第4話「素直な気持ち」
二人の子供の姿が見える。
一人は小さい時の梨花。もう一人は、……俺かな。
小さい梨花が小さい俺に話しかけている。
『竜一。私達許嫁なんだって』
『許嫁って何?』
『将来結婚することだよ』
『僕、梨花と結婚するの?』
『そうよ。大きくなったら私と竜一は結婚して、二人でこの国の王様になるの』
「おい!」
夢の中の梨花のありえない一言に思わずツッコミを入れると同時に目を覚ました。
「……この国の王様ってなんだよ」
日本に王様はいない。……総理大臣にでもなるつもりだったのかな。
汗でびっしょりになっていた。とんでもない夢だった。
でも、あれは間違えなく昔の出来事だ。
当時の俺は子供過ぎたせいか梨花を怖いとも思わず、将来は本当に結婚するのだと思っていた。
梨花の奴がどこまで本気で王様になるなどと言ったかはわからない。
しかし、当時の俺は梨花なら本当に王様になれると信じていた。
*
俺は部屋を出て鍵をかけ、隣の部屋の鍵を使いドアを開けた。
お互いに合鍵を持っているので出入りは勝手に行っている。
「お邪魔します」
「遅かったね。起こしに行こうと思ったところよ」
「悪い。支度に手間取った」
本当は悪夢を見てからしばらく動けなかったせいだが話がややこしくなるのも嫌なので言わなかった。
「どうぞ」
「いただきます」
俺の一日は梨花の部屋で朝食を食べるところから始まる。
ご飯。味噌汁。焼き魚。
やっぱり日本人の朝は和食である。
俺は味噌汁をすすって焼き魚とご飯を頂いた。
いつもながら本当においしい。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
朝食が終わるとテレビを見ながら少しくつろぎながら梨花の準備が出来るのを待つ。
「お待たせ。いきましょう」
「ああ」
外に出ると梨花は部屋の鍵を閉める。
その間に俺は先ほど閉めたはずの自宅の部屋の鍵がかかっているかを確認する。
閉めたはずなのだが毎回確認しないと気が済まない。
悲しい事に心配性なのは昔から変わらない。
時間はまだ七時四十分。
朝は早めに出ているようにしている。
ほとんどの生徒は寮生活をしている。
寮と俺の住んでいるマンションは学校を挟んで正反対のところにあるが、一人暮らし組や自宅が近い生徒達と遭遇する危険が高い。
出来れば変な噂をかけられたくない。
「おはよう。神林さん。桜井君」
「おはよう」
「お、おはよう」
そんなことを考えている内にクラスメイトに見つかった。
「おはよう。神林さん」
「梨花ちゃん。桜井君。おはよう」
「やあ、神林さん。あと桜井君も」
登校する生徒達が(主に梨花に)挨拶してくる。
俺達の周りはだんだん騒がしくなってくる。
梨花が目立つ事もあるが、みんな同学年だからしょうがないのかもしれない。
少し早めに出ている分これでも静かなほうだった。
入学式の次の日は身動きが取れなくなるくらいの数に囲まれたものだ。
級友達に囲まれながら俺と梨花は学校を目指して歩き続ける。
*
授業は結構真面目に受けている。
私立の進学校でレベルは結構高いが中学の時の猛勉強のおかげで授業にはそれなりについていけたしこの前の定期試験も梨花に教えてもらったおかげで平均は上回った。
どうも日本中の頭の良い受験生のほとんどは学費免除が胡散臭くてここにこなかったなどという教師のぼやきも聞いたことがある。
まあそのおかげで俺みたいなのでも合格できたのだろう。
午前中の授業を終えてお昼休みに梨花に作ってもらったお弁当を食べて浩司と雑談。
午後の授業も終わった頃には高レベルな授業に脳みそが少々オーバーヒートしている。
放課後は浩司と喋っているか梨花と帰っている。
今日は梨花と一緒に帰っていた。
「土曜は買い物終わったらどこか行く?」
「そうだな」
ふと横を見ると映画のポスターが目に入った。
「そう言えばあの映画昨日から始まってたな」
「あっ。それ私も見たかったやつだ」
「じゃあ買い物の前に見に行くか。荷物邪魔だしな」
「そうね。少し早めに行きましょう」
週末の予定を決めながら家に辿り着いた。
その後、再び梨花の部屋で飯を御馳走になって少し喋った後部屋に戻った。
部屋に戻ってからはゲームをしたりたまには勉強もしていたりする。一応進学校だし。
これが大体の俺の日常である。
中学までの怯えきった生活からは想像できない。
高校生になってから流血も骨折もしていない。
それどころか梨花の世話になりっぱなしだ。
もし今、急に梨花が俺の目の前からいなくなったりしたら俺は生活できなくなってしまう。梨花から逃げたかったのに実際には梨花がいないと困る日々になってしまった。
本当に、梨花は何を企んでいるんだろう。
もしもだが、これが梨花の本当の姿だとしたらどれだけいいか。
噂通り本当に付き合って欲しいくらいだ。
「付き合う。俺と梨花が?」
思わず自分の思考にツッコミを入れてしまった。
開いていた参考書を閉じて俺はベッドに飛び込んだ。
一人もやもやしていても結論が出るわけじゃない。
梨花が何を考えているかなんて、梨花しか知らないのだから。
*
「竜一。神林さんと付き合ってないのか?」
「残念ながら違うよ」
「あれ?」
浩司は何かおかしなことがあったみたいに首をかしげていた。
