おそらく創作でしか起こらない、しかしラブコメには外せないお約束

「隠密行動には、少々自信があったんだけどね」

「いやここまで大胆に立ち回られたら、誰でも起きるわ」


 シエスタを一回り小さくした、シエスタがそこにはいた。

 自分でも意味不明なことを、言っている自覚はある。

 だが事実だ。


 俺に馬乗りになった少女は、悪びれもせずに言の葉ことのはつむぐ。


「せっかく日本の古き良き文化、『お兄ちゃん、朝だよ~。起きなよ、遅刻するよ~?』を、サービスしてあげようと思ったのにさ」


「勝手に伝統文化を捏造ねつぞうするな!」


 百歩ゆずって、それが日本の文化として定着しているとしても、できてから日は浅い。

 それにその伝統芸は一部のマニアックな人間にしか、認知されていないからな?


「文化ってそういうものじゃない?」


……そう言われると、そうかもしれない。

 伝統工芸やら芸能なるものは、継承されている地でしか、ほとんど知られてないことがままあるか。

 って、


「じゃなくてだな!」


 いかんいかん。見事に話の論点をずらされている。

 策士だ。

 さすが小さなシエスタ、あなどりがたし。(俺の無能さはどうか脇に置いて欲しい)


「まず聞くべきは、どうやってこの部屋に入った? 鍵はかけてあったはずだ」

「鍵開けなんてのは、探偵の初歩中の初歩スキルだよ」


 いやそれはどちらかというと、悪党側のスキルな気がするが……。

 とりあえず、無断侵入は確かみたいだ。

 後で警備の人に突き出す口実はできた。


「次に、お前は今何をしようとしていた?」

「だから素敵な朝の目覚めを提供しようと……」

「それだけなら、俺の下腹部を暴こうとした理由にならないな」

「……デリカシーがない人だね。せっかく淑女しゅくじょが取り扱いに難しい話題を避けようと、気を配ったのに」


 ふうっと諦念ていねんの溜息をつき、小さなシエスタは、


「男の子の朝の生理現象なるものに、前々から興味があってね。いい機会が訪れたから、『朝勃あさだち』を観察してみようと、行動に移したわけさ」


 一息で言い切った。


「デリカシーがないのはお前の方だっ。淑女なら、もう少しつつましやかな物言いを覚えろ!!」


 何でもあけすけに言えば、許されるわけじゃねえ!

 清々すがすがしさで寒気を感じたのは、生まれて初めてだ。


「バカか、君は」


 懐かしいに、体が思わず硬直する。


「女の子だって、エッチなことには興味津々しんしんなんだよ?」


…………その情報については、後で十分に精査させてもらおう。

 

「最後に……、お前が昨日『探偵に会いたがっていた待ち人』で間違いないか?」


「うん。昨日せっかく呼び出したのに、会えずじまいだったから。こちらから出向いたというわけ」

「いやお前が勝手にいなくなったんだろう」


「さっきからお前お前って、初対面の女の子に向かって言う言葉じゃないね。失礼しちゃう」

 

 ぷうと頬を膨らませるシエスタ(小)。


「だっておま……あんたの名前を知らないからな。差し支えなければ教えてくれないか?」


 正直、怖いと感じていないと言えば、嘘になる。

 知るのを躊躇ためらって、後回しにしていた。

 だが、踏み込むのをこれ以上、待つことはできない。

 俺は問いかける。


「あんた、名前は?」


「昼寝」

 

「……ひる、ね?」

「そうおひるねの昼寝」

「変わった名前だな」


 どうにかそれだけ絞り出した。


「コードネームだよ」


 最近の流行りなのか? コードネームを持つのは。


「俺は……」

「うん知ってる」


 ヒルネは俺の名乗りをさえぎり、


「君は君、君塚君彦。よろしくお姉ちゃんの助手さん」


 そう言って、小さなシエスタヒルネは九千万点の可愛さで微笑ほほえんだ。


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