第8話:死の呪い2

 司祭が牢獄を出て行ってから、私の頭の中には同じ考えが堂々巡りしていた。


 私が生贄になるのは、忌み子の王子を殺すため。

 つまり、私がアルマを殺してしまうのと同じだ。


 なんだろう……。

 自分が生贄だと言われた時より、ショックが大きい気がする。


「これなら、会わない方が良かったのかも……」


 呪いの相手がハッキリとイメージ出来てしまうと、急に実感が湧いてくる。


 ――怖い。

 私が死んでしまうのが怖い。

 ――怖い。

 私の死が、人を殺してしまうのが怖い。


 いけない。呑まれる。

 闇に……、恐怖に……、絶望に……。


 そんな私のほっぺたを、両手でパシッと叩く。


 うん。いい音だ!

 ちょっと勢いが良すぎて、頬が赤いけど……


 でも、このヒリヒリが悪い方に流されかけていた思考を停止させてくれる。


 何を真に受けてるんだ、私は。

 何が生贄だ。冗談じゃない!

 死ぬのも、殺すのも御免だ。


 起きていても悪いことしか浮んでこないし、もう寝てしまうことにする。何を隠そう、私にはどこでも寝られる特技があるのです!


 私のための特注ベッドもあることだし。


 あぁ〜ぁ、体が痛い……


※※※


 人の気配を感じて目を開けると、牢獄に入って来た女神官のような人と数人の兵士が、私の牢の前で立ち止まった。


「起きなさい」

「はい? あの、何でしょうか……」


 こちらが起きていることを確認すると、兵士の一人が牢の鍵を開けた。


「これより、儀式のための沐浴もくよくを行って頂きます」


 沐浴って、水浴びのことでしょう?

 儀式の前に身を清めろってことですか。

 なんで自ら生贄の準備なんか……


「嫌なら無理にとは言いませんが、後ろの兵たちに裸にさて、頭から水を被って頂くだけです」


 ……はい。従わせて頂きます。


 牢屋を出されると、しっかりと手を縄で縛られてから女神官の後について行く。女神官の手には、私の手から伸びた縄が握られている。


 あの、犬の散歩みたいなんですけど……。


 沐浴の部屋に到着すると、女神官は白い服を私に渡してきた。


「身体を清めたら、そちらにお召し替えを」


 え〜っ! 私は、このメイド服でいいんですけど?


 あ、はい……、着替えます。

 着替えますから、そんなに冷たい目で見つめながら、手の縄をグイグイ引くのは止めてぇ〜っ!


※※※


 つ、冷ッたぁぁぁい!?

 地下の沐浴場、水がめちゃくちゃ冷たい!


 ブルブル震えながら沐浴を済ませて言われた通りに白い服を着てみると、真っ白でシワ一つない新品だ。


「……死装束ってヤツね」


 はいはい、分かっていましたとも。

 いよいよ儀式の時ってことですよね。


 気を紛らわすために強がってみたものの、その時が近づくと少し緊張する。


 しかし、沐浴の効果なのか、この衣装のせいなのか、妙に心が穏やかだ。


 ……効果あるじゃん。


 って……、あれ……?

 何で私は、この状況をすんなり受け入れているんだっけ……

 考えようとしているのに、思考が空回りして何も考えられない……


「準備はお済みですか? では、参りましょう」


 沐浴場から出た私に、女神官は再び縄を縛ろうとしたのだが、コチラの様子を確認して縄をしまい、いよいよ目的の場所へと案内するのだった。


※※※


 頭に霧のかかったようなフワフワした感じのままで、地下の一室に案内されると司祭様がいらっしゃった。


「ご準備は整いましたか?」

「……」

「どうやら、効いている様ですね」

「……」

「随分としおらしくなられて、その純白のドレスも素敵ですね」


 何かを思い浮かべようとしても、思考がまとまらない。


 ――何も、……考えられない。

 ――何も、……喋れない。


「混乱してらっしゃいますか? いや、何も考えられないですかね」


 何か、された……?

 ダメだ……。何も、思い浮かべられない。


「その服は特製でしてね。思考が霧散して何も考えられないでしょう?」


 やっぱり、この服……。でも、どうする?


 どうする、って、なん、だっけ……


「では、始めましょうか。私達の悲願。呪いの儀式を!」

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