「いつもなら面倒くさそうに否定するのに、今日は何て言うか悲しそうな感じだったぞ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
浩司は俺を見ながら急に何かに気付いたようにはっと表情を変えた。
「もしかして、今更ながら惚れたとか」
「……」
否定したかったが不思議と言葉が出てこなかった。
「告白しちゃえよ」
「何でだよ」
平和な日々が続いているんだ。荒波は起こしたくない。
「……告白されて振られちまえ。リア充が」
「おい」
今、小さい声だが間違いなく呪いの言葉が聞こえた。
まあいい、問題は梨花だ。
「嵐になると思ったんだがな」
「嵐なら君の中に吹いている。恋とはハリケーンの如し」
「……………」
どうしよう。
ほんの一瞬だが何年かぶりに人を殴りたいと思った。
しかし、この馬鹿な親友のおかげである決心がついた。
「ありがとう。浩司」
「何が?」
「何でもない」
チャイムが鳴ったので席に着く。
授業の準備をしながら考えていた。
とりあえず聞いてみることにしよう。
梨花が何を企んでいるのか。
*
その日の放課後。
俺は梨花を屋上に呼び出した。
「どうしたの。竜一」
「……その。ちょっと。話があって」
呼び出したのはいいが、いざ梨花を前にすると足がすくむ。
たった一言聞くだけだ。
怯むな。行け
「梨花!」
俺は勇気を出して口を開いた。
「お前の事が好きだ。俺と付き合ってくれ」
……………俺今何て言った?
何を企んでいるか聞くんじゃなかったのか。
さっきまでの浩司との会話のせいだろうか。
梨花は呆然とした表情をしている。
とりあえず早く訂正しなければ。
「どういうこと?」
訂正するより先に梨花が口を開いた。
やばい、今日が俺の命日かも。
「私達、付き合っているじゃない」
「はい?」
俺だけでなく梨花までおかしなことを言いだした。
俺と梨花が付き合っている?
「いつから?」
「入学式の日に、私が告白して」
入学式の日。
あの絶望と後悔に支配された日の事か。
そう言えば梨花はあの時何か言っていた。
『━━高校生になったら変わるの━━』
確かこんなことを言っていた。
高校生になったら変わるからそれに付き合えと。
『━━だから……私と付き合って━━』
忘れていた言葉が少しずつ頭に流れていく。
「あれ?」
必死に記憶をたぐり寄せた。
あの時の梨花は結構長く喋っていたな。パズルがくっつくようにあの時の梨花の言葉が一つにまとまり再生された。
『私ね、高校生になったら変わるの。今まで違う自分を作ってそれを演じてきたけれどやっぱり間違っていた。違う自分にストレスを感じて竜一に八つ当たりして迷惑ばかりかけてた。でもこれからはもう少し素直になる。竜一に迷惑かけないようにする。……竜一。一人暮らしすることになっても料理とか全く出来ないんでしょう。私が面倒みてあげるから。……だから……私と付き合って』
思い出した。
完全に思いだした。
なんで忘れてた。
いや、なんであの時ちゃんと聞いてなかったんだ。
というか今まで作ってもらっていた三食の飯は付き合う条件に含まれていたのか。
もしかして週末に出かけたりしていたのはデートになるのだろうか。
いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
「ごめん。ショックで何を言われているかわからないまま返事をしてた」
俺の言葉を聞いて、梨花の目に怒りの色が浮かんだ。
殺される。本能がそう叫んだ。実際に殺されはしなくても骨が何本か折られる。
けど仕方がない。それだけのことをした。
今回ばかりは完全な俺の自業自得だ。
「竜一。覚悟は良い?」
「はい」
俺は目をつむった。
どうか早いうちに気を失いますように。
しかし、予想していた梨花の拳は飛んでこなかった。
不思議に思いながらも目をつむったままでいると不意に唇に柔らかいものがあたった。
俺は慌てて目を開いた。
すぐ近くに梨花の顔があり少しずつ離れていく。
「……り、梨花。お前何を?」
「キスしただけ。別に初めてじゃないでしょう?」
確かに初めてではないが、何年以上前の話を持ち出しているんだ。
梨花は顔を真っ赤にしながら俺に詰め寄る。
「これから、私と竜一は恋人になるの。彼氏と彼女になるの。いい?」
「はい」
有無を言わさぬ梨花の言葉に必死で首を縦に振る。
「じゃあ、告白して」
「はい?」
梨花を見ると、顔を真っ赤にしていた。
「だから、竜一から告白して、それで付き合うの」
顔を真っ赤にしながらそう告げる梨花を見て、凄く可愛いと思ってしまった。
思わず、抱きしめたいと強い衝動に駆られた。
「竜一。ちょっと痛いよ」
思いとどまったつもりであったが無意識のうちに衝動通りの行動をしていたようだった。
「ご、ごめん」
慌てて距離をとった。
深呼吸をして心を落ち着ける。
梨花の目を真っ直ぐに見て、先ほどと同じ言葉を口にした。
「梨花。お前の事が好きだ。俺と付き合ってくれ」
「いいわよ」
今度は怒られることなく、俺は梨花を抱きしめた。
許嫁 @kunimitu0801
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