第2話 西叶神社 

 翌日の午後一時、俺は浦賀駅前のロータリーにいた。待ち合わせ時刻になったが、俺をここに呼びつけた張本人は、いまだ現れない。もう一度電話してやろうかと思ったところに、電車がやってくるのが見えた。


 駅舎の階段をよたよたとした足取りで近藤がおりてくる。俺を見つけて、小走りになる。


「やったぁ、来てくれたんですね、先輩!」

「『来てくれたんですね』じゃ、ねえだろが。まずは挨拶、次に『遅れて申し訳ありません』だ。LIMEも電話も無視しやがったこともついでに謝れ。ふざけんな」


 怒りを抑えて叱ると、近藤は得意げにした。


「えへへー。連絡がつかなきゃ断れないから、きっと来てくれると思ったんですよぅ」


 先輩は優しいですからー。と、謝罪のひとつもなく脳天気に笑う近藤に、俺は怒るよりも呆れはててしまい、深く深く嘆息した。


「さ、行きましょう! 今日はパワースポットたくさん回りますよぉ!」


 こぶしを軽くつきあげ、すぐそこのバス停にむかう。案内するとは言われたが、横浜は上大岡に住む近藤よりも、地元民の俺のほうが土地勘があるはずだ。


「どこに行きたいんだ」


 近藤は、時刻表を見つめながら答えた。


「紺屋町です」

「歩いて二十分もありゃ着くぞ?」


 散歩じゃないのか? とのニュアンスをかもしだしてみる。すると、近藤はまるで、いまそのことを思いだしたかのような顔をした。


「──歩きましょう」

「いや、ちょっと待て」


 いまさらながら見てみれば、近藤は歩くための格好など、していなかった。半袖ワンピースに薄手のレースっぽいカーディガンを羽織り、足元はヒールが五センチはあるパンプス。見るからに新しい靴だ。ふだんの近藤は、ぺたんこの靴ばかり履いている。この靴で散歩したら、まず間違いなく靴擦れができるだろう。


「バスに乗ろう」


 タイミングよくバスが現れたのを見て、近藤もゴリ押しする気にはならなかったようだ。

 紺屋町には、バスに乗れば二、三分で着いた。


「じゃーん、西にしかのう神社でーす」


 バス停のほぼ目の前に、大きな石造りの鳥居がある。浦賀湾にむかう鳥居は、地元民ならば、だれでも知っている神社のものだ。


 大袈裟な近藤の案内に軽くふきだし、知らないフリをして、俺はちょこまかと歩く後輩をゆったりと追う。いつもよりヒールのぶんだけ背が高い近藤は、それでも、俺の顎先に頭が届くか届かないかの高さだ。


「ここの狛犬は要チェックですよぉ。一般的な狛犬は阿吽で一対ですけど、叶神社はひと味違います」


 手水舎で身を浄め、石段を登りながら近藤はピンと人差し指をたてた。狛犬は確かに阿吽ではない。うっすらと口を開けている。


 本殿の彫刻やら漆喰やらに関してガイドブック引き写しの説明を右から左に聞き流し、俺は近藤に倣ってお参りし、回れ右して社務所へ立ちよった。


「勾玉の御守があるんです。オススメです」


 緑と赤と透明の石がある。親指の先ほどの勾玉がひとつ五百円で授与されるらしい。


「ひすいは魔除け、めのうは恋愛運、水晶は浄化ですね。お疲れなときに効くんです。先輩には水晶がよさそうですねぇ」


 石を指さして、スラスラと言う近藤にちょっと驚く。ひとたび仕事から離れれば、こんなにしっかりしたことが言えるワケか。


 言われるがままに水晶の勾玉を買い、ふと、近藤が何も買わないことに気づいた。


「あたしは前に来たときいただいてまぁす」


 俺の視線に気づいた近藤は、財布をとりだす。ピンクの小さな守袋がぶらさがっていた。袋には船の刺繍がされ、『叶』とある。


「袋なんて売ってたのか」


 俺もいっしょに買えばよかった。勾玉だけでは、持ち歩きにくくてしかたがない。考えて社務所の棚に目を向けると、近藤が笑った。


「先輩、御守の袋はあっちなんですよ」


 指さすのは、湾のむこうがわだった。

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