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待ち人おらず、探し人へ移行

『お客様の中に、探偵の方はいらっしゃいませんか?』


 そんな人生では、もう二度と耳にすることはないだろうと思っていた、奇妙な船内アナウンスに何事かと俺たちは耳をそばだてる。


『いらっしゃいましたら、最寄もよりの係員にお声かけください……』


 夏凪渚なつなぎなぎさ「名探偵」と俺、君塚君彦きみづかきみひこ「助手」は、その指示通りに近くの係員に話しかけた。

 彼は無線でやり取りをした後、「こちらです」と俺たちを豪華客船の総合受付へと案内してくれた。


「探偵様にお会いしたいと言われる方が、いらっしゃいまして……」


 そう所在しょざいなさげに話すのは、総合受付の女性係員。

 彼女の表情が非常に気まずそうなのは、


「先ほどまで、そちらのソファーでお待ち頂いていたのですが……」


 待ち人が忽然こつぜんと姿を消してしまっているために、まず間違いはない。

 しがない探偵助手に過ぎない俺にでも、推理できる事だ。


「申し訳ありません……」

「いえ……」


 当然、ここで最初に口を出すべき人間も、探偵助手というわけになる。


「参考までに、どのような外見の人物でしたか?」


 単純な興味本位でもあるが、この後に待ち人の捜索が発生することを考えると、妥当な質問だろう。

 当たりさわりのない問いが、度肝どぎもを抜かれる結果になってしまったが。


「ええ……、10代女性……おそらくお二人より、少し年下の女の子で、」


 へえ……、それは一気に選択肢がせばまったな。

 この船に乗ってる子供は、そうそういない。

 まず金持ちのボンボンだ。(偏見だったらすまん)


「他には?」

「白……いえ銀髪……?」

「え?」

「肩口までの銀髪が特徴的でした」


 おいおい。


「……他には?」

「瞳は水晶のような淡い青色で……」


 勘弁してくれよ。


「不思議なよそおいをしてらっしゃいまして、地味な色のワンピースなのですが、え、ええと、そう……軍服?のような雰囲気が……」


 それはまるであいつの、


「そして……探偵様の『妹』を自称なされていました」


…………。

 ほほう。


 死んだ名探偵の心臓の享受者きょうじゅしゃ、国民的アイドル(大富豪)、探偵の弟子(脳筋)と来て、


 次は探偵の「妹」と来たか。


「ふっ。ははっ……くく」

「き、君塚? 大丈夫……?」


 突然怪しく笑い出した俺に、夏凪が若干引き気味に聞いてくる。


「いやすまん夏凪。さすがに自分の境遇に、可笑おかしさがこみ上げてきてな……」

「そ、そう。……まあそうよね。ここは一応、同意してあげる」


 の中に私も入ってるのはしゃくだけど、と付け加えるのを彼女は忘れない。


「ああ、一応ありがとうと言っておく」


 まったく……!

 巻き込まれ体質、ここに極まれりだ。

 特に最近は、同世代の女性絡みが異様に多い。

 ライトノベルが好きな学生なら、小躍こおどりする展開なんだろうが、実際に体験してみろよと言いたくなる。


 けっこう、いやとてつもなく大変だぜ?

 こういうのはフィクションだから楽しいんであって、現実に起こるときついんだよ。

 いや本当に。

 これが死ぬまで続くかと思うと、うんざりする。

 もしかしたら案外その日は近いのかもしれないが……、それは俺自身にも分からん。


 そしてこの巻き込まれ体質は、次のイベントをもう翌朝に用意しているのだった。

 マジで勘弁してくれよ……。


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