第16話 謎の穴

「よく言うよ。それよりちゃんと前を見て走らせろよ。道路から外れて用水路になんかに突っ込みたくないからな」

「だいじょうぶよ。馬ってけっこう賢いから、ちゃんと道の真ん中を走ってくれるのよ」

「へーえ… それは知らなかった。」

「それにいつも通っている道だったら、帰りには操縦しなくても勝手に家まで帰ってくれるくらいよ」

「ヘタな酔っぱらいよりマシだな」



 そんなバカな話をしているうちに、神殿への道を過ぎ遺跡のある丘へと続く道を走っていた。

遺跡が手前に見えるところで大きく右に回り込み、ちょうど遺跡の後方にあたる樹海へと向かう。樹海の前は草原だが、すでにカイオ王子は到着しているようで森の入口に栗毛の馬とその横に人が見える。

 イザベルは馬車を止めると、馬と馬車をつなぐハーネスを外し、手綱を近くの木に結びつけ、馬を休ませると同時に草を食べやすくしてやる。こういうところはさすがに女の子だ、やさしい。


 カイオ王子はすでに馬の手綱を木に結びつけていて、馬から降ろしたリュックのような袋から何やら出している。腰にはすでに剣を装備している。イザベルも馬車から荷物を降ろし、剣帯をはめ剣を吊るしている。レオだけが木剣だ。


(クーゥ… カッコいいな。オレも本物の剣がほしい!)

(あわてなくても、その時が来たら持てますよ。持たなければ… あっ、これは言わない方が…)

「ンー? 何々?持たなければ何だって?」

また口に出してしまった。


「えっ、何が持たなければ何って?」

イザベルが「?」マークを頭の上に出して訊く。

「いや、本物の剣を持ちたいなーって…」

「ああ、剣ね。うちから一つ持ってきてあげればよかったね。要らないとは思うけど、万一に備えて持ってきたのよ」

「カイオは木剣でもけっこう振れるだろう? たぶん剣を使うことなんて起こらないよ。もし、危険なケダモノが森から出てきたとしても問題なくその木剣で倒せるよ」


そう言いながら、森の中へ入っていくカイオ。イザベルもすぐ続き、レオも続いて入る。


(で… 何が“ これは言わない方がいい”んだって?)シーノに念話で訊く。

(ま、それはあとの楽しみってことで…)うまくかわすシーノ。


“こいつ、なんかこれから起こる事を知っているようなフリだな…” 

心の隅で思うレオだったが、今、あまり守護天使を追い詰めてもしかたないと思い、あとで機会があればまた聞いてみようと考えた。


『謎の穴』の場所に着き、カムフラージュのために上にかぶせていた枝や葉を取り除き、またテコを利用して入口をふさいでいる首像のついた石の台を横にずらす。

 穴の中には急な石段が見えるが、見えるのは光が当たっているところまでで、それから下は見えない。

 カイオとイザベルはランプを置いて火打箱から黄鉄鉱の火打石を出して手早くランプに明かりを点けた。カイオとイザベルがそれぞれランプを持ち、レオはロープの束を肩にかついで二人に続いて穴の中に入る。


 日の光が届かなくなったあたりから、急に空気がヒヤッと冷たくなる。

階段は10メートルほど続くと平らな通路らしいところに出た。ここからは山をくり抜いた坑道のように天井も床も壁も土だ。

 高さはギリギリ2メートルほど、幅は人がようやく通れるくらいだから1メートルくらいだろう。 かなり湿気を感じるが苔も生えてなければ、冒険映画『アンディアナ・ジョーズ』に出てくる洞窟の中のように蜘蛛の巣だらけでもない。

 そもそも、ずっと出口が塞がっていて光も入らなければ風も入らないのだから苔は生えるはずないし、蜘蛛の餌となる虫だって入ってきようがないのだから、蜘蛛だって生きてはいられないのだ。

 

