三章 共同生活の始まりー①
「お父さん!お母さん!」
絶叫と共に目を覚ましたレッカが伸ばした手がツルツルとした布の天井に当たる。
隣を見るとアッカが寝息を立てており、一先ずは妹の無事に安堵する。
状況が分からず混乱するレッカは自分に掛けられている銀色のシャカシャカと音がする布を取って外に出て見る事にした。
「何、これ……」
外に出た彼女は、目の前で仁王立ちしている黒い巨人を見て未だ夢から覚めていないと思い頬をつねるが、痛みが現実であると教えてくれた。
「軍曹、保護した少女が目を覚ましたようです。腰を抜かしていますが」
焚き火を弄っていたフリックがテントの方を見ると、助けた少女がテントの前で涙目でへたり込んで震えていた。
「一体彼女は何に怯えているんだ?」
周囲に敵はおらず、自分も銃を突き付けて脅している訳でもないのに怯えている少女にどうすれば良いか分からずにフリックが困惑していると、腕のデバイスが勝手に起動してホログラフィック機能でこの惑星の文字を表示する。
「文明レベル的にSA及びそれに類似するものが存在しないと推測されます。なので彼女は恐らくエアレーザーに驚いているのです。こちらに敵意はないことは伝えましたのでしばらくこちらにお任せ下さい」
フェアリーが次々と単語を表示させて少女に発音させ言語の発音を学ぶ間、部隊のエースとして新型試作機を預かる程のパイロットはただのプロジェクターとして立ちっぱなしで放置されることとなった。
「言語の学習を完了しました。彼女、レッカからの情報収集もしましたのでこちらでの調査結果と合わせて軍曹にも分かる言語で説明を開始します」
感情があまり動かない彼でも少し癪に障る言い方だったが、言い争う時間が無駄だと考え大人しく説明を受け始める。
この場所の名はザッケ村という小さな開拓村であり、貧しいながらも平和だった。
しかし昨夜突如現れた武装集団のせいで村人は虐殺され、大量の物資が強奪されてしまった。
レッカはもう一人の助けた少女とは姉妹であり、両親が自分達を庇ってくれたおかげで助かったらしい。
「強盗ないしテロリストの集団に襲われた訳か……」
「生活基盤が完全に破壊されている上に他の居住地域とはかなり離れているそうなので彼女たちを放置すれば見殺しにするのと同じかと思われます」
一々棘のあるAIに辟易しながらもフリックは考える。
当初は救助完了後、ある程度の情報が得られればより多くの情報を得る為に人口密集地に向かうのが得策だと考えていた。
しかし、仮にこの付近で異星人とではなく人類同士の内戦が起こっていると想定した場合、兵器であるエアレーザーを不用意に人目に晒せば余計な戦闘に巻き込まる可能性が大いにある。
それに軍人として、戦地で民間人である少女達を保護することはある意味義務とも言えるだろう。
少し悩んだフリックであったが、冷静ではあっても冷徹では無い彼は見捨てるのでは無く守る事を選んだ。
「彼女に伝えてくれ、君達の安全は俺が保証すると」
「流石軍曹、大変人道に則った素晴らしい判断です」
言語の解析を完了したフェアリーが文章ではなく音声で少女に説明を始める。
自分達は遥か彼方より遭難してきた軍人であり、偶然村の惨状を見つけたので助ける為に来た。
元居た場所に現状帰る手段も無く、この辺りの事が何もわからず生活する場所も無いので、二人の身の安全を保障する代わりに自分達に情報とここでの居住を許可して欲しい。
フェアリーからの提案を聞かされても、未だ状況を呑み込めていないレッカはフリック達に怯えた視線を向けながら考え込んでいるのか、返事をしない。
「……彼女にちゃんとこちらの意図は伝わっているんだよな」
「一般人、それも我々の世界では学校に通っている年代の少女がこの状況で瞬時に判断を下せるわけないでしょう」
AIの方が人の心を理解していることに少しショックを受けつつも、納得したフリックは少女が答えを出せるまで待つことにした。
互いにどうしたら良いか分からず、両者の間に何とも言えない緊張感が漂う。
そんな張り詰めた空気を破ったのはテントから目をこすりながら出てきたもう一人の少女だった。
「お姉ちゃん、お母さんとお父さんどこー?」
事態を理解できず、両親の姿を探す妹を庇うように抱きしめたレッカは両親からの最後の言葉を思い出す。
生き延び、妹を守る。自分に課せられた責務を胸に、意を決したレッカは口を開く。
「分かりました。アナタたちの言う通りにします。何をすればいいですか」
