弟子の暴走を諫めるのは助手の務め

 こいつの言うことを、すべて鵜呑うのみにすることはできない。

 だがシエスタの何らかの、関係者であるという確証は得た。

 ここまで姿形や雰囲気までを真似できるほど、時間を共有していたことがあるのだ。


 ただの「敵」ならばありえない。


 しかし、「名探偵の遺産」の残る一人からは、一向いっこうに連絡さえないな。

 「『シエスタの妹』がコンタクトしてきた」というパワーワードを目にして、ここまで音沙汰おとさたないということは、やっぱり船を後にしていたか。

 せっかく寸分違わぬ、、のヤツがいるのにな。


「マ―――ム!!」


 お? よかった。まだこの船にいてくれたか。


「マ――――――――ム!!!!」


 はは、よかった、よかった。そんなに喜び過ぎると、本人じゃないと知った時の反動が、逆に怖いな。


「マ―――――――――――――――――ム!!!!!!」


 本当に知らせて、よかった、のか……?




 たっぷりのブロンドヘアをたなびかせたシャルは、探偵の妹のその作り物の胸の内に吸い込まれ――――――――


「おっと、私には触らせないよ(ひょい)」

「マ――――ム!!!???」


 なかった。


「どうせ同性や欧米人の気安さで、ベタベタと私の体を触ることで親愛の情を示した裏で、髪の毛や皮膚組織を採取しては、後でデータベースで照合するんだろう。君たちの手口は分かっているんだ」

「心外よ!? そこの能無しの助手ならともかく、私がマームにそんなことするはずないじゃない!!」


 ちっ。

 俺も自分が優秀な助手とは思っていないが、体組織の入手は同性のハードルの低さでふところに入り込みやすい、シャルにお任せしようと思っていたのは確かだ。

 一応俺も、客室のベッドから採取を試みたが、髪の毛一つ、ちり一つ残っていないのには、驚愕きょうがくした。

 さすが名探偵の妹と自称するだけはある。

 すきがない。

 さてさて、しからば次の一手はどうするかな……と考えていたら、


「とまあそうは言ったが、名探偵の身内という『特殊な境遇』だからね。私は調べられることには慣れている。存分に粗探ししてくれたまえ。『特段』何か出てくることはないと思うけど」


 本当に無色透明な身なのか、それともよほど隠蔽いんぺい工作に自信があるのか……。


「ありがとうマーム! では遠慮なく……」

「その前に一つ。私は君のマームではないよ。がっかりさせて悪いが、私は名探偵シエスタの妹のヒルネだ。すまないね」

「オーケー、ヒルネね。むしろもう一度ありがとうと言いたい気分よ! ありがとう!!」


 そうなのか。本人より妹の方がいいのか、弟子よ。


「はあああ……、本当に見れば見るほど、小さなマームね。もしマームが年下の設定だったらっていう、私の想像の通りよ……!」

「設定って、姉が聞いていたら、怒るかあきれるか迷うようなことを考えるね……」

「かわいい、本当にかわいい……、かあいいわ……」

「本人を目の前にして、かわいいを連呼しないでくれ。事実とはいえ恥ずかしいだろう」

 

 ぐりぐりすりすりを一通り堪能たんのうして、シャルが離れた時にはヒルネはもみくちゃになっていた。


「ふああああ、あははは…… これでヒルネと一つになれたわ……。幸せ~~~」


 シエスタ(小)を補充し、肌がてかてかしたシャルが、恍惚こうこつの表情で身悶みもだえている。


「きも」


 奇遇きぐうだな、ヒルネ。

 俺も同じことを考えていたよ。

 一年ぶりのシエスタ(そっくりさん)との再会とはいえ、越えてはいけない一線はあるよな。


 弟子の暴走をいさめるのは助手の務めのはずだったが、あれは無理だ。

 あのテンションに朝っぱらから付いていける気がしない。

 

 すまん、ヒルネ。

 すまん……、シエスタ。


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