第13話 グランデ城

馬車はグランデの町に到着した。


「お父さんも、この町のどこかにいるはずなんだけど、別にお父さんに会いに来たわけじゃないからいいわね。ジョージさん、お城まで行ってちょうだい!」

「はい。かしこまりました、お嬢さま」


ジョージさんが手綱をもう一振りすると、馬車は石で舗装された町の大通りをまっすぐに走り始めた。


メーンストリートのかなたにはグランデ城の城壁と尖塔が見える。


 さすがグランデの町はグランデ城の城下町だけあってにぎやかだ。

大通りの両側にはずらっと3階建ての格調のある建物が並んでいる。


 通りに面した一階部分はほさまざまな商店だったり、レストランらしい店となっていて、二階、三階は住居などらしい。馬車が行き来し、人通りもかなりあり、国都にふさわしい活気を呈している。


 町に入ってから、レオはこれまでにも増してキョロキョロとあたりを見回している。


「どうしたの、レオ?レイナードの町がそれほどめずらしいの?いつも来ているのに?」

「いや、エルフや獣人がいないかなーっと思って。」

「えーっ、やはり今朝ベッドから落ちたときに打ったアタマの後遺症は想像以上にひどいらしいわね…」


(レオ、エルフや獣人は基本、この世界にはいませんよ)

(えっ、そうなの? 残念だな!でも、待てよ…)

(……)


「あ、そうだった。エルフや獣人が人間と仲良く暮らしている夢をみたから、この町にももしかしたらいないかなーっと思って…」

「いるわけないでしょ!」

即、否定された。


「でもさ…」

「なーに?」

「じゃあ、何でイザベルやマリーさんにはエルフの血が流れていて、エルフの特徴である尖った耳の名残があるんだい?」

当然とも言える疑問を口にした。


「そのことについてはフェルナンドおじさんが詳しいんだけど、何でも神代の昔にエルフの世界とこの世界の交流があって、そのときにこちらに移り住んだエルフたちがいたんだって」

「えっ、そんなことが昔あったの?」

「そして、その時に人間と結ばれたエルフもいたらしくて、その人たちの子孫たちに、時たま先祖返りみたいに耳が尖った子が生まれたりするんだってフェルナンドおじさんが教えてくれたわ。で、私とお母さまにたまたまそういうのが現れたってことらしいの」

「ふーん。そうなんだ。でも、それなら町の中にも少しエルフの耳っぽいのをもった人がいてもおかしくないのにな...」


イザベルの説明を聞きながら、街を歩く人々の耳がふつうの人間と変わりないのを見て聞く。


「ああ、それはね。エルフの血を強く受け継いでいる人たちは、ほとんど神職についているからよ」

「シンショク?」

「神殿で神に仕える人たちのこと。私のお母さまは結婚する前は巫女だったし、フェルナンドおじさんも大神官でしょう?」




 馬車は城門に入る跳ね橋の前で止まった。

城の周りは幅10メートルほどの堀で囲まれており、城に入るためには跳ね橋を渡らなければならない。

 平時なので跳ね橋は降ろされているが、一般人は許可がないと城内に入ることはできないし、それは馬車も同じだ。


「ジョージさん、たぶん1時間もあれば用事は終わるから、その頃に迎えに来てもらえるかしら?」

「かしこまりました、お嬢さま」

「さあ、カイオ王子に会いに行きましょう!」


馬車が回れ左でもどっていくのを見たあとイザベルはあいかわらず元気よく言って、すたすたっと城門に向かって跳ね橋を渡り始めた。


あわてて後を追うレオ。イザベルに追いつく前に予備知識としてカイオ王子についてシーノに聞いてみる。


(カイオ王子って、オレの友人らしいけど、どういう関係なんだ?)

(カイオ・イングラム・ゴッドスペッド、18歳。

レイナード国王エンリケ5世第三王妃の三男。気立てのいい若者だけど剣の腕はたしかだし、勇気もあるよ。イザベルとも幼馴染よ。小さいころからいつもいっしょに遊んでいたわ)


(そうか。助かるよ… って、オレ、王子様とおともだち?)

