第12話 イザベルの微妙な立場

 イザベルの屋敷のある高台からは、すぐに漁村の裏にある小高い山へと続く坂道に入れるようになっていた。そして、その坂道は裏山の麓を迂回してグランデ城へと続く広い道に合流する。


 右へ行けばグランデ川があり、そのまま橋をわたって行けば、神殿や遺跡や霊峰レイナード山へ向かうことになり、左に曲がって行けば国王の住むグランデ城とその城下町であるグランデの町にたどり着く。

カイオ王子と話さなければならないので、当然、馬車は左に曲がって走り始める。



 グランデ城までは歩いて1時間ほどだが馬車だと30分ほどで着くので楽ちんだ。

 道の左手はフィッシュベイ村から見えていた小高い岩山が続いているが、左手は一面の畑で青々した絨毯のような作物が植えられていた。


道路脇には幅2メートルほどの用水路があり水が流れている。一面に植えられている作物の高さは1メートルちょっとくらいでよく見ると先端には青い穂みたいなのがびっしりとついている。


 ところどころ、お百姓さんらしい人たちが、ジョウロみたいなモノで水らしいものをかけているのが見える。


「あれは作物に水をやっているのかな… あれだけの面積の作物だからジョウロなんかで水をやっても全然追いつかないだろう…」

「ああ、あのトリゴ栽培ね。トリゴはほとんど水を必要としないのよ。時たま降る雨だけで十分なの。ジョウロでかけているのは木酸液を薄めたもの。あれで害虫を駆除しているのよ」

「へーえ。よく知っているんだなぁ...」

「こんなのは常識よ」


(って、トリゴって何だよ?)

(レオの元の世界で小麦とか言っていたものと似てる穀物よ)

シーノが早速教えてくれる。


「じゃあ、コムギって言えばいいのに!」

思わず声が出てしまった。

「えっ、コムギって何?」

「あ、いや、ゴニョゴニョゴニョ…」

「???」



 馬車にレオといっしょに座っているイザベル。

彼女は先ほどから、朝、漁船の中でレオに会った時から感じていた“違和感”について考えていた。


(船倉で私が隠れていたのを見つけたレオは、まるで王様や王子様に仕える女官や侍女の候補者を審査員が見るような目で私を頭の先から爪先までジロジロと無遠慮に見ていたわ…


船から降りてからも、またあらためて私を“品定め”するようにねめまわして… 

一体、私を何だと思っているのよ?

そりゃ、私も女の子だから、3、4年前から出るところはちゃんと出て、ふくよかになり、女性としてかなり魅力的になったのは自覚しているけど…)


と考えながら、レオに気付かれないようにそっと自分の身体を見る。

身長165センチ、サイズ87 - 58 - 87のプロポーションは決して悪くないのは知っている。

顔は母親譲りの目鼻立ちのくっきりした顔、二重まぶたの青い目、そこそこに肉感的な唇、すっと通った鼻。そして少し細い耳。誰もが美少女と認めるイザベル。


 十歳になる前からその美貌が評判になり、なんと外国のナントカ公爵とか、大資産家の家などから「息子の嫁にぜひ…。」という縁談話をもって使者が来たことが何度もあった。


 イザベルの両親は、その点はよくできた人たちらしく

「いえいえ、私たちの娘がそちら様のおメガネにかなったというのは大変光栄なことではございますが、まだ年端もいかない子どもですし、私たちはこの娘の考えを尊重したいと思っておりますので…」 

と毎回、丁重に断ったらしい。


 それはそれで嬉しいことであり、両親にも感謝はしている。

いくら良縁でもろくに知りもしない男と結婚などしたくないし、十歳やそこらで家に縛りつけられるというのもゴメンだ。やはり、結婚する相手についてはよく知らないと…


 などとイザベルは考えをめぐらし、隣で食い入るように周りの景色を見ている幼馴染をちらっと盗み見た。身分や見かけで人を差別しないという考えの両親に育てられたおかげで、レオとは彼女が小さいころからいっしょに遊ぶ仲だった。


 もちろん、村にはほかの家の子どもたちもいたが、レオとは何となく気が合った。レオは結構アタマはいいし、行動力もある。それに怖いもの知らずなのに慎重なところも併せ持っている。


