第18話 魔法陣

 武具室の反対側の部屋は書庫だった。


 膨大な石板を収容している棚はすべて頑丈がんじょうな石造りだった。

部屋の真ん中には、やはり石造りの長方形のテーブルがあり、そこにもところ狭しと石板が積み上げられていた。


「石板って、これが書物かよ?」

「やはり、さっき通路に掘ってあった記号、じゃない『神聖アールヴ文字』みたいなのがビッシリられているぞ?」

「これ、みんな古代の記録書物か神殿関係のものみたね…」

「イザベル、ちょっとためしにどれでもいいから一つとって読んでみてくれ!」

「そんなに言われても、子ども向けの絵本じゃないんだから読むのに時間がかかるのよ」


 古代の文字といわれる『神聖アールヴ字』を読むのは簡単抵ではないらしい。


「そうか… じゃあ、ここにある石板の調査は後回しにして、祭壇みたいなものを調べてみよう」

カイオの提案にレオもイザベルも賛成して、三人は武器庫で選んだ武器を手に、聖堂の最深部にある祭壇らしきものへと歩いていった。




 それは聖堂の天井スレスレの高さだった。

白い大理石の階段を十段ほどあがったところにあるそれは、全てが白い大理石で作られていた。


 幅20メートルほどで両脇には四角い支柱が伸びていて天井の梁にあたる部分を支えている。支柱もはりも全て見事な彫り物の装飾がほどこされていた。

 ところどころには金らしい装飾も入っている。その奥の壁にあたるところには、円の中に星型や円や角型が複雑に入り組んだ模様が描かれたものが一面に描かれてあった。

 そして円の中央には、表面が磨かれたような光沢をもつ長方形の黒曜石のような大きく平たい石がはめ込まれており、その平たく黒い石にも表面に何やら複雑な模様や記号らしいものが白く描かれていた。


 ひと目でわかった― そこにあるのはだった。

ということは、さきほど通路で見た〈案内標識〉に記してあった《神の戸》、もしくは《神の扉》とは、ほかの場所、あるいは別世界へ行けるゲート(転移門てんいもん)である可能性が大きい。

 サンクチュアリーの階段を上がりきったところは、魔法陣の描かれている壁まで2メートルほどの床があり、その床の中央には腰の高さより少し高いくらいの石の台があった。


 その石の台の上は奥から手前にかけて30度ほどの傾斜で斜めにカットされた形になっていた。ちょっと前からイザベルはそこにいて、その石の台の斜めの上面をしきりに見ていた。

 レオとカイオが近づいて見てみると、その上面には数行のアールヴ文字が刻み込まれていた。


「イザベル、それは何だ?何て書いてある?」

「まさか、この魔法陣を作動させる呪文じゃないだろうな?」

「書いている内容を見ると、たぶんそのとおりだと思わ…」

「「やっぱり!」」

カイオとレオのチームワークは息ぴったりのようだ。今度も見事にハモった。


「あなたちが期待していた通りの展開になりそうね… なんだかちょっと不思議な感じ…」



それから三人は頭を寄せて考えた。


魔法陣作動にトライすべきか否かを。


魔法陣がうまく作動して起こり得る最悪のケースは次の3つが考えられた。


1)もし、魔法陣がうまく作動し、ゲートが開いたとたん、魔物なんかがドドドっと出てきたらどうするか?

2)もし、魔法陣に吸い込まれ、別の場所や別世界へ飛ばされたらどうするか?

3)もし、別の場所や別世界へ行けるとして、一方通行で行ったら二度と帰ってこれなかったらどうするか?


そして彼らが考え出した結論は:


1)の場合、武器を構えて待ち構える。どうしても敵が多勢の場合は「三十六計逃さんじゅうろっけいにげるに如かず」だから一目散いちもくさんに逃げ出すこと。

2)の場合は、なんとか手を尽くして元の場所、元の世界へ帰れるように努力すること。

3)の場合も、なんとか手を尽くして帰って来れるように努力すること。


 つまり、絶対に(いや、出来るだけ)引かない、あきらめない、ということだ。

三人とも若いのだし、こういう絶好のチャンスを逃すようでは「冒険者」の名がすたる、と思っているのだ。

 もっとも、いくら冒険者と言っても自分たちが思っているだけで、冒険らしいことは今まで何もしたことないのだが。しかし、とにかく冒険をやりたい。やりたくて、やりたくてたまらないのだ。



「じゃあ、準備はいい?呪文を読むわよ?」

イザベルの声に、槍を構え、大剣を上段に構える二人。


〈神聖アールヴ語で〉

「大いなる万物ばんぶつの創造主であり あまたの世界の創造主よ 我の無知と無力は おさおさ わきまえておれど この あずきなし世界を この あずきなし いのちを おかしく おもしろく 生きるために ことなる世界への 門口かどぐちを ひらきたまえ」


(… なによ、この呪文?まるで誰かがふざけて遊び半分に創り出した呪文みたいじゃない?)

唱えながらイザベルは呆れていた。


 もちろん、アールヴ語なのでカイオもレオもわからない。

二人とも真剣な顔をして、何がゲートから飛び出そうが全力で打ち負かす覚悟でいる。

 カイオ王子は全長2メートルの三日月型の刃が付いた十字槍を。レオは1.7メートルの大剣をそれぞれ決死の表情で構えている。もし、イザベルが唱えている呪文の内容を知ったら二人ともズッコけたことだろう。


 呪文を唱え終わると、イザベルも白磁色に輝く弓に矢をつがえて構えた。


1分経った


 ......


2分経った


 ......


5分経った。



が何も起こらない。



 レオは4キロもある大剣を上段に構えているのに疲れ、剣の切っ先を床につけてしまった。カイオも槍を立てて石突いしずきを床につけてしまった。


イザベルは弓を構えたまま石の台に近づき、ふたたび呪文を唱えてみる。

今度は前回よりもっとゆっくり唱える。一字一字間違いがないように確認しながら唱える。


 さらに1分経ち、2分経ち、5分経ったが相変わらず何も起こらない。

レオもカイオも拍子抜ひょうしぬけけした感じで、それぞれの武器をもっとも楽な格好でもっているだけだ。



 三度目を唱えてみたが、やはり何も起こらない。


「あー、どうもダメみたいね。私の唱え方が悪いのか、もう作動しないのかわからないけど、何も起こらないみたい」

「そうみたいだな。さて、これからどうするかな?」

「うーむ… 何かが足りないのかなぁ…」


その時、パーッと金色の輝きを放ちながら飛び出した光があった。


「な、なんだ!」

「なに、それっ?」

驚愕するカイオとイザベル。


「あれっ、お前たち、この光が見るのか?」

あわてたのはレオだった。


「なんだ、その光は? ボクたちの頭の上を飛んでいるぞ?」

「誰でも見えるでしょ? これは何? レオから飛び出したみたいだけど?」

「おい、シーノ!どういうつもりだ?」


レオもわけがわからなくなり、声に出してシーノに聞く


「シーノって誰だよ?」

「どういうつもりって何よ?」


カイオとイザベルも少々パニック状態だ。



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