(そうよ。王子と言っても王位継承順位は8番目だし、王にはすでに後継と目されているしっかりした王子もいるので、母親の王妃の教育方針もあって、小さいころから自由に庶民の子とかかわったりして遊んだりしていたのよ)

(そうか。わが子を“ふつうの子どもと同じように育てる”という教育観をもったしっかりした親なんだな…)



 城門は開かれていたが、両脇に槍を手にもった衛兵が二人いる。

 もちろん、ガチガチにプレートアーマーで武装しているわけではない。


 あんなのはゲームの世界だけの設定だ。現実に30キロもあるオール金属製の鎧なんて日常に付けることなんてない。だが、きっちりと衛兵のユニフォームである青色の上衣と黒に上衣の青と同色のストライプが入ったズボンを着ており、黒いケピ帽をかぶっている。結構スマートだ。


「おっ、今日も来たかレオ!」

レオはすっかり顔なじみらしい。

「今日はイザベルちゃんもいっしょなんだな。それにしてもますます美人になったね!」

「まったくだ!おうちにはイザベルちゃんへのプロポーズの申込みが絶えないだろうな!」


イザベルも顔なじみらしく、衛兵たちは気安く話しかける。

「おはようございます!」

「おはようございます。あらあら、シルビオさんもカルロムさんも女性の褒め言葉がお上手ね?」

なんてあいさつしながら城門をくぐる。顔見知りなのでいつもフリーパスのようだ。


 城門を通ると広い石畳の広場に出る。

三方を城の建物で囲まれた広場は閲兵式などに使われるほか、戦になって城門が突破された場合の第二の防衛線の役目もするようになっている。


 正面の建物の左右の端には5メートル幅ほどの通路があり、戦時には閉じられるように頑丈そうな鉄製の扉があるが今は開けられている。

 それぞれの建物には銃眼のようなものがいくつか開けられており、やはり頑丈な幅広い鉄製のドアがあり、その前には十段ほどの石段がある。正面の建物の鉄製のドアは両開きで幅3メートルほど。きっと王様の居住区へのドアなのだろう。


 イザベルは迷わずに右側のドアへ向かい石段を上る。少しあとにレオも続く。ドアに近づくとドアの脇の銃眼から衛兵の顔が覗き、すぐにドアが開けられた。


「やあ、イザベルちゃんにレオ。カイオ王子に会いに来たのかい?」

「はい。そうです。いますか?」

「たぶん中庭でレナート師範に剣の稽古をつけてもらっているはずだよ」

「ありがとうございます。じゃあ、中庭に行ってみます」


 建物の中に入り、左へ行ってそれから右へ曲がり、しばらく行くと明るくなり、中庭に沿った通路に出る。

 かなり広い中庭で、よく手入れされた花壇や芝生があり、噴水のある池もある、木陰をもたらす木々もあちこちに植えられており、庭の中央には石造りの東屋がある。

 左に中庭への出口が見える。その東屋の向こうに砂利を敷き詰めたやや広い場所があり、そこで二人の人物が武術の稽古をしているのが見えた。


 近づくに連れて


「エーイ!」

 カツーン!


「トーウ!」

カツーン!


「まだまだ。下がりすぎずに間合いをたもって!」

「はい。ヤーっ!」


打ち込みの練習をしているらしいかけ声が聴こえてくる。



 中庭に出ると、そこではブラウン色の髪をした少年が木製の剣を持って、しきりに相手に打ちかかっていた。その少年がたぶんカイオ王子だろう。

 その相手は黒い髪、中肉中背の中年の落ち着いた感じの剣士だった。

カイオは革製の半ヘルメット、胸当て、腕当て、脚当てをつけているが、剣士の方は薄そうな金属の胸当てをつけているだけだ。


「キエーッ!」

 ふたたび少年が上段から木剣を打ち下ろす。


「まだっ、甘い!」

 カツン!


 剣士は木剣で少年の剣を左に払うとそのまま少年の胴を鋭く打った。

流れるような、ムダのない美しい動きだった。それでいてほとんどその場から動いていない。これが間合いの極意というやつだろう。


「参りました!」

「うむ。上段からの打ち込みは受け止められやすいので、急襲やよほどの力の差がない限り成功しにくいという問題がある。

上段からの斬撃が失敗した場合は、今のように相手が間合いを近くとっていれば

致命的な反撃を受ける可能性があるから十分気をつけるように…」

「はい。先生!」

「友だちが来ているようだから今日の稽古はここまでだ」

「はい。ありがとうございます」


きちっとアタマを下げ礼をする王子。

レナート先生は静かに歩いて中庭から出ていった。


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