 イザベルはレオやカイオ王子といっしょにちょっと遠出したり、遊んだりするのが好きだった。

 遊ぶと言っても、彼らがよく遊んでいたのは『冒険者ごっこ』で、棒きれや板きれを剣がわりにして剣士とか勇者とかのマネをして遊ぶのだ。さすがにカイオだけは王子だけあって、木製の剣をもって遊びに加わっていたが。


 そうして仲良く育った3人だったが、レオは10歳を過ぎたころから目に見えて目立つ少年になっていった。と言っても、別にレオが急に魅力的になったとか、イケメンになったからとかいうのではない。


 レオはたぶん父親似なのだろう。

母親のサラはイザベルの母とおしゃべりをするとき、“マウロが若かったころは、有名な劇場俳優のようにイケメンだった”とノロけて話しているのを何度も聞いている。


だからレオも“イケメン”の部類に入る顔をしていてイザベル好みではあったが、それ以上に- 思春期に入った彼女は- レオを“好ましい男の子”として意識しはじめていたのだった。


 だが、イザベルとしては、いくら彼女がレオから見て“年頃の女の子”に変貌し(?)、話しかけたり、手をにぎったり、肩をたたいたりするのが以前と比べてちょっと“勇気”がいる“少々恥ずかしく感じる”ようになったとしても…


(いやいや、そうじゃないでしょ!)


慌ててそっちの方に行きそうな思考をこちらに引き寄せるイザベル。

(そもそも、今日は何で、まるで “ド忘れ” したように、すでに知っていると思うことを聞いたり、初めて見たようにおどろいたような顔をしているのかしら…? それに何だかわけのわからない独り言も言っているし…)



「ねえ、レオ、今朝ベッドから転げ落ちて目が冷めたりしなかった?」

と言って、イザベルは隣に座っているレオの後頭部あたりに手をあててみた。


風景を見るのに気を取られていたレオは、突然、やわらかですべすべした手が後頭部をさすったのでオドロキのあまり、馬車から転げ落ちそうになった。


「な、なにするんだよ?!落ちそうになったじゃないか!」

「だから、朝、ベッドから転げ落ちてアタマの打ちどころが悪かったのじゃないかなと思って、コブでもできてないか調べているのよ?。」


レオは驚いたあとで、イザベルが自分のアタマをさすったのだとわかると真っ赤になり

「オ、オレがベッドからコロゲリ、コロガリ、いやコロゲ落ちるはずなんてないじゃないか!」とどもりながら言った。


「あーら、どもるなんてますます怪しい。白状なさい、コロゲ落ちたんでしょう?」

「うっ… だから転げ落ちたらどうだって言うんだよ?」

「だから、今日は会った時からおかしなことばかり言ったりしたりしてるから、朝ベッドからコロゲ落ちたんじゃないかと思ったわけよ」

「はいはい。イザベルさまのご明察のとおりですよ」

「まあ、怪我とかコブがなくてよかったわ。」


(あぶねェ、あぶねェ。しっかり怪しまれているじゃないか。もっと気をつけなくちゃ… って言ってもこればかりはどうしようもないしな…)

しきりに反省したが、対策もないことに気が付き、少々困るレオだった。



(うーん… たしかに難しい状況ね。この世界の設定では、おたがいによく見知っている人や気心の知れた友人なんかがいることになっているからね)


漁船の中でのイザベル探索のときには、彼女にもめずらしかったのかブンブン先になって飛び回っていたシーノだが、少し疲れたのかイザベルの屋敷を出た時からずーっとレオの肩にとまったままだったシーノがつぶやいた。


(もう少し予備知識とかを的確にくれたら、うまく対応できると思うんだけどな)

(予備知識も何も、イザベルのナイスボディを見て大いに関心をもったのは誰よ?!レオが女の子を見てムラムラするのまで見切れないわ!)


思いっきりツッコまれた。たしかにシーノの言うことは一理ある。


 イザベルのような美少女でナイスバディの娘が、パッツンパッツンのスタイルで思春期真っ盛りの少年の前に急に現れたら、そりゃムラムラもしようというものだ。


(やれやれ…これは真剣に対処法を考えないと、これから先も困りそうだな...)


「ふ――ぅ」


思わずため息をもらしてしまった。


「心配しないでもだいじょうぶよ。若いんだから一日か二日もすればなおるわよ。」

何を勘違いしたのだか、レオをなぐさめる美少女だった。


 ヒヒヒーン!


馬がいななき、前に目を向けるとグランデの町に到着していた。



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