得体の知れない者たちに何をされるか分からない不安はあるが、命と妹さえ守れるのなら純潔を差し出すくらいは訳ないと少女は覚悟を決めたようで、泣き出しそうだった瞳に力が宿る。
「軍曹、彼女は勇気ある決断を下してくれました。こちらの指示を求めていますがどうしますか」
まずは人間を三人が暮らす為の生活基盤の構築を優先したいところではあるが、最優先事項は別にあるとフリックは判断した。
「遺体の埋葬から始めよう。この気温で放置しておいては衛生的によくないからな」
フェアリーの通訳で指示の内容を聞いたレッカは、自分が覚悟していた事と違うことに少し驚いた顔をした。
いずれはきちんと事実を呑み込ませないといけないとはいえ、流石に村の惨状を見せられないと夢半ばのアッカをテントに寝かしつけたレッカは、フリックを村の集団墓地に案内した。
「ここに埋葬すればいい訳か。遺体は俺が運んでくるからフェアリー、お前はエアレーザーで埋葬用の穴を頼む」
「了解しました軍曹。計算上後4時間程で日没なのでお急ぎください」
日没までに作業を終えるべく、フリックは急ぎながらも丁寧に遺体を運んだ。
レッカも井戸から水を汲んで、辛うじて綺麗な布を村中から集めると一人一人丁寧に遺体を清めていく。
ずっと涙を堪えながら作業を続けていたレッカだったが、フリックが最後に運んできた両親の遺体を前に、涙腺が崩壊し、泣き崩れた。
「彼女には辛い仕事をさせてしまったな」
「仕方ありません軍曹。彼女しか村人の身元を特定できる人物はいませんでしたから」
少女の慟哭を背にフリックは彼女が清めた遺体を墓穴に安置していく。
一頻り泣いたレッカは他の遺体と同じ様に両親を清め、妹を呼んできた。
「アッカ、お父さんとお母さんにお別れを言って」
両親の死を理解できる年ではあったが、認めたくないアッカはただただ泣きじゃくる。
レッカは泣きはらした瞳から再び涙を零しながら妹を宥め、なんとか別れの言葉を言わせた。
日没が迫る中、落ち着いた姉妹はレッカが遺体を清めた時に取っておいた遺品を木の棒に括り付けていく。
ちゃんとした墓標を用意できないので、簡易の墓標とする為だ。
フリックが姉妹の指示の下、それぞれの遺体の穴の上に簡易の墓標を打ち付け、埋葬の用意が完了した。
「こんな方法で申し訳ないが許してほしい。今の俺達ではこうするしかないんだ」
フェアリーがエアレーザーを使って穴を埋めていく様子に、申し訳なさを感じたフリックはせめて村人たちが安らかな眠りにつけることを祈った。
簡易ながら遺体の埋葬を終えた頃には日が沈んでおり、これ以上今日は活動できないと判断した彼らはテントへと引き上げていった。
体力的にも精神的にも限界に来ていた姉妹にテントを譲ったフリックはエアレーザーのコックピットに戻る。
「お疲れ様でした軍曹。現地拠点及び協力者の確保成功おめでとうございます」
ほとんどお前がやったことだろという言葉を非常食のゼリー飲料と共に飲み込みむ。
「明日からについてですが、住居作りと食糧集めを同時進行する必要があると考えます」
一人分のサバイバルキットの食料が直ぐになくなるのは分かりきった事なので食料集めの方は分かるが、住居の方を急ぐ理由がフリックには分からず首をひねる。
テントは姉妹に譲り、自分はコックピットで寝起きすればいいと思っていたからだ。
「軍曹、彼女たちはサバイバル訓練を受けた軍人では無いのですから長期のテント生活には耐えられません。それにあなたもずっとコックピットではエコノミークラス症候群になりますよ」
久しぶりに一般人と出会ったことで自分がどれだけ過酷な環境にいたのかフリックは思い知った。
よく考えると久しく軍人以外とまともに会っていなかったことを思い出し、感覚がズレるのも当然のことだと一人納得する。
保護すると言った手前、彼女達に対しては負担を掛けぬように自分の常識で物事を考えてはいけないとフリックは自分を戒める。
「もうお前が当面の計画を立てろ。俺が立てては彼女たちの為になるどころかむしろ迷惑をかけそうだ」
軍に染まり切った自分が考えるよりは良いだろうと計画の立案をフェアリーに丸投げして眠ろうとするが、そうは問屋がおろさなった。
「軍曹、お疲れの所申し訳ありませんが睡眠をとられる前にこの惑星の言語について少々座学を行います。いつまでも私が通訳していては効率が悪すぎますから」
フリックの頭脳はエースパイロットになるだけあって悪くは無いのだが、流石に疲労のせいでこの日彼が覚えられたのは挨拶くらいだけであった。
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