 せまいトンネルをしばらく歩いたところで石段に突きあたった。20段ほど上ると石でできた通路にでたが、3メートルほどの長さで行き止まりになっている。

「これは絶対に隠し扉とかがあるでしょ?。」レオが言うと

「だな!」

「だね!」

と二人もうなずく。



 はたして突き当たりの壁を見ると取っ手のような金具がついている。

引いて、押してダメだったので横に引いてみるとズズズッとすべって開いた。

 階段を上がり切って出て見ると、そこは石造りの通路だった。

2メートルほどの広さの通路で天井も壁も床も大理石のような光沢をもつ石でできており立派だ。明かりがないのは相変わらずだが。


 今出てきた隠し扉には壁画のような模様がはいっていて、壁面よりわずかに凹んでいる。見ると、壁にはずらーっと同じように凹んだところに模様が入っており、ちょっと見た目ではここに隠し扉があるとはわからないようになっている。まあ、そうでなければ隠し扉の意味はないわけだが。


 さて、右へ行くか左へ行くか。

みんな立ち止まって考えていると、イザベルが何かを見つけたらしく突き当りの壁に近づき、ランプを掲げて何やら壁の一部を見ている。


「どうした?ゴキブリでも見つけたか?」

カイオが冗談半分に聞く。

「ここに何か書いてあるわ」

「えっ、どれどれ」


 二人もイザベルのそばに行き、カイオは自分のランプをイザベルのランプに近づける。

「これはわけのわからない記号だな」

「いや、ちょっと頭の像に刻まれていた記号に似ている感じが…」

「ちょっと二人とも少しだまって。たぶんこれは『神聖アールヴ文字』よ」

「えっ、『神聖アールヴ文字』って、イザベルなんでわかるんだよ?」

「『神聖アールヴ文字』って、古代経典に使われていたって文字だろ? ということは、ここは教会となんか関係があるところなんじゃないか?」


 さすがカイオは王子だけあって、城の家庭教師などからいろいろ習っているようだ。しかし、イザベルが『神聖アールヴ文字』を見ただけでわかるとは… レオも驚いた。


「で、なんて書いてあるんだ?」

「えーっと左側のは《こちらは聖なる所へ》かな… 右側のは《神の戸》か《神の扉》とかいう意味だと思うわ…」

「「えーっ!」」ハモってしまった二人。

「イザベル、『神聖アールヴ文字』を読めるのか?!」

「《聖なる所》とか《神の扉》とかって何だよ?!」

「二人一度に聞かないで!一人ずつしか答えられないから!」

「「そりゃそうだ。」」またハモるレオとカイオ


「わかった。じゃあボクの質問から答えてくれ」

「なんでそうなる?」

「じゃあ、先にカイオの質問に答えるわ。ほら、私のお母さまは元巫女さんだったって言ったでしょ?」

「あ、そんなこと言っていたな」

「神殿で仕える巫女とか神官とかは、『神聖アールヴ文字』を習うのよ。それで私のお母さまは知っていて、それを私にも小さい時から教えてくれていたの」

「なーるほど。それで読めるんだ」

「でも、なんでイザベルのお母さんは『神聖アールヴ文字』なんかを教えたんだろうな…」

「それは、ゆくゆくは私を巫女にしたかったんじゃない? まあ、私はこんな性格だから、おしとやかな巫女さんになんてなれそうもないけど…」

「あはは。それは言えてる!」

「同感!」

「なに二人そろって、まるで私がオテンバみたいに言っているのよ!」

しきりと怒るイザベル。



 それでも気を取り直して、レオの知りたいことについて考える。

「《聖なる所》って神聖な所っていうことよね?《神の戸》とか《神の扉》ってどこかへ行ける門のことかも…」

「つまり《聖なる所》というのは神殿みたいなものと考えていいようだな。もう一つが《神の扉》天国に行ける門のようなものかも知れないぞ?」

イザベルの解読にカイオが解釈を加える。

「《聖なる所》は神殿みたいだからいいが、《天国への扉》なんてあるはずがないだろう?」

「《天国》へ行くのはいいけど、帰れなくなったらたいへんだ!」


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