


 姉妹にとっては遺品の整理も兼ねているのだから仕方がないことだ。


 かと言って自分にはゴミか遺品かも区別できない上に、全く生活様式が違うので何をどこに置けばいいかも分からない家の片づけを手伝うと余計時間が掛かることになりそうだと思ったフリックが、午後から何をすべきか逡巡しているとフェアリーが提案してきた。


 「軍曹、住居の補修作業が完了したのなら森での食料確保を提案します」


 姉妹曰く倉庫には大量の食糧が蓄えられていたらしいが、倉庫は火事で焼け落ちてしまっており、中に何かあった形跡もないので燃える前に全て奪われたのだろう。


 奪った野盗達を探して奪い返すという手もなくは無いが、それよりも森で野生動物を狩ったり可食可能な植物を探す方が遥かに早い。


 そう判断してフェアリーからの提案を受け入れたフリックは食事休憩の為にキャンプに戻った時に姉妹に午後からは自分が森に入ることを伝える。


 すると姉妹も一旦片づけは中断して食料を探してくると言う。


「備蓄していた食料と家畜はすべて奪われましたがまだ畑に取り残した野菜があるはずですから」


 そこで午後からはフリックは森に狩に入り、姉妹は可能性が低いとはいえ野盗が再び襲ってこないとも限らないので、フェアリーが操るエアレーザーが護衛について畑に収穫に向かう事となった。

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