第2話 はだしの少女
オレは丸首のTシャツの上に半そでのオープンシャツを着ていた。
なので、よほど注意深い者でない限り、オレがTシャツの下にペンダンを吊るしているとはわからないはずだ。まさか透視能力とかをもっていてペンダントを持っているのがわかったわけではないだろう。
オレのペンダントは、何年か前の誕生日に嫁さんがプレゼントしてくれたもので、何のへんてつもない、青みがかった平べったい楕円形の陶器製で真ん中に大きな穴が開いていて、そこにちょっと丈夫な紐を通しただけのものだった。
正直言ってそれほど高いものではないし、同じものを買おうと思えばネット通販で簡単に買えれるものだ。
どこでそんな日本語をおぼえたのか知らないが、カワイイ女の子に日本語でねだられて、思わずペンダントを首から外してあげてしまった。
「アリガトウ!」
ニッコリ笑ってペンダントを自分の首にかけると、裸足の少女は来た方向に向かって駆け出し、たちまちのうちに雑踏の中に消えてしまった。
この南アジアの国での体験はオレに生き方について深く反省する機会をあたえてくれた。
反省するだけで行動がなくては何の結果も生まれない。南アジアの国から帰国後、オレは積極的にNPOとかNGOとか言う団体に、なけなしの小遣いの中からやりくりして寄付をするようになった。そしてボランティア活動にも積極的に参加するようになった。
嫁さんは相変わらず何も言わずに好きなようにさせてくれた。
まあ、仕事にはマジメに行っているし、道楽とか、賭け事とか、ソープの店に足繁く通って金を無駄遣いしているわけではないから、当然といえば当然だが。
定年後も、可能な限りそれらの活動を続け、歳をとって体力が要るボランティア活動が無理になると寄付活動や啓蒙活動に専念した。そしてそれはオレが風邪をこじらせて肺炎になり入院する直前まで続けたのだ。
― ― ― ―
気がつけば、周りがボヤッと霧がかかったようなところにいた。
そして目の前には白く半透明のような色をしたロングスリーブのドレスのような着物をきた美女がいた。
ブロンドの髪はウエストあたりまであり、整った顔は白く理知的だった。背はオレよりもわずかに低そうだが、なんとなく威厳を感じる。
金髪の美女は胸に青い石に穴の開いたペンダントを下げていた。
「ようこそ、○○さん!」
翡翠色の目でじっとオレを見つめながら彼女は言った。
「あ、どうも...」
なんと言っていいかわからないオレはいいかげんな返事をした。
「あの… ここは天国ですか?」
次に出たのは突拍子もない質問だった。
なぜって、オレは100歳を迎えた日にバスデーケーキを食べながら気が遠くなっていったのはおぼえているのだ。
ここは病院の部屋ではないし、夢を見ているのだとしたら現実感がハンパない。天国じゃなければ地獄だろ!?
「いえ、ここは天国でもなければ地獄でもありませんよ○○さん」
やさしくブロンドの美女は否定し、オレの問いがおかしかったのか口元に楽しそうな微笑みを浮かべた。
(えっ、この人はオレが考えていることがわかるの?それとも偶然の一致?)
「ここは私の作った空間です。ここにあなたをお呼びしたのは、あなたとお話をするためです」
「えっ、ここは天国でもなければ地獄でもない?そもそもあなたは誰ですか? 神様…いや、女神さまですか?それとも天使(にしては背中に羽がないな…)?」
「そうあわてずに。私はなにもあなたをとって食おうなどと考えていませんから」
相変わらずニコニコと微笑みながら美女はのたもうた。
「私は神でも女神でもありませんし、天使でもありません。もっとも天使は羽を自由自在に出したりかくしたりできるんですけど」
「いや、天使の羽の仕組みなんか聞いてないんですけど?」
と思わずツッコむオレ。
「あら、そうでしたわね」
美しい天使のような美女は、そんなツッコミも気にしないようだ。
「じゃあ何ですか?まさかサターンとか…」
「とんでもない!」
今度は美女があわてる番だった。金髪の彼女は両手を前でいそがしく振ってから答えた。
「私は創造主。あなたが生きていた世界を創り、ほかにも無数の世界を創り、命を創った者です」
「じゃあ神様なんだ…」
「いえ、神ではありませんけど、その方が理解しやすいのならそう理解していただいても結構です」
「わかりました。では『一応神様』、オレ、いやワタクシはなぜこんなところに呼び出されたのでしょうか?」
「私のことは『一応神様』じゃなくて、『永遠なる者、エタナール』と呼んでください」
「では、エタナール様、ワタクシはなぜこんなところに呼び…」
「”ワタクシ”などと舌を噛むような一人称代名詞を使わなくても結構ですよ。使い慣れている一人称代名詞で構いません」
「いや、恐れ多くも永遠なるお方、エタナール様の前ではワタク…アイタタタタ!」
「ほら、ごらんなさい。ふつうにお話されていいのですよ」
「イタタタ… 思いっきり舌を噛んじゃった。あ、すいません、それじゃあお言葉に甘えて“オレ”と言わせていただきます」
「敬語も必要ありませんよ」
「はあ。わかりまし… いやわかった」
「そうそう、その調子!」
(調子狂うな…)
「別にあなたの調子を狂わせたくて話しているのではないのですが…」
今度は彼女がツッコんで来た。
「ゲゲッ。やはり心の中を読まれている!」
「一応、万能の創造主ですから。」
「それもそうだな… って何を感心しているんだ!じゃあ、エタナールさん、なんでオレをここに呼んだんですか?」
「もちろん、あなたが人間としてとても立派な生き方をされたからですよ。ホッ。」
ようやく答えたいことを聞いてくれたとばかり金髪の創造主は答えた後にホッと一息ついた。
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